第7話:魔界の支配者
そもそも、悪魔とはなんなのか。
こいつから聞いた話だと、俺たちの世界の隣にある異世界……魔界と呼ばれる場所にいる存在で、とにかく争いごとが大好きな、全員が何かしらの特殊な力を持っている化け物たちの総称、だそうだ。
で、本当かどうかは知らないが、こいつはそこの支配者らしい。
悪魔の住む魔界は、永遠にも思えるほどの長い長い争いによって既に荒廃し切っていて、こちらの世界のような豊かさはもう得られないらしく、違う世界から魔力やら生命力やらの資源を入れない限り、やがて消滅してしまう状態にあるそうだ。
そしてこいつは、その争いを終わらせた支配者として、魔界を守る為にこちらの世界から得た資源を送り込むということをずっとやっているらしい。
こちらの世界へ来られるのはこいつだけらしく、"私がやるしかないので……"と、しょぼくれた声でそう言っていた。
要するにこいつは、魔界を維持する為に出稼ぎへ来ているという訳だ。
ただ、こちらの世界に来られると言っても、誰かと契約をしない限り、ルシファーは実体を持つことが出来ない。
だから、契約者がいない時は魔界とこちらの世界を繋ぎ、少しずつ資源を取り込むことでなんとか維持していたそうだ。
「いやぁ……アストさんが契約してくれてよかったです! ほんとギリギリだったんで……」
「別にしたくてした訳じゃないけどな……」
ちなみに今回、俺がされた儀式により、既にかなりの資源が手に入ったとルシファーは嬉しそうに語っていた。
加えて、ここからは俺が力を使えば使うだけあっちの世界が潤うことになるから、こいつからすれば最高の展開だろう。俺にとっては最悪だったが。
まぁ、あの地獄のような苦しみが資源になるというのが、悪魔という存在がどういったものなのかをよく表している気がした。
「それにしても、悪魔っていっぱいいるんだな」
「あー……でも、そのリストに名前が載ってるのは、魔界でも名の通った本当に有名な悪魔だけです。ほんとはもっともっといますよ」
「マジかよ……」
俺は悪魔のリストを上から下にずっと見ていく。
俺の頭の中にだけ存在するそれには、悪魔の名前、使える能力、使用可能回数、そして能力使用と引き換えに払う代償がそれぞれ載っている。
能力を使用する際は、その悪魔の名前を正確に呼ばなければならない。
そして、悪魔の名前を呼んだ瞬間、必要な代償が俺から徴収され、悪魔は俺の望みを叶える為に力を貸す……これをルシファーは"契約の履行"と、そう呼んでいた。
代償には様々な種類があり、要は強い能力であればあるほど要求されるものも大きくなっていく。
あまり強くなかったり、用途が限定的な能力だと、体力や魔力だけでよかったりもするが、少し強くなると髪の毛や皮膚など、身体の一部を求められ、さらに強力な能力にもなると、歯や指、目玉といった、基本的には失いたくないものが要求されることとなる。
しかし、いかに強力とはいえ、歯はまだしも指や目玉なんて誰も捧げたくないだろうから、基本的に誰も使わないんじゃないかとルシファーに聞くと、彼女は"いい方法があるんですよぉ"と、実にイラッとする話し方でそれを教えてくれた。
代償が魔力だけで済む悪魔の中に、ブエルという奴がいる。
こいつの能力は治癒。しかも、それは失ったものを一瞬で再生出来るほど強力らしい。
つまり、仮に指を代償に強い能力を使った場合、その後でブエルの力を使って指を再生すればいい、という訳だ。
そんなんでいいのかとルシファーに聞くと、悪魔側としては指も魔力も貰えるから別に構わないし、なんならまた貰える可能性が高いからむしろ推奨しているとのことだった。
まぁ、痛みは当然あるらしいから、代償と言えばそれがそうなのかもしれない。
「……よし、ちょっと強い悪魔を使って、その後に回復を試してみるか」
「あ、いいかもしれないですね! この空間は絶対に壊れないので、好きにやって大丈夫ですよ!」
いや、それはむしろ壊れてほしい。
そうしたらここから出られるんだから。
何を嬉しそうに自慢してやがるんだこいつは……本当に魔界の支配者なのか?
ちょっと頭が弱すぎるだろ。
「さて、それじゃ……」
契約の履行には、二つの種類がある。
リストにいる悪魔から能力だけを借りるか、悪魔そのものをこちらの世界に召喚するか、その二つだ。
両方やってる奴もいれば、どちらかしかやっていない奴もいるのだが、基本的に悪魔を召喚する場合、代償はかなり大きいものばかりだった。
ちなみに、昔の奴のように代償など考えず全てを使った場合、呼び出した瞬間に俺は代償を払って死ぬが、契約自体は払った時点で成立している。
勿論、俺の身体が他の悪魔に取られたりして、代償が足りなかった悪魔は現れないが、代償がきちんと支払われてから召喚された悪魔たちは、契約者が死んでいてもその願いを叶えた後に消えるらしい。
つまり自爆技……やるつもりはないが、そういったことが出来るということだけは覚えておこう。
「んー……あ、そうだ。だったら、お前を呼んでみようかな」
「はぇ?」
声だけで顔が見えないという今の状況に、俺はずっと違和感を覚えていた。
いい機会だし、ちょうどいいから顔を見ておきたい。
「あ、ああ……まぁ、それでもいいですけど……痛いですよ?」
リストには、当然のようにルシファーの名前も記載されていて、なんなら彼女の名前は一番上に載っていた。
そんな彼女を召喚する為の代償は……"利き腕"。
つまり、俺なら右腕という訳だ。
「これは肩から先ってことか? どういう風に……あ、失血死とかしちゃうんじゃないのか?」
「えっと、そうですね……肩は残ります。血は出ますけど、それはすぐに止まりますよ。で、多分引きちぎられるような痛みが……」
「マジかよ……切られる感じの方がよかったな……」
それだったら経験済みだったのに。
それにしても、引きちぎられるような痛みか……聞いているだけで少し嫌になる。
……いや、結局あれに比べれば大したことはないか。
「よし、やってみよう」
「わ、分かりました……では、手順に従って私の名前を呼んでください。あ、正確にお願いしますね?」
「分かってるよ。じゃあ……いくぞ」
俺は聞いた通りの手順を頭に思い浮かべながら、深く息を吸った。
「……代償を捧げる」
俺は右腕の袖を捲り、それを真っ直ぐに横へと伸ばした。
そして───
「来い……"光をもたらす魔界の王"よ」
彼女の名を呼んだ……その瞬間だった。
「うおッ!? ううぅッ……!」
まるで本当に引きちぎられるかのように、何かに引っ張られる感覚を感じた直後、腕がぶちぶちと音を立てながら裂けていき、そこから大量の血飛沫が舞う。
そして、引きちぎられた腕は、まるで何かに飲み込まれていくように消えて───
「……………………あれ」
そうして肩から先が消え、俺の目には飛び出した骨や肉、そして溢れ出した血がしっかりと見えていた。
しかし、何故か痛みは一切なかった。
「えっ? な、なんで……」
「あ、あれっ? アストさん? 全然普通の顔してますけど……痛くないんですか?」
「あ、ああ……何も感じな───」
その時、いつもと違ってはっきりと声がする方向が分かり、俺はなんの気なしにその声がした方向へと視線を向ける。
そしてそこには、全裸の女の子が立っていた。
「お、お前……ルシファーか?」
「えっ? は、はい……そうですけど……」
そこにいたのは、どこからどうみても人間の女の子だった。
艶のある綺麗な銀色の髪は、彼女の腰ほどにまで伸びていて、透き通るような白い肌と相まって、どこか非現実的な雰囲気を醸し出している。
まるで人形みたいだと、あまりにも綺麗すぎる彼女を見て、俺はそんな感想を抱いた。
身長は多分……百六十センチくらいだろうか。
そして、何故か服を一切身につけていない彼女は、不思議そうに首を傾げながら、その長いまつ毛が生えたキラキラと輝く金色の瞳で、俺をじっと見つめていた。
「……どうかされました?」
「あ、いや……想像と全然違ったから……」
「えぇ? ど、どんなのを想像してたんですかぁ?」
……やはり、人間にしか見えない。
本当にこれが……魔界の王なのか?
「っていうかアストさん……それ、ほんとに痛くないんですか……?」
「え? あ……」
そうだった。
右腕のことをすっかり忘れていた。
「どうなってんだ……これ」
俺の腕はルシファーが言っていた通り、血こそ止まってはいたが、肩から先が本当に引きちぎられたようになくなっており、骨や筋肉、血管などが無造作に飛び出している状態だった。
俺がそれを動かそうとしてみたり、見つめたりしていると───
「うわぁ……グロ……」
ルシファーは傷口に顔を近づけ、まじまじと見た後にそう言った。
いや、お前がやったんだろうが。
「味は良かったけど……実際に見ると気持ち悪いですねっ!」
なんだこいつ。
つか、喰ったのかよ。
「ねぇねぇ、アストさん……試しに、つついてみてもいいですか?」
「……殺すぞこの野郎」
「いやちがっ……本当に痛くないのかなって……!」
「あー、痛くは……ないな……何も感じなかった」
正確に言うと、何かに引っ張られるような感覚は確かにあった。
だが、痛みは一切感じなかった。
「なぁルシファー……代償を払う時って、痛みがなくなるとかないんだよな?」
「ないですね……普通に痛いはずです。今までもそうだったんで」
「だったら……」
いったいどうなっちまったんだ……俺の身体は。
何度見ても傷口は酷く、当たり前だが見るからに痛そうだった。
試しに自分で触ってみたが、触れられている感覚はあっても、何故か痛みだけは一切ない。
「うーん……多分ですけど、儀式で壊れちゃったのかもしれませんねぇ……痛みを感じる機能が」
「えっ? 壊れた…………あー……」
そう言われて、なんだか妙に納得した。
確かにあの時、途中から何をされても痛みを感じなくなっていて、やられ過ぎて麻痺したんだなとか、そんなことを考えていたような気がする。
今の今まで意味が分からなかったが、ルシファーに"壊れた"と言われて、完全に腑に落ちた。
「あー……そうか…………壊れたんだ」
俺の心も、この身体も……あの、地獄によって。
「クックックッ…………そうか……そうだよな。壊れるよなぁ? そりゃそうだよなぁッ!? アッハッハッハッハッハッハッ!!」
「あわわ……」
「おいルシファー!」
「ひゃいッ!?」
「今……俺がどんな気分か……分かるか?」
「えっ!? あ? うー……えと……あっ! さ、さいこー……?」
「そうだよッ! 最高じゃねぇかよこれッ! だってお前ッ……代償払っても痛くも痒くもなくて、おまけに簡単に治せるんなら……やりたい放題じゃねぇかッ!」
「あっ! た、確かに……確かにそうですね!」
やってくれたぜおい! ハハハッ!
感謝するぜバルバロス様よぉ……あぁッ!?
後悔させてやる……てめぇがやった儀式で! この痛みを感じなくなった身体で! 悪魔の力で! 今度はてめぇに地獄を見せてやる……!
「よかったなルシファー……俺は払うぜ? いくらでも代償をッ!」
「いぇーい! アストさんさいこー!」
「クックックッ……じゃ、早速ブエルって奴を使って腕を戻すか」
「はーい! どうぞー!」
リストからブエルを……よし。
「代償を払う! 力を貸せ……"驚愕の回復者"ッ!」
その瞬間、俺の右腕がみるみるうちに元へと戻って───
「お……あっ……?」




