元嫁は、妖精姫の境遇を知る
マグノリア王子の冷え切った態度も気になっていた。
カナリア姫が極度の男性嫌いだと理由づければ、納得できる。
二人の間で、すでに諍いのようなものがあったのかもしれない。
これから、どうすればいいのか。ヴィオレットは思わず頭を抱えてしまう。
「魔法に理解ある方に侍女をしていただけるなんて、幸せです」
カナリア姫は、とろりとした瞳でヴィオレットを見上げていた。
「誠心誠意、お仕えしますわ」
「そこまでかしこまらなくても結構です。私は、ヴィオレットさんとお友達になりたいので」
「お友達……」
それは、甘美で魅惑的な言葉である。
今までヴィオレットは外出を禁じられ、友達を作ることができなかった。
悩みを打ち明けられる相手ができたら、これ以上嬉しいことはない。
しかし、ヴィオレットはカナリア姫について何も知らなかった。
「私とお友達になるのは、イヤですか?」
「いいえ。もったいないお話ですわ。ですが」
「ですが?」
「わたくしはカナリア姫のことを、よく存じあげないので」
「まあ、そうでしたね。よく知らない相手と、お友達になれるわけがありませんわ」
カナリア姫はヴィオレットの手を掴み、私室へと誘う。
そこはマグノリア王子が用意していた部屋なのだろう。女性が過ごしやすいように、寛げる寝椅子や本、菓子などが用意されていた。
「ヴィオレットさんはそこに座っていてくださいな」
「あの、お茶を淹れますので」
「私に任せてください」
カナリア姫は指揮者のように、指先を動かす。すると、魔法陣が浮かび上がり、光の粒が弾けた。そこから、小さな人型の妖精がでてきたのだ。
「妖精、召喚!?」
高等魔法である召喚術を、カナリア姫は操っていた。
召喚された妖精は、魔法で湯を沸かし、茶葉をポットに入れている。
ものの数分で、紅茶を淹れていた。
カップは銀盆に置かれ、小さな翅をパタパタと動かして運ばれる。
「この子たち、とってもおいしい紅茶を淹れてくれるのです」
「え、ええ」
カップをヴィオレットの前に置くと、カナリア姫のほうへと飛んで行く。
カナリア姫はシュガーポットを手に取り、中に入っていた角砂糖を妖精に一つ一つ手渡していた。
美少女が妖精に角砂糖を配る様子は、絵本の中にある美しい一ページのようだった。
ヴィオレットは心を落ち着かせるため、砂糖抜きの紅茶を飲む。
「まあ、おいしい!」
妖精が淹れた紅茶は、今まで飲んだどの紅茶よりもおいしかった。
香り高く、味わいは芳醇、後味は爽やか。春風のような味わいに、ヴィオレットは目を見張る。
カナリア姫は妖精のような見た目から、妖精姫と呼ばれているのかと思ったが違った。妖精と心を通わせる姫君だったのだ。
「こんなにおいしい紅茶、はじめてですわ! すばらしいです」
ヴィオレットが紅茶を絶賛すると、カナリア姫はポロポロと涙を流し始める。
「ど、どうしましたの?」
「う、嬉しくて……」
「嬉しい!?」
「祖国で、父にこのように紅茶を淹れたら、気持ち悪いことをするなと、頰を、叩かれまして」
「な、なんてことを!!」
カナリア姫の父王は妖精が淹れた紅茶を拒絶し、淹れるように命じたカナリア姫に暴行したようだ。
「妖精たちは、私の幼いころからの、お友達でした。お友達を悪く言われるのは、悲しくて……」
もうこの国ではやっていけない。そう考えていたときに、他国の王太子との婚礼の話が浮上していたようだ。
「マグノリア王子の国には、エルフ公爵がいらっしゃると聞いて、会うのを楽しみにしておりました」
エルフは妖精族とも呼ばれている。
幼少時から、妖精と仲良く暮らしてきたカナリア姫だったので、きっと仲良くなれると思っていたのだろう。
「しかし、エルフ公爵には失望しました。妖精のような慈愛の心は持ち合わせていないどころか、ヴィオレットさんを物のように扱って」
「まあ、妖精らしからぬ、という点は同意いたしますが」
最後に見た、涙目のハイドランジアを思い出し、ヴィオレットは笑いそうになった。カナリア姫がいる手前、笑うわけにはいかず奥歯をぎゅっと噛みしめて我慢する。
「エルフ公爵も、他の男性と同じでした。がっかりです」
たしかに、がっかりな性格をしている。けれど、根は真面目で心優しい人物だ。
今のカナリア姫に言っても伝わらないので、ヴィオレットは黙って話を聞いておく。
話を逸らさなければ。ヴィオレットは魔法について質問してみることにした。
「カナリア姫は、何か魔法の研究とか、されていますの?」
「ええ! 私は、これを使ってある病気を治すための研究をしておりますの」
カナリア姫は、腕に付けていた真珠をヴィオレットに見せる。
「それは?」
「妖精の涙ですわ」
妖精は涙を流すと、真珠のように結晶化させる。それを素材として、研究をしているらしい。
「お父様やお兄様が私に暴力を振るって怪我をすると、妖精が涙を流しながら傷を癒やしてくれて。たくさん貯まった妖精の涙で何かできないかと思いつきまして」
「……」
ヴィオレットは思わずこめかみを押さえる。
男性を恨んでも仕方がない状況に、カナリア姫は身を置いていたようだ。




