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死神と小説家  作者: おとなり かな
21/22

20話 別れ

翌日。


 里緒が目覚めると、もう昼頃だった。


 悪い夢は見なかった。

 これもきっとルミの力のおかげなのだろう。


 部屋を出ると昨日と同じようにして

 ルミが部屋近くの壁にもたれていた。


「おはよう、里緒さん。」


「おはようございます、ルミさん。

 昨日はありがとうございました。

 おかげでよく眠れました。」


「そっか。それは良かった。

 さて、今日は素敵なものを見に行くのよ。」


 そう言ってルミが朗らかに笑う。


 ここに来たばかりの時に会った彼女の

 底抜けに明るい笑顔だった。


「素敵なもの?」


「ついてくれば分かるわ。」


 ルミは楽し気に里緒の手を引き、

 屋上へと向かう。


「ここで待ってて。」


「はい。」


 今日もとても天気がいい。

 そよぐ風を感じながら、真っ青な空を見上げた。


 誰かの足音がして反射的に振り向く。


 確証があったわけではないけれど、

 何となく、そんな予感がした。


 里緒の目が彼女を見つける。


 瞬間、走り出していた。


「美緒!」


 ずっと会いたかった人。

 あの日、失った最愛の姉。


 村上美緒は、十年前と寸分たがわぬ姿で、

 村上里緒の前に現れた。



 青い薔薇の花びらが風に乗って舞う、舞う、舞う。



 こうして再会を果たした姉妹はただ語らった。

 共に生きていた日々の事、

 妹が生き抜いた十年間の事。


 ただ、他愛なく、衒いなく、気兼ねなく。


 お互いの日々を埋めあうように。


「私ね、美緒。」


「うん。」


「美緒と一緒に居られれば、それで、それだけで

 良かったんだなって思った。

 美緒と一緒に笑って、泣いて、怒って、

 喧嘩して、仲直りして、また笑って。

 お喋りして、夜更かしして、お菓子食べて。

 そんな風に毎日過ごせる時間がとても大切で。

 尊くて、暖かくて、愛しくて、幸せだったって。


 美緒がいなくなってから、気づいた。

 すごく大事なことだったのに、

 あんなことをしでかさないと、気づけなかった。

 遅すぎたね。」


「そうだね。私もあの時、飛んだ瞬間に気づいた。

 遅すぎたね。愚かだったね。

 きっと気づくきっかけは、たくさんあったのに。

 私はずっと幸せだったのに。

 全部、全部、取りこぼした。」


「うん、そうだね。美緒、私をあの時、

 守ってくれて、生かしてくれて、

 ずっと、美緒のままでいてくれて、

 ありがとう。」


「うん。里緒、お願い聞いてくれて、

 生き抜いてくれて、最期に私に会いたいって

 願ってくれて、ありがとう。」



 姉妹が語り明かしたころには、

 もう夜の帳がおりていた。


「さて、そろそろ、いいかしら?」


「もうすぐ、刻限です。」



 夜空を見上げる姉妹にルミと玲が声をかけた。

 分かっていた。

 この時間が永遠でないことぐらい。


「そう、ですか………。」


 里緒が名残惜しそうに美緒を見た。


「仕方ないよ、里緒。

 たくさん話せて、また会えて、嬉しかった。」


「うん。私も、嬉しかった。

 それに、また、すぐ会えるよね?」


「うん、きっと。」


「じゃあ、そろそろ行こうか。

 ありすが下で待ってるよ。」


「はい。」


 里緒が美緒を手を引いて、ルミと圭吾の後に続く。

 六人はエレベータに乗り込んだ。


 下に着いて、里緒が美緒の手を引きながら

 降りようとすると、美緒は降りずに

 そっと手を離した。


「美緒、降りないの?」


「ねーちゃんは超特急で来たからな。

 書類がまだ揃ってないんだ。

 俺たちは地下で手続きするけど、

 いもーとさんは迎えの時間があるから

 先に行ってくれ。ごめんな。」


 北斗から説明が入る。


「あ、そうなんですか?

 じゃあ、美緒、また後でね。」


「うん。またね、里緒。」


 里緒がエレベータから降りて、振り返った。


「ねえ、美緒。」


「どうしたの?里緒。」


「生まれ変わっても、また一緒に

 生まれてきてくれる?」


「――っ、うん、もちろん。

 また一緒に生まれてこよう、必ず。」


 美緒の声が涙でかすかに震える。


「「次の人生は、二人で一緒に生き抜こう、

 最期まで。」」


 姉妹は両手を重ねて握り合い、

 額を合わせて誓った。


「じゃあね、里緒。」


「またね、美緒。玲さん、北斗さん、

 美緒の事、宜しくお願いします。」


 里緒は深く深呼吸をしてから

 北斗と玲に姉を託し、深く頭を下げた。


「はい、お任せください。」

「嗚呼、勿論だ。」


 そしてエレベーターの扉が閉まり、

 二人を隔てた。


 村上里緒は知っていた。

 姉が何かを隠していることを。


 それが何かまでは分からなくても。


 手を離した時のあの顔は、そういう顔だ。


「里緒さん。」


 名前を呼ばれて振り向くと、

 ありすが待っていた。


「ありすさん!」


「お迎えに参りました。」


「ありがとうございます。」


「では、参りましょうか。」


「はい。ルミさん、圭吾さん、

 美緒に会わせてくれて、

 ありがとうございました。」


「間に合って良かった。」

「本当に、無事で良かったね。」


「はい、お世話になりました。」


 こうして、里緒はありすと共に

 図書館を後にした。


「ねえ、ありすさん。

 私たちは、また二人で生まれて来れますか?」


 図書館を出てから、里緒がありすに問う。


「大丈夫ですよ。あなた方は学びの場が違うだけ。

 時間がかかったとしても、また輪廻は廻ります。」


「そうですか。ありすさんが言うなら

 間違いないですね。」


 美緒、どんなに時間がかかっても、

 私は美緒の事、待ってるから。


 村上里緒は、見上げて、姉を思う。


 迷いの晴れた魂は、死神に導かれて、

 己の学びの場へと歩を進めた。




〇地下行きエレベーターにて○


 一方、村上美緒を乗せたエレベーターは、

 尚も地下へと降りていた。


「大丈夫です。今は学びの場が違うだけ、

 ちゃんと、また会えます。」


「はい、ありがとうございます。」


 少し物憂げな美緒を玲が勇気づける。


 エレベーターはその間に目的の階へ

 たどり着いていた。


「さて、着いたか。行くぞ。」


 北斗の後について歩く。


「相変わらず、寒いな。」


 そこは冷たい空気に満ちていた。


 モノトーンの石造りで出来た廊下を

 しばらく進むと、大きな黒い扉があった。

 そして扉の前に男が二人。


「よお、蓮、秋良。」


「あ、北斗と玲ちゃんだ。研修ぶりだねぇ。」


 蓮と呼ばれた男が無気力に間延びした声で答える。

 長く伸ばした赤髪を人差し指でもてあそびながら

 にこりと笑った。


「その女が例の魂か?」


 秋良と呼ばれた緑髪の男が落ち着き払って問う。

 どことなく、古風で堅物な感じがする。


「はい。宜しくお願いします。」


 玲が美緒の前に立ち、二人にお辞儀をした。


「宜しくお願いします。」


 玲に倣って美緒も頭を下げた。


「高校生で、地獄落ちかぁ。君すごいねぇ。

 玲ちゃん達に気づかせてもらうまで、

 どのくらいだった?」


 蓮が問いかける。


 興味本位での質問なのだろうが、

 不思議とイラつく感じはしなかった。


「十年です。」


「ほお、十年間自我を保っていられたとは。

 天晴だな。」


「妹のおかげです。」


 村上美緒は、十年間、飛び続けていた。

 すでに死者であることに気づかずに。


 それでも自分を忘れなかったのは、

 ずっと、ずっと、里緒のことを想って

 いたからだ。

 妹の存在があったからこそ、

 人間であることを忘れずに居られた。


「じゃあ、妹さんに感謝だねぇ。」


「はい。本当に。」


 里緒には感謝が尽きない。


「では、彼女はこちらで預かる。」


「嗚呼、宜しく。」

「宜しくお願いします。」


「玲さん、北斗さん、ありがとうございました。

 本当にありがとうございました。」


「はい。頑張ってください。」

「じゃあ、またな。」


「はい、また。」


 美緒は二人の背中を見送った。


 私を助けてくれた優しい優しい死神様へ。

 心から、ありがとう。


「では、行くか。」


 ゆっくりと地獄の門が開かれる。


「地獄って言っても、

 向こうよりちょっとカリキュラムが

 ハードなだけだから、あんまり怖がらなくて

 大丈夫だよぉ。頑張ろうねぇ。」


「あ、はいっ、頑張りますっ!」


 村上美緒は地獄に一歩踏み込んだ。


 後ろの扉がゆっくりと、

 閉じる、閉じる、閉じる――。


 これは、人間が己の愚かさを知りながらも尚、

 進み続ける物語だ。


 次は二人で一緒に最期まで――。

 その約束を守るために。

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