3rd Stageー8
「難波、お前は何かあったときのために、ここで待機しておいてくれ」
布施はそう言って、葵と一緒に車から降りると、急いで病院内へと駆け込んだ。
「結斗……どうか無事でいて……」
消えそうなくらい小さな声でつぶやく。
二人は静かな病院の中を、バタバタと駆け抜ける。
「ちょ、廊下を走らないで!」
「すみません!」
「すまないが緊急事態だ」
看護師に走らないよう怒られるが、二人はそのままエレベーターへと走って向かった。
エレベーターの前では、点滴をさしたままの患者や、車椅子に乗った状態の人がいて、到着を待っているようだった。
「……これなら階段のほうが早いな。こっちだ」
布施はそう言うと、くるりと方向転換をしてエレベーターホールをあとにして走り出したので、葵もそれに続く。
バタバタと何階か分の階段を駆け上がり、結斗がいる病室がある階に到着した。少し、肩で息をしつつも、廊下につながっている扉を開いたところで、ちょうど廊下側からやってきた白衣を着た男性と、布施が軽くぶつかった。
「ッチ」
「あぁ、すみません」
いくら急いでいたとはいえ、廊下側に人がいるかもしれないことを失念していた、と思い、布施はそう言って、男性の方を見て謝った。
男性が小さく舌打ちをしたのが聞こえた気がしたが、布施が頭を上げて彼の方を見た時には、にっこりと笑っていて、気にしないでください、とだけ言葉を発し、軽く頭を下げてその場を去っていった。
「………」
「布施さん?」
扉の前で突然止まった布施に、早く進みたくて葵が声をかけると、彼は男から視線を外して、彼が来た方向に視線をやった。
「どうかしたんですか?」
早く行こう、と、急かしているのが、彼女の表情に現れている。
確かに、すぐに動かなくては、と思ったのだが。
「いや……」
(…………気のせいか?)
ぶつかった男に何か違和感を覚えたのだが、口に出して説明するのは難しかった。
それに、彼女の言う通り、とにかく今は、結斗の無事を確認することが先決だと思った布施は、いこう、と言って、また、走り出した。
「結斗!」
ガラガラ!と勢いよく部屋のドアを開ける。
が、そこにはベッドに横たわる結斗の母親の姿しかなかった。
彼女の隣にあった機械からはピッピッピッピッと規則正しい機械音がなっているが、その隣のベッドのわきにあった機械は、今は画面が真っ黒になっていて、電源が切られてている状況だった。
「結斗……?」
ベッドの傍に移動して、念のため布団をめくってみたが、やはりそこはもぬけのからだった。
「……シーツはまだ暖かいな。便所か?」
布施は空になったベッドに手を当て、部屋の中をくるりと見回してそう言った。
「お前はここで待ってろ。確認してくる」
そう言い残して彼は病室を出て行った。
「わ、わかりました……」
一人残った葵は、電源の切れたモニターを見つめた後、病室内をもう一度見回してみる。
(……一体、何かあったの?もしかして、私、来るのが遅かった……?)
へなへなとその場に崩れるように座りこむ。
(結斗に何かあったら、私……!)
そう思った時だった。
突然、後ろから口を押さえられて、グイっと壁側へと誰かに強く引っ張られた。
葵は思わずバランスを崩し、そのまま床に倒れこんだ。
(何!?なんなの!?)
思わず悲鳴を上げそうになった葵の口を塞いだまま、体を引っ張った主は喋るな、という意味を込めて「シッ」と短く言うと、そのまま、葵をぐいっとベッドの下へ引き込んだ。
バン!
その瞬間、大きな音とともに病室の入口のドアが開かれた。
バタバタと足音が近づいてきて、シャッとベッドと入り口を隔てていたカーテンが開けられる。
一瞬、さっき出て行った布施かと思ったが、足音は一人分だけではなかったことと、ベッドの下から見えた靴が、布施が履いていた革靴ではなく、スニーカーばかりだったので、すぐに彼ではない、と葵は息を殺した。
「おい、誰もいないじゃないか」
「……いや、確かにこの部屋に入っていくのが見えた」
「本命の女の方で間違いないんだろうな?」
「遠目に見ただけだからな、正直わからねーよ。けど、こんな時間にこんなところにくる用事があるやつなんて限られてるだろ」
そんな会話をしながら、男たちは他のベッドのところのカーテンを開けていく。
「警視庁の方を担当してたやつらが、失敗したってネットに掲載されてし、こっちに来てる可能性は高いと俺も思うぜ」
彼らの会話の内容から、ほぼ間違いなく、自分を探しているんだということを察した葵は、息が聞こえないようにと、両手で口を鼻を塞ぎ、ベッドの下に隠れていることに気付かれないでと、心の中で祈る。
「……おい、ベッドの下は探したか?」
ふと、一人の男が呟いた。
別の場所のベッドのシーツがこすれる音がする。
「さっき来たときは居なかったぜ?」
その言葉と同時に、また、別のベッドの布団がドサッと床に落ちるのが見えた。
(ヤバい、見つかる……!)
パタパタと近づいてくる足音に、自分の心臓の音もどんどん大きくなっていくのがわかった。
「後はここ……」
(もう駄目……!)
目の前で足が止まり、葵は目をギュッと瞑った。
「そこで何をしている」
布団に男が手をかけたところで、入り口から布施が少し低いトーンで声をかけた。
ナースステーションで結斗が居なくなっていることについて話を聞いていたところ、数人の男があの病室へ入っていくのが見えたのだ。
白衣を着用しているようだったが、あの時男とすれ違ったときと同様の違和感があった布施は、話を聞いていた看護師に彼らがどこの誰なのかを聞いたところ、彼女たちは皆、うちの先生ではない気がする、と答えたのだった。
「……あぁ、入院患者が居なくなった、ということだったので、皆で探しに来ていたところで」
メガネをかけた一番背の高い男がにっこりと笑顔で答える。
(……こいつが主犯か?)
「そうか。それは大変だな。俺も手伝おう。居なくなったのはいつ頃だ?」
聞くと男は肩をすくめて答えた。
「いえ、大丈夫ですよ。こちらで手の空いた者達で探しますので。な?」
小さく微笑みながら、男はフルフルと手を振って布施の申し出を断った。
側に居た別の男たちもうんうん、と頷いていた。
「気にしなくていい。ここの病室に居た奴に、俺もちょうど用があったからな」
布施の言葉に、男は眉をピクリと小さく動かす。
「ところで、ナースステーションで話を聞いたら、誰もいなくなったことに気付いてなかったようなんだが」
布施はそう言うと、病室の中に足を一歩踏み入れた。
「いなくなったこと、誰に聞いたんだ?」
「…………」
男たちは黙ったままだった。
布施はまた、一歩と男たちとの距離を詰める。
「もう一度聞く。誰に、居なくなったことを聞いた?」
もう数歩で男たちに手が届くところまできた時だった。
「私が見回りの際に、気がつきまして。それで、ちょっと手の空いている先生方に一緒に手伝ってもらおうと」
メガネの男の隣にいた、少し小太りの男が答える。
「……どうやらここには居ないようです。これからまた夜間の見回り診察がありますので、他も診察に回りながら、他を探すことにしますね。それでは、我々はこれで」
そう言って入り口の方へと動こうとした時だった。
「……勝手に動かないでいただけますかね」
ドスのきいた声で、移動経路に立ちはだかる。
「何の真似ですか?」
メガネの男が、眉をひそめながら聞いてくる。
「あなた方が、本当にここの職員か。確かめさせてもらう」
そう言って、ポケットからメモとペンを取り出し、難波に電話をかける。
「お名前と担当を」
そう言って彼らの白衣の胸の辺りに視線を移したときだった。
メガネの男はニッと笑って口を開いた。
「押せ!」
メガネの男が叫ぶ。
それと同時に、一瞬、布施の視界が真っ白になる。
「ぐわ!なんだ!?」
思わず目を瞑る布施。
「ぐっ!」
次の瞬間、腹のあたりに殴られたような衝撃がはしり、布施は思わずその場に崩れ落ちた。
お腹を押さえながら、何とか目を開けてみるが、部屋の明かりがすべて消えているようで、視界が真っ暗になっていて何も見えず、身動きが取れなかった。
「行くぞ!」
「ま、待て……!」
その隣をバタバタと通り過ぎる足音がしたが、後を追おうにも視界が回復せず、動けない布施。
「もしもし?布施さん、どうしました?」
「難波!男が3人逃げた!」
スマホから声が聞こえてきたので、声のした方に向かって彼が叫ぶ。
「え?男?どういうことっすか、布施さん、逃げたってどこに……」
状況が把握できず、布施の言葉の意味も分からない難波は、とりあえずそっちに向かいます、と言って通話を切った。
「布施さん!」
葵はベッドの下から這出ると、うずくまっている布施の傍へと駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「その声は本郷か!?お前、無事だったか……」
ほっと、安堵したような表情を浮かべる布施。
「誰かが私をベッドの下に引っ張ってくれて……」
そう言ってベッドの方を見ると、そこには、ベッドの下から出てきた結斗の姿があった。
「結斗!」
思わず結斗のところに駆け寄り、抱きつく。
「よかった……!無事だったんだ!」
結斗はそんな葵に、苦笑いを浮かべながら、心配掛けたな、と頭を軽く撫でた。
その時、消えていた病室の明かりが灯り、非常用電源に切り替えて運転しているという館内放送が流れた。
どうやら、病室の電気が落とされただけではなく、病院全体が停電してしまっていたようだった。
「一体、あいつらは……?」
布施は床に落としたスマホを見つけて拾い上げると、二人の方をじっと見つめて続けた。
「心当たりはあるか?」
布施に聞かれて、私も結斗も、首を横にふった。
「そうか……とにかく、二人とも、一旦ここから離れるぞ」
病院内に居ては危ない。
そう判断した布施は、私たちについてくるよう言うと、そのまま病室を出た。
葵たちは少し躊躇いつつも、それに従った。




