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8.くちうるさい

 雫は朝が苦手だ。

 起きるのが面倒だし、着替えるのも億劫だし、朝ご飯を食べるよりも寝ていた方がいい。

 だが、同居人の多紀は違う。

 朝は早いし、朝食の支度の前に、家の周りの掃き掃除までしている。街で働いていたときはもっと早起きだったから癖になっているのだと本人は言うが、雫からしてみれば、信じられないことだ。

 そのせいなのか、最初の頃は、多紀も、自分を起こそうと必死になっていた。だが、幾らひっぱっても寝台から離れない雫のことは諦めたらしい。

 その時、『そういう人だった』と、なんともいえない顔をした多紀に言われ、複雑な気持ちにはなったが、敢えて何も言わなかった。

 面倒だからである。

 ふてくされたように返事をしない雫に苦笑した多紀は、その代わりにと条件を出した。

 必ず昼までには起きてください、と。それさえも、時々破ってしまっていたのだが、この頃は多紀の作る朝食兼昼食のおいしさに負けて、とりあえず部屋から出るようにはしている。

 それが作戦なのか、朝食兼昼食には、必ず雫の好物が含まれていた。時々は、新作のお菓子とやらもついてくる。逃せば、それは森で遊ぶ子供たちに渡されてしまうので、文句をいいつつも、起きるようになってしまった。

 これでは、まるで多紀の手の上でうまく踊らされているようではないか。

 おかしい。この家の持ち主は雫で、雇われている立場が多紀のはずだ。

 それとも、最初はただの店番兼住居の家事全般をやってもらうという条件だったはずの多紀のことを、いつのまにか同居人と認めてしまったせいなのか。

 一緒に暮らし始めて、もう随分立つのだ。

 互いの癖も、考え方も、だんだんわかってきた。性格も年齢もまったく異なる二人がそれなりにやってきているのは、慣れというだけではない。

 なんとなく、側にいても苦痛でないというのも、理由だ。

 うるさく言われて腹も立つし、二人で暮らしていると面倒なことも多いが、それでもお互いいなくなれば寂しいと思うだろう。何かあれば心配するし、病気になれば、できるだけのことはしようとする。気が付けば、そういう関係になっていたのだ。

 だらしなさすぎる雫と、生真面目すぎる多紀。二人の駄目な部分を、互いに補いあっている自覚は雫にもある。

 結局は、お互いがよければそれでいいのではと最近では思っているくらいだ。




 窓の外から、鼻歌が聞こえてくる。

 少し調子が外れているが、多紀だ。小さい頃から、歌は得意ではなかったなと、そんなことを思い、自然に笑みがこぼれる。

 今は、夜が明けてほんの少し立った頃。外がようやく明るくなってきたが、季節柄部屋の中はひんやりとしている。

 実のところ 雫はとっくに目は覚めているのだ。

 ただ、こうやってごろごろしているのが、至福の時間なのである。

 暖かで、ふんわりとした寝具はちょうどいい肌触りで、いつまでも潜っていたい。目を閉じれば寝てしまうほど居心地がいい中、どうして外に出たいなどと思うだろうか。

 などと、多紀が聞いたら怒ってしまいそうなことを考えていた雫は、寝具の中に潜り込んだまま、耳を澄ます。

 鼻歌と共に、外を歩き回る音も聞こえている。

 春ならば、柔らかい音だし、夏は少し渇いた足音だ。秋にはそれに枯葉を踏みしめる音が加わって、冬は雪でも降れば足音そのものが聞こえにくい。

『この国には、四季というものがあるのよ』

 そう教えてくれたのは、雫の前にここに住んでいた魔女だ。初めて雪が降った日、庭が真っ白になったのを見て驚いた。雫が生まれた国は暖かなところで、冬と呼ばれる季節でさえ、ほんの少し寒いくらいで、雪など降らなかったのだ。

 これほど寒いとは思わなかったし、暖かな寝台から出ることがこんなに辛いのも知らなかった。

 そういえば、あの人も、口うるさい人だった。

 自分の祖母といってもよい年齢の魔女は、生活面に関しては厳しい人だったのである。

 主がいた頃は、魔女としての力が必要でない時、何をしていようが文句は言われなかった。仕事さえ完璧にこなせばよくて、そこに感情は必要ない。失敗しても、それはそれで他の策が用意されていて、主はほんの少し顔を顰めるだけで、何も言わなかった。

 それでも、今よりはもっとちゃんと起きていた気がするし、食事も朝昼晩ときちんと口にしていたはずだ。

 だらしなくなったのは、ここへ住み着いてからで、馴染みすぎて、くつろぎすぎて、ぼうっとすることが多くなった。

 もしかすると、緊張しなくなったからかもしれない。魔女として主に仕えていた時は、常に気を張り詰めていた。

 主や使用人の視線を気にしていたのは、どこにいても常に監視されていたからだ。魔女である自分が怯えるということは少なかったとは思うが、見られる度に嫌な気持ちになり、決して隙は見せないようにしていた。

 今の自分とはまるで違うし、もう一度あの生活に戻れと言われても、嫌だろう。きっとこういうだらしないところが本来の雫の姿なのだ。

 年老いた魔女は、雫が朝起きないことに関しては、諦めたようだが、それ以外のことは事細かく注意してきた。元々、いろいろな面に厳しい人だったのだ。

 本気で怒ってくるから、こっちも本気で文句を言った気がする。

 それを思えば、まだ、多紀は可愛い方だ。

 口うるさいけれど、雫が強気に出て絶対に譲れないと言えば、困った顔をして結局は折れてくれる。

 それなりに妥協はしてくれるのだ。

 一応年長だし、雇い主ですから、と付け加えるのを忘れないが。

 それでも、あの口うるささがなくなってしまえば、寂しいと思うのだろう。

 そんなことを思う自分に苦笑しながら、外から聞こえる多紀の鼻歌を子守歌代わりに、雫はもう一度眠りの中へと落ちていった。

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