元嫁は、とんでもない情報を知る
絹のように美しい銀色の髪に、整った目鼻立ち、尖った長い耳に、鍛えられたしなやかな身体――間違いなく、ハイドランジアそっくりの妖精である。
瞼を閉じているので、瞳の色はわからないが。
液体の中で、胸が上下していることがわかる。ハイドランジアの形を模した人形ではない。生きているのだ。
本人と異なる点は、虹色に輝く美しい翅を背中から生やしている点か。
「ハイドランジア様?」
「私ではない」
「え、ええ、そうですが」
生き写しとは、まさにこのことだろうと、ヴィオレットは考えていた。
「ヴィー、これには、生殖器がない。つまり、妖精を素に造った代物であるようだ」
ハイドランジアは、杖で指しながら説明する。ヴィオレットはとてもじゃないが、異性の股間など、見られるわけがなかった。
妖精に性別はない。それゆえに、ハイドランジアを模した存在も妖精だと言いきる。
「この、妖精型のハイドランジア様に、魔力を集めていた、ということですの?」
「みたいだな」
「目的は?」
「それは、本人に聞かないとわからん」
とりあえず、危険な存在であることは、カナリア姫に聞かずともわかっていた。
「しかし、ここまで似ていると、気持ち悪い」
「ええ」
ハイドランジアを模した妖精もどきを、善行に活用するとはとても思えない。
本人に無許可でこのようなものを造っていること自体、罪深い行為だろう。
「ハイドランジア様、こちらはいかがなさいますか?」
「とりあえず、押収する」
ハイドランジアが師団長を務める魔法師団は、魔法に関する権利のほとんどを持っている。
国内で魔法に関係する品は、危険だと判断したら持ち主に確認を取らずとも差し押さえることができるのだ。
「ですが、こちらは何か装置に繋がっているようです」
「装置ごと転移させる」
「それは困ります」
突然、背後から声が聞こえた。振り返ると、青白い顔色のカナリア姫がいた。
どうやら、転移魔法で移動してきたようだ。会話も、筒抜けだったらしい。
「カナリア姫」
「ヴィオレットさん、このような結果になって、残念です」
「同じお言葉を、お返しいたしますわ」
仲良くしていたのに、裏ではとんでもない工作をしていた。
力を合わせて作った魔法薬に、細工していたのだ。裏切りの行為だろう。
「お前は、私を模した妖精を使って何をしようとしていた」
「こちらは、あなた様ではございません。ローダンセ家の始祖、シオン・ローダンセの細胞を再構築し、妖精と融合させた存在です」
「なんだと?」
「私も、驚きました。細胞式をばらし、現代に適応できるように再構成したら、ハイドランジア・フォン・ローダンセとまったく同一の存在になったのですから。ここに、魂を喚びよせたら、完璧な存在になるはずだったのですが――」
シオン・ローダンセの魂は、喚びだせなかった。
「なぜならば、ハイドランジア・フォン・ローダンセの中に在るから」
「つまり、ハイドランジア様は、シオン・ローダンセの転生体、ということですの?」
「ええ、そうかと」
とんでもない情報が、サラリと明らかになった。
「魂がなければ、生命として誕生させることはできません。ですから、命を魔力で作り出そうと、考えていたのです」
「お前は、これを使って何をしようとしていた?」
「殺戮です。この美しい兵器を使って、人類を、滅ぼそうと思いました」
「なぜ、そのようなことを?」
カナリア姫は実に悲しそうに呟いた。
「だって、この世が変わることはありませんもの」
カナリア姫は、男尊女卑が激しい環境に生まれ、育った。
女性であるというだけで魔法を学べず、優秀なのに認められることもなく。
最終的には政治の道具として、利用された。
「それを、嘆いているのですか?」
「いいえ。私の悲しみ、嘆きは、私だけのものです」
「ではなぜ、世界を滅ぼそうと、考えましたの?」
「だって、不平等ではありませんか? 男と、女。互いに手と手を取り合い、生きてきたはずなのに、手柄はすべて男のものだと、主張しているのです。私は、イチから世界を作り直したいのです。男女という、性別なんて関係ない世界を。性別など、必要ないんです。皆、妖精のように、無性別であれば、問題は起きません。私は、そんな世界を、作りたい」
「滅ぼさずとも、作れるのではありませんか? あなたが、次代の国母となれば」
「マグノリア殿下は、私が政治へ進出するのを、許さないでしょう」
「話し合ったのですか?」
「それは――いいえ。許してくれるはずはありません。私は、女、ですから」
カナリア姫は精神不安定な状態にある。刺激してはいけない。ヴィオレットはわかっていた。しかし、言わずにはいられない。
「先ほどから、男だ、女だとおっしゃっていますが、性別をもっとも気にしているのは、カナリア姫ではありませんか?」
「え?」
「女だからと理由づけて、あなたは現実を見ようとしていません。多くを知るわけではありませんが、マグノリア殿下は、男女差別をなさるようなお方ではありませんわ」
「……」
一度、話し合ったほうがいい。ヴィオレットはそう進言する。
「もしも、心を入れ替えるのであれば、私はここで何も見なかったことにする。その妖精もどきは、ローダンセ家で預かることになるがな」
カナリア姫の瞳が揺れる。どうするべきか、迷っているように見えた。
ここから先は、カナリア姫が決めることである。これ以上、意見はできない。
ハイドランジアと二人で見守っていたが、思いがけない事態となった。
パキパキ、パキパキパキ……!
シオン・ローダンセを模した妖精を封じたガラスケースに、ヒビが入る。
「ヴィー!」
ハイドランジアはヴィオレットの体を抱きしめ、結界を張った。
パリーン! と、ひときわ大きな音をたて、ガラスは散り散りとなった。
液体の中に封じられていたシオン・ローダンセの瞼が、開かれる。
ハイドランジアとは異なる金の瞳は、虚ろだった。




