元嫁は、妖精姫の研究について話を聞く
話を逸らさなければ。ヴィオレットはカナリア姫の行う研究について、詳しく聞くことにした。
「先ほどその妖精の涙で、ある病気を治したいとおっしゃっていたようですが、具体的にどんな病気で、どんな治療法をなさるおつもりですの?」
カナリア姫はヴィオレットの質問に、甘い微笑みを浮かべながら言った。
「本当は秘密なのですが、ヴィオレットさんには特別にお教えします」
ヴィオレットは背筋をピンと伸ばし、カナリア姫の話を聞く姿勢を取る。
「私の国には、ある体質のせいで忌み嫌われ、一部の施設に監禁されている者達がいるのです」
「それは?」
「魔力過剰病です」
「魔力、過剰病……!」
胸が、ドクンと跳ねる。それは、ハイドランジアが現在苦しんでいる症状なのではないか。ヴィオレットは詳しい話を聞くため、魔力過剰病とはどんなものか質問する。
「魔力過剰病というのは、人の体で受け止められないほどの魔力を有した症状を呼びます」
カナリア姫はグラスを持ち上げ、透明なガラス越しにヴィオレットへ微笑みかける。
「わかりやすくいいますと、人は各々、このグラスのように魔力を受け止める器を持っているのですが――」
カナリア姫は妖精を召喚し、ワインの栓を開けさせる。そして、それを受け取って、グラスに向かってワインの瓶を傾ける。ワインはグラスに満たされるどころか、零れてしまった。
ナプキンに、赤いワインがじわじわと広がっていく。
「このように魔力過剰病の者は、魔力を多く持つが故に、体内に溢れさせているのです。体内に溢れた魔力は、人体に異常をきたすのです」
「異常というのは?」
「この、汚れてしまったナプキンのように、取り返しの付かないことが、起きるのですよ」
頭痛、胃痛、吐き気、不眠――それだけでなく、精神錯乱、異常行動、暴力行為と、体だけでなく、精神にも影響して、人としての活動を阻害するのだ。
「多くの場合は、魔力過剰病だと気づかれず、異端者として始末されます。ここ最近になって我が国にも、魔力過剰病という病気であると認識されましたが」
「それで、カナリア姫は、妖精の涙を使って、過剰分の魔力の移行ができないか、研究をされていると?」
「ええ、そうです。私は、魔力過剰病の患者を救いたいと、思っています」
もしもカナリア姫の研究が完成したら、彼女の祖国の患者だけでなくハイドランジアも救われるだろう。
ヴィオレットの心に、希望の花が芽生える。
「ですが、予算がなくて、研究が思うように進まなくて」
「それで、魔法師団に入りたいとおっしゃっていたのですね」
「ええ。ですが、ローダンセ閣下は、私のことをよく思っていないようで」
「でしたら、もう一度、ハイドランジア様に相談してみますわ」
「本当、ですか?」
「ええ。それで、許可が下りたら、わたくしもカナリア姫の研究のお手伝いをしたいと、思っております」
「ヴィオレットさん……! ありがとうございます。本当に、嬉しいです」
カナリア姫は感極まったのか、ポロポロと涙を流し始める。
なんとか励ましたあと、一時帰宅をする許可をもらい、部屋を辞した。
◇◇◇
カナリア姫の部屋から出て、扉を閉めた瞬間「はー」とため息をついてしまう。
なかなか、緊迫した空間だった。
カナリア姫は、たんぽぽの綿毛のような人物だった。
ほんの少しの風で、散り散りになってしまうような危うさを感じた。
この先、上手く付き合っていけるのか、不安になる。
「ヴィー、そのように憂鬱になるのならば、断ればよかったのに」
「!」
廊下の暗がりから、ハイドランジアが出てきた。悲鳴を上げなかった自分を褒めたいと、ヴィオレットは思う。
「ハイドランジア様、どうしてこちらに?」
「ヴィーを迎えにきたのだ。マグノリアが、今日は帰すと言っていたから」
「そう、だったのですね」
「さあ、帰るぞ。我が家へ」
「ええ」
ハイドランジアは腕を広げ、ヴィオレットを外套の中へと包み込む。
目の前が暗くなった。その一瞬で、景色が変わる。ローダンセ公爵邸に戻ってきたようだ。
そこはハイドランジアの私室で、魔法で暖炉の火が点される。
暖炉の火だけが点された部屋で、ヴィオレットはハイドランジアへもの申す。
「ハイドランジア様、お話を、したいのですが」
「私もだ」
そのまま腰を抱かれ、長椅子のほうへと誘われる。
ヴィオレットが腰を下ろした隣に、ハイドランジアは座った。
「ヴィー、私から、話してもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「これは、個人的な気持ちを除外した中での意見なのだが――カナリア姫は、危険な娘だと思われる。前置きもしたが、これはヴィーを侍女にしたくないから言っているのではなく、エルフ族の勘か何かはわからないが、とにかく、よからぬことを考えていると感じた」
悪意ではない邪悪な何かを感じたと、ハイドランジアは話す。
それに関しては、ヴィオレットも「気のせいだ」と言えなかった。
「彼女の苛烈な部分を、邪悪と形容することが正解かはわかりませんが、違和感のようなものは、話をしていて感じました」
ヴィオレットの意見を聞いたハイドランジアは、ホッとした表情を見せていた。
「どうかしましたの?」
「いや、嫉妬からそのように言っていると取られるかもしれないと、思っていたから。ヴィーも、カナリア姫から尋常ではない何かを感じ取っていたようで、安堵した」
ハイドランジアも不安に思うことがあるのかと、ヴィオレットは内心驚く。
安心させるため、ハイドランジアの手に自らの指先を重ねた。




