元嫁は、カナリア姫の宮殿を調べる
転移先は、瀟洒な白亜の宮殿。床も天井も壁も、すべて白だった。
長い長い廊下に、ハイドランジアとヴィオレットは降り立つ。
人の気配がなく、シンと静まり返っていた。空気はキンと冷えていて、どうしてか恐ろしく思う。
ヴィオレットは思わず、ハイドランジアに身を寄せた。
「ハイドランジア様、ここが、カナリア姫の宮殿、ですの?」
「ああ、そうだ」
マグノリア王子が所持する宮殿の一つで、カナリア姫を迎え入れるにあたって譲渡したのだという。幼少期を過ごした宮殿でもあり、ハイドランジアは何度か通ったことがあるらしい。
「ふむ。人はいないみたいだな」
「やはり、そうでしたか」
人がいない代わりに、妖精がいるという。そして、勝手に入ってきたハイドランジアとヴィオレットを、監視していると。
ハイドランジアはハッとなり、水晶杖を手元に呼び出す。魔法陣から浮かび上がった杖を引き抜き、結界魔法を展開させた。
それと同時に、光の粒がどこからか発射される。
「きゃあ!」
攻撃は、ハイドランジアの結界がすべて防いだ。
『キキッ、キイ!』
飛び出してきた手のひら大の妖精を、ハイドランジアは素手で掴んだ。
美しい少年の姿に蝶の翅を生やした妖精は、手足を動かしてジタバタと暴れている。
「こ、これは……!」
「どうなさいましたの?」
「この妖精は、洗脳魔法にかかっている」
「な、なんですって」
ローダンセ公爵家にも、妖精が棲んでいるという。ハイドランジアの世話をしていると聞いていた。そのため、妖精に詳しいのだろう。
ハイドランジアはぶつぶつと呪文を呟き、妖精に何か魔法をかけていた。
妖精はビクンと体を震わせると、ぐったりとして動かなくなる。
ハイドランジアが指先で腹部を叩くと、ハッと目覚めた。
「人の言葉を解すことができるか?」
『ウ、ウン。アリガト』
「お前は、カナリア姫に洗脳されていたな?」
『ソウ』
ヴィオレットが窓を開けてあげると、妖精は外へ羽ばたいていった。
「どういうことですの? 妖精は、カナリア姫を慕って集まっていると聞いていたのですが」
「違ったようだな」
妖精は通常、人に攻撃することはない。それに、人語も話せる。
カナリア姫の妖精は攻撃を仕掛け、人語を話せなかったので不審に思ったらしい。詳しく調べたら、案の定洗脳魔法にかかっていたと。
「ヴィー、歩けるか? 気付かれる前に、急ごう」
「え、ええ」
ハイドランジアはヴィオレットの手を握り、早足で進み始める。
どうやらいろいろ仕掛けがあるようで、ハイドランジアが水晶杖で叩いて魔法を破壊しているようだ。
「ヴィー、覚えておけ。魔法使いの本拠地は、このように罠が複数仕掛けてある」
ハイドランジアが水晶杖で叩いた場所から、鋭い氷柱が飛び出してきた。踏んでいたら、串刺しになっていただろう。
「魔法使いの本拠地など、普通は飛び込まないが、ここは移り住んでまだそんなに日にちが経っていないからな」
危険なのは、魔法使いが数十年、数百年と暮らしている本拠地らしい。
「我が家もそうだが、敵対する者が侵入したら、生きて帰れないような仕掛けがある」
「だから、トリトマ・セシリアの家には行かなかったのですね」
「然様」
滞在が半年にも満たないのに、ハイドランジアの想定以上の仕掛けがあるという。
「何か、とんでもないものを隠しているのだろう」
いったい、何をしようとしていたのか。
ここ数日、カナリア姫と過ごした日々は、とても穏やかだった。
互いに魔法について語り合い、日々切磋琢磨していたのに、どうしてとヴィオレットは悲しい気持ちが胸を締め付ける。
その後も妖精に遭遇したが、ハイドランジアが次々と洗脳を解いていった。
「ハイドランジア様、その、魔力を集めているのは、いったいどちらなのでしょうか?」
「人が物を隠すのは、地下と相場が決まっている」
ハイドランジアはわかっていて、ズンズンと我が家のように進んでいたようだ。
元はマグノリア王子が所持する宮殿ということで、ある程度の間取りは把握していたようだ。地下へ繋がる隠し扉も、ハイドランジアは知っていた。
「マグノリア殿下から、隠し部屋を伺っていたのですか?」
「いいや、隠れた王子を見つけ出すために、宮殿中を探し回ったことがある」
向かった先は、図書室だった。ここに、秘密の地下部屋に繋がる隠し扉があるらしい。
「さすがに、暗号と仕掛けは変わっているか」
そう呟いたが、ハイドランジアはあっという間に扉の仕掛けを発見した。
壁に並んでいた本棚が動き、地下へ繋がる階段が現れる。
魔法で作った光球で照らしながら、先へと進んでいった。
突き当たりに、重厚な鉄の扉があった。蔦が絡んでいて、いかにも何か仕掛けがあるといった空気を放っている。
ハイドランジアは魔法で蔓を焼く。すると、蔓がヘビと化した。
「なるほど。そういう仕掛けか」
冷静に呟く。ヘビは「シャア!」と鳴き、牙から毒と思わしき液体をまき散らしている。
ハイドランジアはヘビを掴むと、石の床にたたきつけた。
ヘビはすぐに、蔦に戻る。
「げ、幻術魔法、でしたのね」
「みたいだな」
魔法師団に所属しているハイドランジアは、このような魔法が絡んだトラブルに慣れているのだろう。
何やら魔法がかかっているように見える扉も、あっさり蹴破ってしまった。
部屋の中には、驚くべきものがあった。
「なっ!?」
「こ、これは!?」
巨大な水槽の中に、ハイドランジアにうり二つの妖精が浸かっていた。




