第105話:清算
既に終わった戦場で、両軍の将は向かい合う。
そして、一方は立って見下ろし、もう一方が床に這いつくばっているというその現状が、そのままこの戦の勝敗を表していた。
「ま、人に言えた義理じゃないか……俺も」
「な、なんなのだ……なんなのだ貴様はァッ!」
彼からすれば、この現状は突然降って湧いたような理不尽そのものであった。
そうして全てが終わり、再び目の前に現れたその元凶に、そのどうしようもない憤りをぶつけるのも当然である。
だが、アストには何も響かない。
彼はただ、返しているだけなのだから。
故に、飄々と、淡々と、普通に言葉を返した。
「ん? 旅団長との戦ってる時に聞いてただろ? 俺はあんたらが言うところの……"軍人殺し"だよ」
「わ、私が聞きたいのはそんなことではないッ! 何故こんな真似───ま、まさか貴様……ペルシア人なのかッ!?」
「いいや?」
「だ、だったら何故ッ……」
「ペルシア人以外にも、あんたらを恨んでる奴はいっぱいいるってだけの話さ。ここを狙ったのは、いろいろと都合がよかったからだ。本国からも離れてるし、ゲートと通信機を破壊すれば、ここは陸の孤島になるからな」
「だ、だが───」
"ここには十万の兵がいる"と、反論しようとしたジャバーであったが、今の現状には何の意味も持たないことに気づき、彼はその言葉を飲み込むしかなかった。
アストは、その様子に笑みを浮かべながら頷くと、右のこめかみに指を当て、仲間たちに指示を送る。
それが終わると、這いつくばったまま動けないジャバーへと、再び視線を向けた。
「さて、多少邪魔は入ったが、ここでやるべきことはほぼ終わった。下を見てみな」
「な、なにを……あぁッ!?」
促されるままに、ちらりと下を覗いたジャバーの目に、城の敷地内から外へと溢れ出す屍人の群が映る。
それらは凄まじい勢いで街へと広がっていき、その多くが東の方向へと進んでいた。
「あ……あ……!」
「もうここに留まらせる必要はなくなったからな。彼らが進む方向を見れば分かると思うが、残る数万の南方軍にも……消えてもらう───ヘンリエッタのようにな」
「ッ! や、やはり貴様ヘンリエッタをッ!? あの人外をそんな……そんな馬鹿なッ……!」
「フッ……どうせ、使い魔の目を通じて俺たちの戦いを覗いてたんだろ? 信じたくない気持ちは分かるが、ここに俺がいるんだ……あいつはもう、眠っちまってるよ。つまり、あんたを助けてくれる奴は……誰もいないってことだ」
「う……うぅ……!」
ジャバーは途端にガタガタと震え始めると、怯えた表情を浮かべながら、アストへと視線を向けた。
「わ、わたっ……私も……こ、殺す……のか……?」
「今まで罪のないペルシア人を使って、さんざん甘い汁を吸ってきたんだろ? そりゃ当然の報いなんじゃないか? 非合法な実験に使ったり、奴隷として売り飛ばしてたり……あ、そうそう、あんた自身も随分とお楽しみだったらしいじゃないか……シャナリーゼから聞いてるぜ?」
「なッ……」
「ああ、彼女を責めないでやってくれ。情報をペラペラ喋ってくれたのも、軍の設備を破壊したのも、俺の力で操られてただけなんだ。ま、あんたなんかに仕えちまったのが運の尽きだったな……かわいそうに」
"どの口が"と、そう言いかけたのを、ジャバーはやはり飲み込むしかなかった。
そして、必死に生き残る方法はないかと考え始める。
「捕らえた若いペルシア人の女を毎晩のようにいたぶって……勢い余って殺しちまったことも、一度や二度じゃないって聞いてるし、それを考えれば、あいつらに引き渡すってのが……まぁ、妥当なところなんじゃないか?」
「そっ……!」
ジャバーは瞬時に想像する。
ペルシア人たちに引き渡された、その後のことを。
ただ殺されるだけならまだいい。
だが、間違いなくそうはならないと、ジャバーは今まで自身が行ってきた残虐な行為を振り返り、身震いする程の戦慄を覚える。
さらに、それは己の行為に対する報いだけでは、決して収まらないであろうことも彼は理解していた。
要するに、アレクサンドリアに対する全ての恨み。
それらが全て、立場ある自分の身に覆い被さることになると。
捕らえられ、拘束され、ありとあらゆる苦痛と辱めを受け、それでも死ぬことを決して許されない。
今まで自身が行ってきたからこそ、彼は誰よりもその地獄を具体的に理解していた。
「ま、待ってくれ……な、何か私に……き、君の為に私がッ……何か出来ることはないかッ!?」
故に懇願する。
それだけはやめてくれと、私の負けですと、あなたになんでも従いますと、顔と態度と格好で、それを示しながら。
「わ、私には地位が……あッ……ありますッ! き、君……いや、あなたがッ! アレクサンドリアに恨みがあるというのなら、協力させていただきます! 私の知ってることはなんでも話しますし、逆に知らないことだって調べてみせますッ!」
「ほー……続けてくれ」
「わ、私はバルバロス大将の側近です! おそらくあなたもご存知かと思いますが、閣下は軍の総責任者で、私はその懐に入り込むことが出来る立場にあります! お、お願いします……なんでもします……で、ですからどうか……それだけはどうかッ……!」
平伏し、恥も外聞も全てかなぐり捨て、ジャバーは心の底からそう言って赦しを乞う。
そんな彼をじっと見つめていたアストは───
「フッ……フフッ……あはははははははははッ!!」
突然大声で笑い始めた彼に、ジャバーは頭を下げたまま困惑する。
ひとしきり笑った後、アストは涙を拭いながら口を開いた。
「あー……いやいやすまん……どいつもこいつも同じことを言うもんだなぁと思ってね。下っ端でも将校でも、それは変わらないらしい。さて───」
「ッ!」
ゆっくりと近づいてくる彼の足音に、ジャバーは身体を震わせる。
しかし、彼にはもうどうすることも出来ない。
あのヘンリエッタを倒したという男に、勝てるはずもないのだから。
そうして、アストの足が目の前で止まり、彼は恐る恐る顔を上げる。
そして、そこには───
「あっ……」
「同じことを言った奴がどうなったか……今から教えてやるよ」
"人に向ける目ではない"。
それが、ジャバーが抱いた感想であった。




