25.のんびりいこう
「暇、ですね」
ようやく春らしくなってきたというのに、今日も客はこない。
片付けも掃除も外の草取りも済ませてしまったし、買い出しは昨日行ったばかりだ。薬の届け物も、しばらく予定がなかった。
借りてきた雑誌も本も読み尽くしてしまったため、今の多紀は本当に暇だったのだ。
「めずらしいですよね、こんなに暇なのは」
元々、客は少ない店ではある。
それでも、日に1回くらいは、誰かしら顔を覗かせていたのだ。それがぱったりとなくなって数日。
もちろん、客が来ないだけで、人が誰も訪ねてこないということはない。
今やってくるのは、春になって外で遊ぶことが楽しくて仕方ない村の子供たちだ。
もう少しすれば、大勢で押しかけてきて、大騒ぎになるだろう。暇すぎて焼いたお菓子もあるから、子供達は喜ぶだろうかと考えながら、椅子にだらしなく腰掛けて煙草を吹かしている雫の方を見る。
することがなくて暇なのは、多紀だけではない。
雫もだ。
彼女も、やることをやりつくして、現在暇をもてあましているところなのである。
本来ならば、春になって生えてくる様々な草を集め、保存できるように乾燥させたり、瓶詰めにしたりする。だが、最近客が来なかったせいで、それらも順調に集まり、これ以上は必要ないというくらい、保管部屋の中はいっぱいな状態なのだ。
ある程度材料が集まれば、新しい薬を試している雫だが、使う機会――つまり使ってくれる客がこなければ意味がない。
実は、試作した薬は、物好きな常連客が持って帰っているのだ。
多紀としては、気軽に使って大丈夫かなと思うのだが、彼らは皆、結果がどうだったか嬉しそうに話に来るので、今はもう余計な口出しはしない。何か変なことがあったらすぐに来るようにと忠告するだけだ。
そんなわけで、作っても誰も使ってくれない状態では張り合いがないのか、雫はずっと店内でだらけている。
「いいじゃないか、たまにはさ。のんびりするのも、悪くない」
そうかもしれない。
魔女の店が暇だということは、世の中が平和だということだ。最近は、物騒な話ばかり聞いていたから、魔女特製の傷薬や瘴気避けばかり売れるのは、ありがたいことだけれど、心情的には嬉しくはない。
「しばらくは、蓄えもあるから、お客さんが来なくても大丈夫ですけど」
「だったら、気にしないことさ」
それほど普段からお金を使って生活しているわけではない。森の中には食べられる草や木の実もある。裏庭の小さな畑では、野菜も作っていた。
最悪、食料やお金がなくなったとしても、村の店にはツケがきく。
村には両親だって、幼なじみだって住んでいるのだ。ただ二人きりで森の中で孤独に暮らしているわけではない。困れば助けてくれる程度には、村人との交流はある。
「こんなに暇なら、久しぶりに、村へ行って酒でも飲むかい?」
村の酒場は辺境にも関わらず、品揃えはいい。おかみさんの作る料理もおいしいから、村の酒好きのほとんどが常連客という店だ。もちろん、多紀たちもその中に入っている。
最近は、買い出しの時に、酒の配達を頼むくらいで、店で飲むことはなかった。
新しい酒が入荷しているかもしれないし、常連客から面白い話が聞けるかもしれない。
「いいですねえ。でも、子供たちが来るでしょうから、行くなら夕方からですよ」
さすがに、昼間からお酒はだめだと、雫に釘を刺す。
「はいはい、わかっているよ」
肩をすくめて、雫は、窓の外を見た。
賑やかな子供達の声が、聞こえてきたからだ。
この店にやってくるのも、すぐだろう。
雫が面倒そうな顔ながらも立ち上がり、多紀は子供たちがいつ覗いてもいいように壊れたら困るものを片付けはじめた。
「ずっと、こんな穏やかな日が続けばいいですね」
ふと手を止めて呟いた多紀に、雫も珍しく穏やかに笑って、そうだねと答える。
ささやかな願いが叶うことを祈りながら、多紀は子供達を迎え入れるために扉を開いた――。