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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第4章 窒息

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203Y年2月12日 台湾南部

203Y年2月12日 台湾南部

台湾南部を包み込む湿った空気の中に、目に見えない破滅の種がデジタルの風に乗って撒き散らされた。まだ一部が通じている大陸経由のSNS上には、加工された「事実」が、決壊したダムから溢れ出す濁流のように世界中へ拡散された。


『緊急速報:台湾第三原発で爆発事故。政府は放射能漏れを徹底隠蔽』

『台北当局の無謀な再稼働が招いた人災。南部の住民は直ちに北へ避難せよ』


物理的なメルトダウンは、ICEFCOMの決死の介入によって間一髪で食い止められた。しかし、この事件は「情報のメルトダウン」という第二の、そしてより破壊的な攻撃へと形を変え、窒息寸前の台湾社会をさらなる恐怖と疑心暗鬼の底へと叩き落としていった。


大陸側が意図的に開放し続けている検閲済みの通信回廊を通じ、数えきれないほどの「証拠動画」が凄まじい勢いでタイムラインを埋め尽くす。それらは、陳少校が懸念した通り、復旧直前に外部へ流出した「炉心温度の上昇」や「給水不能」を示す本物の生データを起点にしていた。画面には、冷却システムの圧力計が限界値を突破し、警告灯が赤く明滅する計器盤のログが映し出され、そこへ扇情的な解説が重ねられる。


「見てください、この赤いグラフが跳ね上がった瞬間を! 公式発表は安定していると言っていますが、実際のログはこうです。政府は私たちに嘘をつき、死の淵へ追いやろうとしている!」


本物の絶望に、AIが生成した「地獄の光景」が巧妙にパッチワークされていた。画面の中で、馬鞍山の象徴である二基の白い巨大ドームが、内部からの凄まじい水蒸気爆発でコンクリートの破片を撒き散らしながら崩落する。続いて流れてきたのは、南湾の白い砂浜に設置されたガイガーカウンターの数値が、狂ったように跳ね上がり、ついには測定不能を示す「ERR」を表示して悲鳴のような警告音を鳴らし続ける映像だった。


「……見ろ、これ。第三原発の二号機だ。爆発した瞬間のドローン映像だって!」

「原発近くの村の様子だ、これを見ろ!」


屏東市内のスーパーマーケット「全聯福利中心」の店頭で、配給のミネラルウォーターを待つ行列に並んでいた誰かが悲鳴を上げた。周囲の人々が一斉にスマートフォンを覗き込む。そこには、恒春鎮の路上で「急性放射線障害」により、喉を掻きむしりながら嘔吐し、あるいは真っ赤な鼻血をだらだらと流しながら、折り重なって倒れる住民たちとされる、目を背けたくなるような高解像度の写真が次々と表示されていた。特殊メイクとCGを組み合わせた「偽の死」は、停電で情報が遮断された人々の脳に、ダイレクトに恐怖を叩き込んだ。


「嘘だろ……。公式発表は異常なしって言ってたじゃないか!」

「政府が本当のことを言ったことが一度でもあるか? 逃げるぞ、今すぐにだ!」


『緊急警報:恒春鎮の住民は既に全員死亡。放射能汚染は半径百キロに及び、南部全域は今後百年間、居住不能になる。総統府は既に南部放棄を決定した』


この視覚的な暴力は、物資不足や将来への不安で疲弊しきっていた住民の理性を一瞬で粉砕した。

平和な農村が広がる屏東県。かつてサーファーや観光客で賑わった墾丁の美しい海岸線は、瞬く間に「死の地」からの脱出を図る人々の阿鼻叫喚に包まれた。汚染範囲とされた「半径百キロ」という数値は、南部最大の都市・高雄を丸ごと飲み込む、計算され尽くした悪意だった。


「水も電気も止めて、今度は毒を撒き散らしたのか! 台北の連中は、俺たちを見捨てて自分たちだけ逃げる気だ!」

「食料なんていい、車を出せ! 北へ行くんだ、放射能が来る前に!」


パニックは瞬時に高雄へと伝火した。高雄市街を南北に貫く中山路、そして北上する唯一の命綱である「高速道路一号線」(中山高速公路)の入り口は、我先にと北を目指す数万台の車両によって、文字通り「コンクリートの墓場」と化した。わずかな公共交通機関も、駅のホームを埋め尽くす避難民の重圧に耐えかねて運行を停止。主要な幹線道路だけでなく、田舎の隘路に至るまで、脱出を試みる車両が数キロにわたって数珠つなぎになり、各地で激しい衝突事故が発生した。鼎金ジャンクション付近では、避難車両同士の玉突き事故により、横転した軽トラックから火の手が上がり、黒煙が空を覆った。


恐怖に駆られた市民たちは、全土で水や保存食、さらには気休めにもならない防塵マスクや安定ヨウ素剤を求めて、空になった棚が並ぶコンビニやドラッグストアへ殺到した。しかし、厳格な配給制が敷かれているため、店員は「物資購入証なしでは一袋も渡せません!」と必死に叫ぶ。


「身分証なんて関係ない! 子供に飲ませる水が欲しいんだ、殺す気か!」

「配給を待っていたら放射能で死ぬんだぞ! 今すぐ出せ!」


怒号と悲鳴が入り乱れ、あちこちで窓ガラスが粉砕される音が響く。大渋滞の列の中、憲兵隊のCM-32「雲豹」八輪装輪装甲車と、高雄市政府警察局のパトカーがサイレンを鳴らし続けていたが、逃げ惑う一般車に完全に退路を塞がれ、一メートルも進めない。


「どけ! 道を空けろ! 我々は防衛ラインへ弾薬と燃料を運んでいるんだ!」


装甲車のハッチから身を乗り出した、陸軍第八軍団の補給部隊に所属する若い兵士が、泣きそうな顔で拡声器を叩いた。しかし、路上の市民は窓から顔を出し、狂乱した表情で中指を立てて怒鳴り返した。


「防衛なんて知るか! 放射能が来てるんだぞ! 子供をここで殺せって言うのか! どくのはお前らだ、人殺しどもめ!」


警察官が交通整理のためにV―150装甲車を路肩に乗り上げさせようとするが、それさえも、パニックで燃料切れを起こして乗り捨てられた車両と、徒歩で北を目指し始めた数万の群衆に阻まれる。


「PC―1より高雄本部! 鼎金ジャンクション付近で完全なスタック! 我々警察も、民間の避難車両と軍の移動部隊も混然一体となり、収拾不能です!……繰り返す、南部守備隊の増援が動けない! 全軍がこの渋滞に閉じ込められている!」


無線の向こう側では、衝突事故による爆発音と、パニックに陥った人々の怒号が、落山風に乗って絶え間なく響いていた。北京の狙いは的中していた。一発の砲弾も、一滴の放射能も漏らすことなく、ただ「偽の死」をデジタル空間にバラ撒くだけで、台湾南部の防衛網はその血流である交通インフラから自壊を始めたのだ。この地獄絵図のような大混乱は、後に何の異常も無い原発のライブ映像や、村内の店先で平穏に食事をする恒春住民の姿が、政府の必死の広報活動により、テレビ放送や台湾国内の回線で全土に届くまで続く。完全なる秩序回復には結局、およそ一週間の貴重な時間を要することとなったのである。


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