第二十四話
「ねぇ、本当に箒で空が飛べるの?」
月明かりに照らされた人気のない裏庭で、箒に乗ったエリーは不安げにダリルを見た。
「魔法使いが箒で空を飛ぶのは、基本中の基本だよ」
そう言いながら、ダリルも箒にまたがる。
「この街で見つけた質の良い箒だから、飛び心地は最高だと思うよ」
「…あなたがタダで手に入れた箒ね」
「さぁ、出発しようか。意識を箒に集中して」
ダリルは箒に向かって呪文を唱えた。
「ひゃ!」
いきなり箒が宙に浮いて、エリーはバランスを崩しそうになる。
「もっと集中して、魔女になった気分になるんだ」
ダリルは声を立てて笑う。
「高度を上げる。ついておいで」
「!急に浮かぶからビックリしただけよ」
バランスを持ち直させたエリーの箒は、空高く舞い上がる。
「きゃあ!!急に上げないでって言ったでしょ!」
ダリルの笑い声と共に空高く上がった二つの箒は、二人を乗せて夜空を飛び立った。
街の家並みが小さく見える。点在する街明かり。月の光を浴びて空に近づいたエリーは、感動で胸がいっぱいだった。箒に乗るこつをつかみ恐い気持ちは消えていた。街の中心地に向い、壮大な城が見えてきた。
「あの丘の上に着地するよ」
城と正面に向き合う小高い丘を目指して、ダリルは進んだ。エリーも後に続く。そのままふわっとダリルは着陸した。エリーは意識を集中させ箒を握りしめて丘に突入したが、勢いあまって箒ごと丘に転がった。
「痛ーっ!」
思い切り足をぶつけ、ドレスは草まみれになる。
「まだまだ練習が必要のようだね」
ダリルはエリーに近寄ると、笑いながら手を差し伸べた。エリーは軽くため息をつき、ダリルの手を介して立ち上がり、ドレスの草を払った。
「飛んでる最中に失敗したら死んじゃうわよ」
「空の飛び方は魔法の本にも書いてある。勉強することだね」
「この丘は眺めが素敵ね。お城がこんなに近くに見えるのね」
エリーは、目の前に浮かぶ壮大な城に目を移す。月明かりに映える城は美しい。
「ここはこの国の一番のお気に入りさ。大抵ここで過ごしていた」
「そうなの?お城の方にも飛んでみた?」
「いや…城には魔法使いを寄せつけないようなバリアがある。これ以上は近づけない」
「ふ〜ん、そんな警備も出来るのかしら?」
「普通の人間には出来ないさ…」
「?…」
「魔法使いなら出来るかもしれない」
「魔法使いなんてこの国にはいないわよ」
「……」
ダリルは空を見上げた。夜空には宝石箱のような星がきらめいている。エリーも空を仰いだ。
「綺麗ね…流れ星がたくさん落ちてる…」
「お嬢さん、僕が君の願いを叶えてあげよう」
ダリルはエリーに目を向けると微笑んだ。
「願い事?…」
「そうだな…おとぎ話のようにきらびやかなドレスや豪華な馬車は出せないが、宮廷の音楽で踊ることは出来る」
「え?…」
エリーがキョトンとしている間に、ダリルは呪文を唱え始めた。ほどなく回りの木々がざわざわし始め、エリーの頭に美しいメロディが広がってきた。
「さあ踊ろう」
ダリルは手を差し伸べる。
「私、踊れない」
「音楽に合わせて体を動かせばいい。魔法より簡単だ」
エリーはおずおずとダリルに手をあずける。心地よいメロディが辺り一面に広がって、エリーの顔は自然とほころんだ。ダリルのリードで軽やかに体が動く。満天の星空と草木の心地よい香りは、宮廷の舞踏会よりもきらびやかに思えた。
丘の上でエリーとダリルが野外の舞踏会を楽しんでいる頃、正面の城から夜空を見上げている人影があった。
「美しい星空だ…嵐の前の静けさにならなければいいが…」
リシリーは顎をなで、憂いをおびた表情で輝く星々を眺めた…。
読んで下さってありがとうございます!ようやく第一部の終了です。第二部はいよいよ事件が展開していく予定です。^^;頑張って書いていくつもりなので、最後までお付き合い下さいませ。