空振りエルフは、大精霊に突っ込まれる
勇気を振り絞り、ハイドランジアは求婚した。
だが、ヴィオレットはなぜか背後を振り返る。
ハイドランジアはヴィオレットに手を差し伸べたのだが、後ろに何かあると勘違いしたようだ。
「ヴィー、違う」
「何が違いますの?」
「私は、ヴィーに」
「わたくしに?」
ヴィオレットはハイドランジアの前にしゃがみ込む。
目と目が合った瞬間、ハイドランジアは機会を逃すなと、二度目の求婚をした。
今度は勘違いをさせないよう、左右の手を握る。
猫化したらどうしようかと思ったが、ヴィオレットの姿は変化しなかった。
「ハイドランジア様、いかがなさいましたの?」
「ヴィー、話がある。聞いてくれ」
「ええ。話があるとお聞きしたので、やってきたのですが」
「さっき言ったが、ヴィーは聞き逃しただろうが」
「いつ、おっしゃいましたの?」
「座ったのと同時に、言っただろうが」
「何か落としたのかと、思っていました」
「一世一代の求婚時に、物なんか落とすものか」
「え!?」
「ヴィー、ヴィオレット、いいか、よく、聞いておけ」
ハイドランジアは大きく息を吸い込んで、はく。
今度こそ、失敗しない。必ず、決めてみせる。
「私は、ヴィーを、愛している。だから……結婚を、してください」
二回目の求婚は、下手に出てみた。
ヴィオレットは、目をまんまるにさせている。驚きすぎて、固まっていた。
反応から、嫌なのか、そうでないのか、まったくわからない。
ただただ、驚いた顔をハイドランジアに見せていた。
「ヴィー、返事を、聞かせてくれないだろうか?」
「に……!」
「に?」
「にゃあ」
それは、猫化の呪文である。
ハイドランジアの手の中から、ヴィオレットの指先はすり抜けてしまった。
突如として魔法陣が浮かび上がり、瞬く間にヴィオレットは猫の姿と化す。
脱げたドレスの中でも、ヴィオレットは目を丸くしたまま。
じっと、ハイドランジアを見上げている。
「ヴィー?」
名を呼ぶと、猫の体は跳ね上がって回れ右をする。そして、扉へ向かって全力疾走した。
扉は、魔法の力で開く。ヴィオレットが呪文を唱えたら、あっさり開いた。
ヴィオレットは、逃げてしまった。ハイドランジアの目の前から。
「なっ――逃げるほど、私との結婚が、嫌だったのか?」
呆然としてしまう。
断られるにしても、何か納得いく答えが聞けると思っていた。
ヴィオレットは無言で逃げてしまったのだ。
(おい……おい……。振られエルフよ。我は、振られエルフの脳内に、語りかけておるぞよ)
「その声は、ポメラニアン!?」
(そうだ。我は、大精霊、ポメラニアン)
「直接私の脳内に語りかけるなと、前に言っただろうが!」
(緊急事態だから、こうして、お前の脳内に語りかけておる)
「そもそも、お前はどこにいるのだ?」
(私は、お前の家の、元嫁の寝台にいるぞ)
「なんで、お前がヴィーの寝台にいるのだ!」
(居心地がいいからだ)
「クソ、ポメラニアンのくせに!!」
ハイドランジアは頭を抱え、本気で羨ましがる。
ヴィオレットの寝台は、彼女の匂いで満たされている。許されることならば、横たわって転がり回りたい。そう、思っていた。
(嫁でもない女の寝台を転がり回りたいなど、変態だな……)
「私の考えていることを読むな!」
(違う。読んでいるのではない。お主の強すぎる雑念が、魔力に乗って流れてくるのだ)
「嘘だろうが!」
(嘘ではない。そんなことよりも、本題へ移ろう。早く、元嫁を追いかけたほうがよいぞよ)
「それは……ヴィーは、私との結婚が嫌で、逃げたのだ。追いかけても」
(いいから追え)
「追って、どうしたらいい?」
(元嫁のどこに惚れ、どの部分を愛しているのか、必死になって訴えるのだ)
「そうしたら、ヴィーは結婚を承諾してくれると?」
(おそらく、な)
ハイドランジアは、懐からヴィオレットが作った猫探査器を取り出す。
魔力を流し込み、発動させると中庭に大きな猫の印が浮かび上がった。ここに、ヴィオレットがいる。
(いや、お主、そんな道具がなくとも、魔力を察知して元嫁を探し出せただろうが。むしろ、何もせずとも居場所を把握しているだろう?)
「ヴィーの作った魔道具を、使いたかっただけだ」
(余計なことはせずに、早く行くぞよ)
「わかっている。言われずともな!」
ハイドランジアは執務室を飛び出し、走る。ヴィオレットのもとへと。
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