07-B
翌日、朝食後に街を出発。一路、南へ。
始めに乗った汽車はやたらと混雑していたけれど、乗り換え乗り換え南へ進むにつれ、乗客の数が減っていく。
「もう少し中央の街から南下してたら、この辺りでもぎゅうぎゅう詰めだったろうね」
窓の外を見ながら、アイヴィーが言う。
そこに流れていくのは、田舎の風景。緑が多く、民家は少ない。
ヴァルトラウテは、東や南にファミリアが多いとはいえ、まだ中央に首都を置いておけるほどには平和な国だと聞いたことがある。
そのため、中央以外は人の数がまばらで、大きな街もあまり無い。
私たちが乗る汽車が走る西部も、時折それなりの規模の街に停車するものの、多くは無人駅。
そして無人駅の割合は、南へ行くにつれて高くなってきていた。
「でも、ゆっくり座れるからいいんじゃない? 私、人が多いの苦手だし」
そう言って、ぐったりと背もたれに身を預ける私。
ずっと座りっぱなしっていうのは、やっぱり慣れない。
ロクに動いてないのに、疲れちゃう。お尻も痛いし。
「まぁ、汽車は空いてるに限るよね。でも、人が多いのは嫌いじゃないかな」
そう言って、アイヴィーは周囲の席を見渡す。
私たちのほかに、この車両にいる乗客は数人。
その中で話をしているのは、私たちだけ。とても静かな車内だ。
「あなたは新聞記者だからね。人が多い場所でも平気で行けるようじゃないと、勤まらないでしょ」
私の言葉に、アイヴィーは「まぁね」と笑う。
「でも、傭兵だってそうじゃないの? ファミリアと戦ってばかりってわけでもないんでしょ?」
言われて、確かに、と思った。
特に、傭兵になりたての頃は、人間相手の仕事ばかりしてたっけ。
「……仕事だから仕方ないよ。人が多いから嫌ですなんて、言えないでしょう?」
すると、アイヴィーはまた、「まぁね~」と笑った。
「普通の仕事だったら、そんなナメたこと言ってたらクビだよね。あ、ところでさ、傭兵もクビになるとかあるのかな」
「え?」
クビかぁ。どうなんだろう。
「……そんな話、聞いたことないなぁ」
「私も無いな。……でも、さすがに犯罪に手を染めたら辞めさせられるよねぇ?」
「そりゃそうでしょ。傭兵は、人々のために働く何でも屋さんなんだから」
「でもさぁ、時々あるよね、傭兵の犯罪って。傭兵ってほら、強いからさぁ、抵抗されたら警官じゃどうしようもなくなるじゃない? ああいうの聞くと、怖いなぁって」
「そだね……」
私は、これまでに二度、その怖い場面に遭遇している。
いや、遭遇と言うより、巻き込まれたって言った方が適切かも。
その二度とも、相手は元傭兵だったけれど、傭兵並の実力を持つ人間と対峙した時の恐怖は、よく理解できるつもりだ。
「そういう時ってやっぱり、傭兵が警察に協力して、犯人を捕まえるんだよね?」
首を少し傾げるアイヴィーに、「だと思うよ」と返す。
実際、その通りだったし。
……いや、二度目はちょっと違ったかな。
犯人の元傭兵を止めたのも、元傭兵だったし。私もその時、傭兵じゃなかったし。
「そうなるとさぁ、やっぱり殺し合いとかになるんだろうね~。……ってことはさぁ、人を殺したことのある傭兵もいるかもってことだよね?」
「いるだろうね。やむを得ない場合もあるだろうし」
例えば、自分や周囲の人間の命が危うくなった時とか。
「う~ん。じゃあさ、もしティナが悪い傭兵を止める側だったらどうする? そいつを殺さざるを得ない状況になったら、どうする?」
「え?」
……私はきっと、殺さない。いや、殺せない。
たとえ、命の危機に瀕したとしても。
「……そいつを、どうにかして無力化する方法を考えると思う」
「例えば?」
「えっと、……ぶん殴って気絶させる、とか?」
実際、悪い奴らを剣で殴って気絶させたことはある。
それを聞いたアイヴィーは、眉を下げて目を細め、「荒々しいねぇ」と苦笑い。
「でも、そうだよね。殺さざるを得ない状況になったとしても、やっぱり相手が人間となると、なかなかその判断はできないよねぇ。普通なら」
「うん」
……そう。普通の神経をしていたら、たとえそれが許されていたとしても躊躇するものだ。
でも、中には普通じゃない奴らがいるから、犯罪は無くならないんだろう。
「……そういうのもさ、いずれ取材することになるのかなぁ」
窓の外へ目をやりながら、アイヴィーは呟く。
その顔には、わずかに不安げな色があるように見えた。
「これから、傭兵のことばかり取材することになるんでしょ? だったら、そのうちそういう機会もあるんじゃない?」
そう言ってみると、アイヴィーは「だよねぇ」と溜め息。
「……無茶しないでよ?」
私の言葉に、アイヴィーは丸くした目を向けてきた。
「私のこと、心配してくれるの?」
何、その意外そうな顔。
「するに決まってるでしょ。……友達なんだから」
「えへへ。ありがと」
アイヴィーはにっこり笑う。
「それに、なんだか無茶しそうだし、あなた」
「会うの2回目なのに、私のことよくわかってるね」
笑みを崩さない彼女に、私は溜め息。
……無茶しそう、か。
それはきっと、私にも言えることなんだろう。
今まで何度も危ない目に遭ってきたけれど、そういう時は大体、無茶をしてるんだよね。
「ティナも、無茶しちゃ駄目だよ?」
「!」
だから、そう言われた時はドキッとした。
ドキッとすると同時に、ちょっと嬉しくもあった。
「……心配してくれるの?」
聞くと、アイヴィーは「もちろん」と可愛らしく首を傾げる。
「だって、友達だからね」
私も思わず、笑みを浮かべた。
2日後の夕方、ヴァルトラウテ南西の街に到着。
ここからもう少し南へ行けば、いよいよヘルムヴィーゲとの国境地帯だ。
街の中心部にある宿を一部屋取って、明日の準備をするために外出。
田舎町だから店はあまり無かったものの、必要最低限の準備は整えることはできた。
「さぁ、明日はいよいよヘルムヴィーゲだね」
ベッドにごろりと転がるアイヴィー。私は窓辺で「そだね」と返す。
宿の二階から見る景色は、静かな田舎町の風景。
行き交う人々は、ほとんどがお年寄り。
若い人もいるにはいるけど、見れば大体帯剣している。
おそらく、彼らは傭兵だろう。
「何見てんの?」
「!」
突然、横からアイヴィーが頭を出してきた。
「……着いた時も思ったけどさ、ここっていわゆる過疎地だよね。おじいちゃんやおばあちゃんばっかりだもん」
「そうみたいだね……」
きっと、ヘルムヴィーゲに近いことが原因なんだろうな。
「でも、あの人たちにとって、ここは大切な故郷だからね。だから、傭兵を呼んで守らせてる」
それを聞いて、ある疑問が浮かぶ。
「傭兵を呼ぶための資金は、どうしてるのかな」
いくら人のために働く傭兵とはいえ、タダ働きでは自分の身が保たない。
「ああ、それは、国が代わりに払ってるんじゃないかな。と言うより、そもそも、国が直々に傭兵たちに依頼してるんだと思うよ?」
「そうなんだ」
なるほど。それなら、お年寄りたちは安心してここで暮らせるね。
「ファミリアが多い地域にある街や村は、国が守ってるんだよ。オルトリンデだって、南東の方にはよく傭兵が派遣されているしね」
「ふぅん……」
それは知らなかったな。
「まぁ、オルトリンデの場合、南部は貧しいからね。あまり人は住んでないし、住んでる人には国が補助金を出して、移住を勧めてるみたいだけど」
「……結構いろいろ知ってるんだね」
感心する私に、アイヴィーは「まぁねぇ」と得意げだ。
「……でも、これから行く国は違うよね」
呟くと、アイヴィーも「だね」と静かに言う。
「元々中央にあった首都は、どんどん西へ移動して、国民もそれに合わせて大移動。どうにか国としての機能は失わずにいるけど、そこに人々を守れるような余裕は無い。職を求めて、他国へ移り住むって人も年々増えてる始末。国も、国民より傭兵を養う方に重点を置いてるみたいだし」
アイヴィーの話した内容は、新聞でもよく語られていることだ。
「私たちが行くフォルネルも、傭兵が多い街らしいよ? 傭兵とファミリアがぶつかり合ってる戦闘地域の近くじゃないんだけど、それでもかなりのファミリアがいる場所なんだって」
中央南側にあると聞いた時点で、まぁそうなんだろうなとは思っていた。
以前ヘルムヴィーゲに行った時は、中央西寄りの街へ向かった。
道中でファミリアに襲われたり、着いた先の街付近に普通にファミリアがいたりと、かなり奴らの存在が身近だったのを覚えてる。
あれ並か、あれ以上の状態にあるってことだね、フォルネルも。
「だから、ファミリアがローレンツさんを引き止めておいてくれるかもしれない」
「! そっか」
それは、充分考えられるな。
アイヴィーは苦笑いを浮かべる。
「こんなこと言いたくないけどさ、今回ばかりは、フォルネル付近にファミリアが大量に現れないかなって思うよ。そしたらきっと、ローレンツさんはそこで戦い続けてるだろうし、会える確率がグンと上がるってことだもんね」
私も、苦笑い。
確かに、そんなこと願っちゃいけないんだろうけど、……それでローレンツの足止めができるのなら、そうあってほしいと思ってしまう。
「でも、一つ心配事があるんだよねぇ~」
そう言って、ベッドの縁に座るアイヴィー。
私は彼女の方へ身体を向け、「何?」と問う。
「馬車のこと」
「馬車?」
それがどうしたのだろうか。
「言ったでしょ? 汽車の路線は途中までしか無いって」
「うん」
「そうなると、移動手段は馬車くらいしか無くなる。でも、その馬車が私たちを乗せてくれるとは限らないじゃない」
「なんで?」
首を傾げて見せると、アイヴィーは「だからぁ」と腕を組む。
「ファミリアがいっぱいいるような危険地帯になんか、行きたいとは思わないでしょ? だから、馬車を探すのに苦労しそうだなって思ったの」
「あ、そっか」
それは考えてなかった。
そういえば、以前来た時も、なかなか馬車が見つからなかったっけ。
あの時は確か、お金を余計に払ってようやく乗せてもらったんだったな。
「お金で解決といきたいところだけど、ローレンツさんの情報を得るのにだいぶ取材費使っちゃったからね。できれば、これ以上余計な出費は避けたいなって……」
なるほど。
でも……。
「馬車を探してる内に、彼が街を出ちゃったらどうするの? お金なんか惜しんでられないんじゃない?」
私の言葉に、アイヴィーは「む~」と口を尖らせる。
「じゃあ、ティナもちょっと出してよ」
ムカッ。
「何言ってんの? ここまでの食事代も宿代も、ほとんど私が払ってるんだよ? 切符代くらいしかまともに払ってないんだから、出せるお金はあるでしょ?」
節約したい節約したいと繰り返され、代わりに払ってきた私も私だけどさ。
「え~? ティナ、もうお金無いの?」
結構持ってきたから、あるにはある。だけど……。
「いつから私は、あなたの財布になったのかなぁ? 私の仕事は、あなたの護衛をすること。取材はあなたの仕事なんだから、そのために必要な出費は、あなたがするべきなんじゃない?」
私の言ってること、間違ってる?
アイヴィーは「うう……」と困り顔。
そんな顔に屈する私ではない。
「……しょうがないなぁ。じゃあ、もしも乗せてくれる馬車が全然見つからなかったら、私のお金でなんとかするよ」
渋々といった感じで呟くアイヴィー。やれやれ。
「まぁ、普通に乗せてくれる馬車が見つかるかもしれないし、頑張って探そうよ。お金を使うとかそういう話は、あくまで最終手段だよ」
私の言葉に、アイヴィーは「うん」と頷いた。
「じゃあ、そろそろ夕食行こうか」
ちらりと、私の目を見てくるアイヴィー。
「……心配しなくても、食事代も宿代も、これまで通り私が出すよ。ほら、行こ」
「うん!」
アイヴィーの顔に、明るさが戻る。
そうして宿で一泊した私たちは、翌日、国境を越えてヘルムヴィーゲへの入国を果たした。




