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39.らいきゃく

 ちりりん、という鈴の音とともに扉が開いた。

 いつものごとく顔を上げ、笑顔を浮かべようとした多紀は、飛び込んできた相手を見て、固まる。

「あ、あの。お客様?」

 恐らくそうなのだろうとは思い声をかけてみるが、いまひとつ確信が持てない。

 飛び込んできたのは年若い女性だった。美しい装飾が施された胸当てと、腰にある不釣り合いなほどに大きな剣を見る感じでは、冒険者か剣士と言った雰囲気だ。

 だが、短い髪はあちこち跳ねているし、肩や肘、膝などは簡素な服が剥き出しのままで、戦うことが多い冒険者にしては違和感があった。

 なにより、顔が恐い。

 鬼気迫る表情だし、ここまで走ってきたのか、大きく息を吐いている。

 こちらを睨み付ける様は、どう見ても魔女の薬や道具を買いに来たという雰囲気ではない。

「人を探しているんです! ここに来ていないか知りたいんです!」

 そして、叫んだのはそんな言葉。

「と、とりあえず、落ち着いてください」

 あまりの迫力に多紀が言えたのは、それだけだった。



「ごめんなさい。焦っていて、ものすごく失礼な態度でした」

 こちらが恐縮するほど何度も頭を下げながら、目の前の女性―――理亜は身を縮めている。

 聞けば、彼女はまだ10代だという。改めて彼女を見れば、確かに少女と言った方がいい幼い顔立ちをしていた。

 鍛えているのか身体は華奢なわりには筋肉だから、少年といっても通りそうだ。

「人捜しと言っていたけれど、どういうこと?」

 彼女を落ち着かせるために椅子に座らせ、お茶を勧めたところで、多紀は改めてそう尋ねる。

「その、男の人を捜していて。その人がここの常連だって聞いたから。何か知っているんじゃないかって」

 どんどん小さくなる声とともに、理亜は恥ずかしそうに顔を伏せた。

「お客様のことについては、話せないの。申し訳ないけれど」

「ですよね」

 がっくりと肩を落として、理亜はため息をついた。

 可哀想になるが、客のことが話せないのは事実なので、多紀は何も言わない。

 代わりに、今日焼いたばかりのお菓子を彼女の目の前に差し出した。

「ひとついかが? 甘い果物入りよ」

 顔を上げた少女の目が、輝く。

「おいしそう……。そういえば、最近こういうもの食べてないなあ。大好きなんです、焼き菓子」

 年頃の少女らしい反応に、多紀は思わず笑みを浮かべてしまう。

「昔、母がよく作ってくれたんですよ。作り方も習ったんですけど、うまくできなくて。料理、苦手なんですよね」

 照れたように笑って、理亜は菓子を口にした。とたんに、顔がほころぶ。

「おいしいです、これ」

「ありがとう」

 素直な称賛に多紀が礼をいうと、目の前の少女はさらに笑顔になった。

「なんだか元気が出てきました」

 おいしそうに頬張りながら、なぜか目が潤んできている。

 人を捜しているというが、何か深い事情があるのかもしれない。だが、多紀の方からは何も尋ねなかった。それは初対面の人間が興味本位で聞いていいことではないはずだ。

 だが。

「あの。初対面だし、いきなり失礼なことをしておいて、こんなこと言うのはおかしいと思うんですけれど」

 もじもじと自身の服の裾を握ったり離したりしながら、少女は小さな声を出す。半分ほど口にしたお菓子も、そのまま見つめているだけだ。

「私、世間のことに疎くて。そ、その恋愛関係とか全然だめで」

 少女は見るからに純情そうだ。いや、純情というよりも、簡単に騙されそうな雰囲気がある。

「周りにいる人がみんな積極的だから、助言を求めても強気でいけとか、押し倒せとか。でも、その通り強引にやったら、逃げられて」

 それは確かに逃げられるだろう。強気でいって成功するのは、相手もこちらに興味があるときだ。大抵は引かれるか、都合良く遊ばれてしまう結果になることが多い。

 しかも目の前の少女は妖艶さや恋愛の駆け引きとは縁遠い雰囲気を漂わせている。精一杯迫ったとしても、成功しそうには見えなかった。

「……片思いだったんです。でも、後悔したくなくて、告白したんだけれど、その過程で周りの意見を参考にしていたら、盛大に振られて逃げられて……」

 ぽつり、ぽつりと理亜の口から言葉がこぼれた

 その様子に、ひょっとすると、彼女は誰かに話を聞いてもらいたいのかもしれないと思った。恐らく、彼女の事情など誰にも知らない相手に。

「どれだけ追いかけたって、こっちを向いてくれないのに。でも諦められないなんて、情けないですよね。追いかければ余計に嫌われるってわかっているのに」

 少女の言うように、恋愛は難しい。

 思うとおりにいかないのが当たり前で、すれ違ったり間違ったり誤解したりする。

 多紀自身にも覚えがあることだ。理亜よりも年上の女性達がそうなのだから、この目の前にいる、そういう方面に疎そうな少女が、いろいろな助言に振り回されるのもわかるような気がした。

 話半分に聞けばいいのに、きっと全てを鵜呑みにしてしまったのだろう。

「いろいろ馬鹿なことをして、本当は謝りたいし、感謝したいこともいっぱいあるのに」

 泣き笑いのような表情の奥にある思いは何なのか。

 しばらく考え込むように理亜は手の中の焼き菓子を見つめている。

「あの人がいなければ、私、今頃こうやってお菓子なんて食べることもできなくなっていたかもしれないんですよね」

 どんな事情があるのかはわからないが、しみじみと呟いた言葉は、真実味もあった。

「私、強気で押されたりお願いされるとと断れなくなっちゃうんです。だから、もし彼を追いかけて国を飛び出さなければ、いろんなことに雁字搦めになって利用されてたかもしれない。なんて、外に出てから思うようになったんですよね」

 一気にたたみ込むように言うと、理亜は手にした焼き菓子をぱくりと食べた。

 小さな子供がするように大きく口を開けて頬張る姿は、恐らく少女の年齢でははしたないとされる行為だろう。

「本当においしいです。お金をかけたお菓子だってもちろんおいしいけど、お母さんが作ったみたいなこれが、一番落ち着きます」

 まだ口の中に残るせいなのか、やや不明瞭な言葉だったが、嬉しそうな笑顔は本物だ。

「やっぱり捜してみます。謝りたいから。許してもらえるかどうかはわかりませんけれど」

 両手で自分の頬を気合いを入れるように叩くと、理亜はそう言った。

「うまく会えるといいね」

 事情はわからなくとも、どこか彼女には応援してあげたくなるような雰囲気がある。妹が小さかった頃を見ているような気さえしてきている。

 だから、多紀の口からは、自然と励ますような言葉が出たのかもしれない。

「頑張ります」

 力強い声に、多紀は黙って焼き菓子をもうひとつ差し出す。

 どうか、この目の前の少女がちゃんと謝れるようにと願いを込めて。

 常連さんが誰なのかは、各局わからなかったけれど。

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