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#14 番外

「八雲、ちょっと良いかい」


 八雲の部屋に姿を現したのは、彼の同僚である百神であった。よろず屋の人間が街から消えて、はや数週間が経とうとしていた。


「おや、誰かと思えばエージェント百神か。勿論だ。最近はどうしている?」

「どうもこうも、相も変わらず付喪神の相手をしているだけだとも。君の方こそ何をしているんだい。近頃勤務態度がよろしくないと、娯楽室で上(・)がこぼしていたぞ。何か月も勤務記録が残ってないんじゃ、まあ当然の愚痴だが」

「はは、言わせておけ」

 八雲の笑いが作り笑いであることは、誰の目にも明らかであった。彼は声を落とすと、ポケットから小型の蜘蛛形ドローンを取り出し、床に向かって放り投げた。盗聴機器をジャミングするためだ。


「兄が妹の動向を気にして何が悪い。ヒトの形こそ保てど、既に人間性を失った獣共には判らんよ。それに俺は、俺の時間は、俺の好きなように使うと決めている」

「大層な言い回しだな。僕が告げ口したらどうする」

「しないよ、君はね」


 百神はといえば、その返事に満足したようだった。ひょいと肩をすくめると、ソファに腰かけてもたれかかる。

「今日来たのは他でもない。ひとつ、耳に入れたい情報があってな」

「ああ、用件を聞こう。今はたまたまいたからよかったものの、こんなタイミングは滅多にない。メールか通話では駄目だったのか? わざわざ対面する手間をかけてでも伝えたいものとは、はて」


 八雲は向かっていたパソコンの電源を切ると、百神の話に耳を傾けるべく、彼と向かい合うように腰かけた。百神はそれを見届けると、二人の間のテーブルの上に、金属製の封筒を置いた。ガラス製の天板とぶつかり、かちゃ、と鋭い音を立てる。

「駄目だ。モノと触れる時は、直接向き合わなければ意味がない。俺の、信条だが」


「…………これは?」

 八雲が手に取る。封筒はずっしりと重く、ひんやりとした感触を彼の生身の手に伝えた。


「見たら判るだろう、封筒だよ。中には紙が入っている。開けて、中身を見給え」

 百神は指の先で封筒の折り目をなぞると、折り返し部分は綺麗に切断された。訝しむ八雲が封筒を逆さにすると、百神が先ほど言った通り、古びた紙きれが一枚落ちた。かなりの年月を経た紙のようで、ちょっとでも力を加えれば崩れ去ってしまいそうだ。慎重に摘まみ上げ、開ける。



「僕の店には------」


 彼が視線を文面に落とすのと同時に、百神は口を開いた。


「僕の店には、流れ着く商品の癖ってものがある。付喪神はどれもこれも念や怨が籠っているからだろうな。人の縁と同じだ。モノの縁。ああこれこそが、僕に残された最後の人間性だとも」


「おい、いま読んでるだろうが------」

 ---報告書 十二枚目


 平安時代への転移装置の点検結果と、今後の対応


 現在われわれクラフティアンが保有している転移装置(以下、本装置)の内、平安時代の日本(***海岸付近の洞穴)と現代(旧研究所 第3実験棟)を結ぶ転移装置に異常が確認される。修理は不可能ではないが、現地住民に発見されるリスクを天秤にかけ、本装置の廃棄を提唱する。


 本装置は、クラフティアンがエージェントを現地に派遣する際に用いる、一方通行の転移ゲートである。本来ならば、平安時代→現代の物質移動は一切許可されていない。しかしながら現在、故障により、双方向の転移が可能となっているようである。転移装置付近ではここ数か月間、予期せぬ来訪者(まれびと)の目撃情報が相次いでおり、管理上の問題から、本装置の破棄を申請する。来月には破棄プロトコルを開始する予定であり、今後一切の変更は受け付けない。


 3032年 2月12日----




 八雲が顔を上げた。目が合った百神は、にこりとも笑っていなかった。

「読み終わったかい?」

「おい百神、これって……」

「偶然だが、僕にはその***という地名に聞き覚えがある。いつだったかマイカが悪酔いしたときに、ポロリとこぼしたものと音が同じだ。君たちの、生まれ故郷なんじゃないかと思ってね」


「…………アタリだ。今ではもう、海の底に沈んで久しいがな」


 八雲は紙切れを丁寧に封筒に戻すと、机の上をすっと滑らせて百神に返した。

「三千年代のクラフティアンは上層部が頓智気(とんちき)集団でな、来訪者の発生を我々で完全に管理できると錯覚していた。ああ、そうだ。そういう時代だった」


「見てきたかのような口ぶりだな。君がここの支部に配属されたのは数百年前だろう。それより前には、確か倫敦に……」

「見たとも。この目でな。…………良い機会だ。親愛なる君には教えておこう、エージェント百神」


 八雲はすくっと立ち上がると、自分の研究机の椅子に座りなおした。彼は机に置いてある2500年代設計のストップウォッチを持ち上げると、ディスプレイを百神に見せた。時間は、28年と11カ月を指し示している。


「これが俺の年齢だ」


「二十八…………万?」

「違う。来月で二十九歳だ。今君と喋っているこの俺は、という意味だが」


 八雲の言葉に、百神はその金属製の首を傾げた。

「訳が分からん。僕と君は、五十年ほど前から同じプロジェクトを担当しているだろう。君が三十近くのおこちゃまであるハズがあるまい」

「ああ、下層に新規発生する怪異の集計ソフト開発か。担当しているとも。だがそれは、俺にとっては五十年前からではない。つい一週間前からなんだよ、百神」

「なに…………?」


 八雲は、口だと説明しにくいなとぶつぶつ呟くと、机の横に積まれた紙束の中から一枚取り出す。百神に近くに寄るよう手招きをすると、裏に二本の直線を書いた。一本は赤いボールペンで短く、一本は鉛筆で薄く、長く引く。

「俺は健康に気を遣っているから、おそらく百年間生きる。つまり俺が使用できる時間は全部で、およそ三十一億秒ということだ」


 彼は短い方の直線の横に、三十一億と書き込む。


「俺は携帯用の転移装置を持っている。過去、現在、未来を、自由自在に飛び回ることができる。ああ、もちろん使用するたびに報告書を書かにゃならんが。俺はずっと倫敦にいたが、それよりもさらに前には、僅かだがこのトーキョーにいたこともある」


 彼は赤のボールペンに持ち変えると、長い直線の上に、赤い点々を付け足していく。

「俺が人間であるという証明は、俺の肉体が真に生身であるということで行う。俺には三十一億秒しか残されていない。だから俺はこの三十一億秒を、無限に広がる時間軸に散りばめることにした」


「な、まさか…………」

 百神は驚きで目を見開く。

「ああ、気付いたか。この前マイカと美龍、それと石燕の嬢を見送った俺は、今から数時間前の俺だ。五十年前、君とプロジェクトを始動した俺は、丁度七日前の俺だ。俺は俺に与えられた三十一億秒を、時間転移を駆使して散りばめ続けている。そうやって、傍から見れば、俺は生き続けている」


「じゃあ僕がここを離れて、また数週間後にここを訪れたら------」

「部屋の時計は数週間の時を刻んでるだろう。だが俺が肌身離さず持ち歩いているこのストップウォッチは…………せいぜい、数時間しか進んでいないんじゃないか?」

「お前、なかなか人目につく場所にいないと思ったら、そんな危なっかしい芸当を…………」


 百神は呆れたような目で八雲を見た。機械化手術によって永遠の命を得ないのは彼の自由だ。定命の運命を背負ってまで、人間性を追い求める彼は非常に人間的で、百神は微笑むしかなかったのだ。


 それを否定することは、できない。



「俺があの時生け贄として捧げられて、何故か俺だけがこっちに飛ばされて、それから俺の中では四年間しか経っていないんだよ。でも舞夏にとっては何千年も前の出来事で、記憶の彼方へと捨て去った記憶で…………」



 百神はなにか声をかけようと口を開けたが、言葉が喉につっかえて、結局止めてしまった。物は人に、様々なことを思い出させる(・・・・・・)のだ。彼にとっては、そう珍しいことではない。



 感傷には独りで浸るものである。百神は何も言わずに鉄封筒を机に置くと、無言のまま彼のオフィスを立ち去った。また次に用事が出来て彼に会うとき、そこにあるであろう時間の隔たりに思いを馳せて。

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