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守護霊見習い  作者: シトラチネ
見習い最終号 ―永誉―
39/39

… 7 …

… 7 …


 すみませんごめんなさい何でもします撤回を撤回して下さい。とすがりつく千歳を振り払いながら帰り着いたアパートの部屋。

『どうもー。ひろサン、おかえりなさい』

 永誉さんが正座して待っていた。

 竹原を除霊した時の気合と威風はどこへやら、爽やかにのほほんと寛いでいる。丸刈りの頭でPCのディスプレイを眺めて、片眉をうごめかせたりして。

『課題を放り出してデートですか? 感心できませんねえ』

「デートじゃない。っていうか、どうしてここにいるの? 見習いは断ったでしょ」

「永誉さんが来てるのか……頼むから俺のために帰って。今、人生最大の取り込み中」

 千歳は頼んでるというより嘆いてる。

『はい、ひろサンに一言お礼をと思いまして』

 甚平の膝を揃えなおし背筋を伸ばしてから、永誉さんは軽く頭を下げた。

『私、ひろサンのおかげで本日無事に守護霊見習いを卒業することが出来ました。見習い期間中は私の開眼のためにご尽力頂き、まこと感謝の念に――』

「待って待って待って待って」

 手で制して永誉さんの発言を無理矢理に押さえ込む。身に覚えのないことを言われている、良からぬ予感がする、そして見習いに関してこの嫌な予感が外れたためしはまずないのだ。

「卒業も何も、始まってないよね」

「うわ。俺の彼氏見習いを言われてるようだ」

 部屋の片隅でいじけてる気配がする。

『私もそのつもりでしたが。絹サンがおっしゃるにはですね、竹原氏がひろサンに金縛りをかけに来だした時からすでに見習いは決定事項だったそうで』

 今回は見習い霊サイドにまで問答無用で開始されていたらしい。勝手に卒業してくれたなら、それはそれでいいけど。

「でも永誉さん、どうして見習いにされたの? そもそも心残りなんてないって断言してたのに」

『ええハイ、ありません』

 明るく断言され、頭痛の予兆を感じてこめかみを押さえる。

『守護霊見習いというのは、守護霊となるに及ばぬ者の修行の場と伺いました。現世に未練を残した霊、資質に足らぬ霊。私は後者でありました』

 さる仏寺の行者だった永誉さん。生前は修行のかたわら、霊現象の相談に乗ったり、お祓いをしたりしていたんだそう。

 話しやすく明るい人柄におせっかいな永誉さんは、親身になってあげたんだろう。徐々に相談者が増えたという話も納得できた。

『そうして多忙にかまけて霊障を解決することに気を取られ、私は大切なことを失念していったのです。私がしていたのは現世の人の暮らしやすさ、便宜を図ることで、魂の救済や真の解決ではなくなっていました。霊障を起こす霊の行く末など構わなくなったのです』

 永誉さんはバツが悪そうに首の後ろを撫でている。

『つまり、ひろサンがこだわった除霊と浄霊の違いと申しましょうか。私はひろサンが困っているという現世側の立場からしか、物事を捉えられなくなっていました。自分がすでに霊界側の存在であるにもかかわらず』

 そして霊障をなくすことのみを考え、竹原の霊に対して強制排除の九字切りを行ったのだそうだ。

 解決したつもりでいた永誉さんはどうして除霊したのかとわたしに詰問され、さらには見習いを拒否されて戸惑い、霊界における路頭に迷うことになる。

『考えました。霊界は何のためにあるのか、救われるためではないのか――ひろサンの言葉が思い出させてくれたんですね。見習いは私に、霊界が人の業も魂も浄化していくシステムだというのを理解させるためのものだったんです。驕った私の霊力など、霊界にとっては脅威でしかなかったんです』

 そこへ至って、永誉さんは見習い卒業を許されたのだという。



『絹サンが神主の方に、浄霊を頼まれても引き受けるなと根回しに行ったのは、それが理由だったんですねえ』

 首の次は顎を撫で撫で永誉さんは得心の様子だが。

「……根回し?」

「こちら観測所、初期微動を確認。酒を用意しとかなきゃ」

 勘のいい千歳がわたしの怒りを察知してキッチンへと移動するのが視界の端に映る。

 ――浄霊でもお助けできればと思うておりましたが。見習い指導のお勤め、ご苦労なことですなあ。

 竹原の憑座になったビクトリノックスのお払いを頼みに行った時。大福の粉をひげに付けたままの神主さんは、そう言って逃げるように本殿へと戻って行った。

 あれはもしかして、見習い修行の邪魔をしないようにと絹さんに釘を刺された上での言動だったのでは。

「タヌキジジイ……何が茶に付き合えだっ、絹さんに味方しておいてー!」

 絶妙なタイミングで差し出された中ジョッキをあおる。

「じゃあ絹さんは永誉さんもわたしも知らないうちに、裏で着々と見習い修行をさせてたってわけね。わたしがもう絶対に見習いはしないって誓ったり、千歳に慰められたりしてる間にも。へえ。それはまた……さぞや儲けたことでしょうよ……」

「わー、位牌をビールに沈めちゃダメだって!」

「とめないでー!」

『まあまあ。絹サンも今回ばかりはタダとは言わないとおっしゃってますんで、気を鎮めて』

 絹さんの位牌をビール漬けにしようともがくわたしと、仲裁に入る千歳で攻防を繰り広げていると。永誉さんは慌てず騒がずの様相で意外なことを言い出した。

「え……それ絹さん? タダとは言わないだなんて、信じがたい発言」

「ついさっき、ほんとにひろさんかと疑った俺を殴りつけたのは誰でしたか?」

 とりあえず顔を背けておく。

『ハイ。竹原氏の浄霊を私が引き受けましょう』

 どんと任せなさい、そんな感じで甚平の胸を叩いてみせる永誉さん。発言は頼もしいけど、今更それは無理な話だ。

「浄霊ったって、永誉さんが除霊しちゃったのに」

『いいえー、してませんよ』

 したはずだ。したはずだ。あれほど怒らされた出来事が夢だったとは信じたくない。それともこれは長い長い悪夢なのか。疑うわたしに向けて、永誉さんはヘラッと照れ笑いらしきものを見せた。

『よほど霊能力の高い方ならまだしも、私ごときの若輩者が九字切りで祓えるのは、動物などの低級霊くらいでございますよ。竹原氏に対して牽制の効果はありましたが、除霊などとてもとても』

 確実にめまいがした。

「じゃあ、あの夜以降は竹原が現れなかったのは、九字切りされるのを嫌がってのことで……除霊されてたんじゃないってこと?」

『ハイ。ひろサンからひっぺがしたという意味では除霊しましたが、竹原氏の霊は健在でございますよ』

 元気良く答えられると、こっちの気力へのダメージが増大する。しおしお萎える気力を叱咤して引きずり出した。

「それならそうと、どうして言ってくれないの? わたしがどれだけ、どれだけショックだったか知ってるでしょ!」

『失礼しましたー。私もひろサンに叱られて面食らってましたし、帰れなんて怒鳴られちゃいましたしねえ』

 自業自得だというのか。情けなくて泣きたい。中ジョッキを抱えてローテーブルに突っ伏す。

『そういうことですんで、竹原氏の説得は私が責任もってやりますですよ。ひろサンには指も触れさせませんから、安心して学業に励んで下さいねー。ああそれと、見習いにも』

「ありがとう」

 竹原は除霊されてなかった。まだ成仏に導くチャンスは残されてて、説得を名乗り出てくれた人がいる。その安堵の味も、こうも振り回された挙句となると美味には程遠い。

 ため息の海に沈みながら、突っ伏したままで呟いた。

「でも見習いは当分いい……」



「色々……また大変な目に遭っちゃったみたいだね、ひろさん」

 永誉さんが丁寧な挨拶をして帰ってしまった後。虚脱に身を任せてたら、背後からぽつりと声がした。そうだ、いたんだった千歳が。

「またって言わないで……」

「竹原は永誉さんが浄霊してくれるって?」

 霊感のない千歳には永誉さんの声が聞こえないけど、わたしの言葉だけで流れは掴んでたらしい。ずるずるとテーブルから起き上がって、細かいところを補足してあげた。

「俺が、竹原は許せない、情けをかけてやる必要なんかないって言ったの……余計なお世話だった?」

 やけに神妙に聞き入ってると思ったら、千歳は決まり悪そうに訊ねてきた。除霊しろとまでは断言しなかったものの、竹原の浄霊という選択肢は千歳の中になかっただろう。

 だけどあの時はまだ金縛りに悩まされていて、竹原を止める術もなかった。もし永誉さんがいなくて、あのまま迷って竹原の暴走を許していたら。今頃、わたしは千歳と二度と話せない場所に連れて行かれていたかもしれない。

 それを阻止するには、力のある霊能者に除霊してもらうという方法しか残されていなかったかもしれない。

 どうして除霊したのかと永誉さんを怒鳴りつけたけれど、わたしだって事態が悪化すれば同じことをするしかなかった。だからそこまでこじれる前に、生きてるうちに、見習いに頼らずに、人は救済されていかなくちゃ。

 わたしも見習いばかりしてないで、もっと生きてそばにいてくれる人たちを大事にしなくちゃ。

「ううん。心配してくれてたって分かってる」

「そっか。それなら」

 すくっと立ち上がって背後に歩いていく千歳を、どうしたのかと呑気に顔をめぐらせて追っていたのがうかつだった。しまったと気付いた時には逃げようがないくらいがっちりと、後ろから腕でホールドされてた。

 背中があったかい。竹原の金縛りに怯えて抱きついた時の安堵感が蘇るけど、同時に夜景を前に肩透かしを食らったキスと頬へのつねりも思い出して腹が立つ。

 顎をわたしの肩に乗せて、千歳は囁いてきた。

「さっきの続き」

「続きません。永誉さんとか竹原とか絹さんとか、もう頭がそれどころじゃ――」

「ここで霊の話題は禁止」

 優しいのと厳しいのと、両方取り混ぜた口調にぴしゃんと遮られた。

「絶縁体って言ったでしょ。俺の腕の中にいる時は、霊の話はシャットアウト。俺だけの彼女でいて」

 ――わたしも見習いばかりしてないで、もっと生きてそばにいてくれる人たちを大事にしなくちゃ。

 そうだった、そう思ったばかりなんだっけ。

 千歳の胸にくっついてる背中から伝わる鼓動。これがあれば時計なんて要らない。守られてるって実感させてくれる腕。余裕を装ってるけど、不安を押し殺してる潜めた息遣い。

 髪を持ち上げて、首筋にそうっと押し当てられる優しい感触。いつもしたたかな顔してキスを持ってくくせに、今は拒否されやしないかって緊張してるのが分かる。

 千歳の腕の心地よさ。聖域のような安らかさ。千歳が絶縁体じゃなくっても、きっと変わらない。抱き締め返せば千歳にも同じものを与えてあげられるのか、知りたくなる。

「ひろさん」

 沈黙をこらえかねたみたいに千歳が呟いた。魂まで揺り起こされそうな呼び声。

 いい音コレクション、だなんて。ライターに風鈴、わたしが収集してきたものは何て些細だったんだろう。名前を呼んでくれる千歳の声、こんなにいい音がこんなに身近にあったのに。

 振り向いたら、千歳はハッとしたみたいだった。何に驚いたのか見違えたみたいに瞬きして、それから硬い表情が急速に柔らかくほどけてく。嬉しそうな唇が近付いてきて言う。

「その顔、待ってた」

 瞼を伏せ、唇に心の合鍵を載せて差し出した。




… The End …


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