7.きいてみたいこと
その客は、いつも無口だった。
多紀が話しかけても、必要最低限の答えしか返ってこない。
購入していく品物は、いつも同じだ。
傷薬、痛み止め、それから眠るための薬。
必要な数だけ口にして、多紀が金額を言うと、無言のままお金を出す。無骨な指先が、取り出したお金を丁寧に数え、それを受け取った多紀が正しく揃っているかの確認をすると、ようやく品物を受け取るのだ。
そして、最後に失礼する、と口にして店を出て行く。
いつも、同じだ。
だから、他の客と違って、多紀の興味を引いた。
「真面目な人ですよね」
そう多紀が言うと、雫が変な顔をした。
たった今出て行った男のことを言っているのだとわかっているのだが、雫にはあれが多紀の言うような男には見えていない。
「ただの胡散臭いおっさんじゃないか」
年の頃は30代後半。雫が言うほど見た目は老けてはいないが、どこか威圧感のようなものもあって、若いとは言い切れない。かといって、もっと年寄りかと言われれば、あの指先の張りは絶対に違うと多紀は思う。
「いろいろ聞いてみたいですよね。……聞けないですけど」
もちろん、本人が隠したいことを根掘り葉掘り知りたいわけではない。純粋に多紀が気になるだけで、あまりしつこく尋ねるのは、魔女の店の店員としても、してはいけないことだと、わかっている。
「ちなみに、何を聞きたいんだい?」
「そうですねえ。年とか、職業とか、名前とか」
「聞けばいいじゃないか。やましいことでもしていなければ、特に隠すものじゃない」
それはわかっている。
例えやましいことがあって、偽名や嘘を言ったとしても、どうせ多紀にはわからないのだ。雫も、金さえきちんと払いさえすれば、客の素性など気にしない。
「聞こうとしたんですけれど、もう雰囲気が余計なことは何も聞くなーって感じじゃないですか」
「ああ、なるほど」
雫が納得するほど、男は無愛想だった。そういえば、笑った顔も見たことがない。
「後は、奥さんがいるのかとか、子供がいたらどんなふうに接しているのかとか、ええと、それから、職場でも同じように無口なのか」
「さすがに、そこまで聞くのはどうかと思うよ」
あくまで多紀の知りたいことだ。本人に聞くわけではないので、好き勝手に思いつくことを言っているだけなのだが、やはり普通は親しくない人間に尋ねる事柄ではない。
「他のお客さんは、聞いていないことでも話すんですけどね」
最初はよそよそしくても、何度か訪れていれば気安くもなる。多紀が聞かれて自分のことを話すこともあったし、その逆もあった。
「常連はそんなものだよ」
「あの人も常連のはずです」
少なくとも、定期的に訪れるということを常連の定義とするならば、彼は間違いなくそうだ。
「いまだに、彼の口からは、あいさつと用件以外の言葉を聞いたことないです」
「そうだなあ、確かに私もない」
顔は悪くない。平均的だが、好感のもてる顔立ちだ。
黒い髪に藍色の瞳もありきたりのもので、目を引くものではないが、やや浅黒い肌の色が、他国出身か、両親のどちらかがそうなのだろうと想像させる。ここへくる時の服装も、特に身分を感じさせるものではない。彼が持つ剣も、使い込まれてはいるが、どこにでも売っていそうな代物である。
「私は、職業軍人かなと思います」
男の手をいつも見ている多紀は、彼の手の堅さや動きを見て、そんなことを考える。
「そうか? 私は、冒険者か傭兵だと思うな。だいたい軍人なら、薬をここで買う必要はないだろう。支給されるだろうし、軍医もいる」
確かにそうだ。効き目はいいが、魔女の薬は少々高い。しかも、男が手にするのは、あくまで応急処置的なもの。長期に使うならば、きちんとした医者に頼むか、正式に国から許可を得た薬屋を頼るべきだろう。魔女の薬ひとつで、普通の薬がいくらでも買えるし安全安心なのだ。
「でも、眠れない時のお薬も買うんですよ。傭兵とか冒険者は、あまり利用しないと思うんです」
自分の家ならまだしも。宿を利用したり、場合によっては野宿をしなければならない職業のものが購入するだろうか。
「まったく別の職業かもしれないぞ。例えば、それなりの屋敷に雇われた用心棒とか。見た感じ、妙に小綺麗な雰囲気だろう? だが、それほど上等な布地を使った服を着ているわけじゃない」
言われて、男の服装を思い出す。品のいい仕上がりだったが、確かによくある服だ。流行にのったわけでもなく、一点物でもない。ほころんだところも丁寧に繕ってあるから、物持ちはよさそうだ。奥さんがしっかりしているだけかもしれないが。
「用心棒でも、適当な格好をしている人もいますからね。主人が気にしない人の場合、あてにならないかも」
「そうだね、単に男の性格によるものかもしれない」
様々な人がいるわけだから、やはり服装だけで判断するのは難しい。
それらしい格好をしていたらわかりやすいのだが、まさか魔女の店に来るのに正装してきたり、仕事着を身に付けてくるものはいないだろう。
「剣を握る仕事っていうのは間違いなさそうなんですけれど。……あ、傷薬とかだから、剣術道場の師範とかはどうでしょう? 似合いそうだし」
「おお、似合いそうだな。寡黙な剣術師範か」
雫も、多紀の考えにのってくる。
「弟子には厳しそうですね」
「そうか? 案外面倒見はいいかもしれないぞ」
「でも、私は、その方がいいかな。やっぱり職業軍人や傭兵は恐いです」
二人して好き放題言いながら、おそらくきっとどれも正解ではないのだろうと思っている。
それくらい、彼の素性の推測は難しい。
だからこそ、こうやって盛り上がってしまうのだろう。本人が聞いたら怒り出しそうではあったが。
それからしばらく、二人で考えられる限りの職業を考えたあと、多紀は息を吐いた。
「考えてみると、結構いろいろ思いつく職業がありますね」
もう少し想像してみるのも楽しいかもしれない。
もちろん、次に男が来たときに聞いてみたいことなどなに1つ口にはしないけれど、それでも、男が帰った後は、こうして二人で楽しむのだろう。
でもいつか、本当のところを聞いてみたいとは思っている。
とりあえずは、最初は名前から、だろうか。いや、それだと、告白でもするみたいだ。
そんなことを考えながら、多紀は客が出て行った店の扉をもう一度眺めた。




