第104話:何も語らない
「……そうだな。悪かった」
だんだんと、ヘンリエッタの声が途切れ途切れに、小さくなっていくのをアストは感じていた。
「ふふ……わかれば……いい……のよ……あ、まだっ……ききた……わんこ……あとっ……さっき……の……」
「ああ、ケルベロスは頭の数だけ……つまり、三つの能力を持っていてな。今回使っていたのは、"魔力吸収"……要は、あんたの魔力を吸い取り、魔術をかき消した訳だ。空間の固定もそれで解除した」
「ああ……そうい……なる……ほ……ど……」
「それから、あんたを異空間で捕まえたのは、うちの空間魔術使いだよ。実は、あんたが逃げたら追えるように、最初から準備させてたんだ」
「あら……ぬけめ……ない……わねぇ……」
「まぁ、魔法の力は想定外だったけどな……ただ、結果的にはそれが決め手になった。おそらく、あんたの魔法はこの世界にいる時だけしか発動しない……というより、出来ないと言った方が正しいか?」
「ふふ……せいかいよ……こ、このせかいに……ちょうせい……で……まほうはつかえな……い……」
「だろうな……で、空間転移中は無防備になると考えた俺は、念話で情報共有をしながらタイミングを図った……こんな風にな」
トントンと、アストは右のこめかみを指で叩く。
ヘンリエッタはそれを見て、納得したように頷いた。
「ね、ねぇっ……あなたのはな……し……して……」
「俺の?」
「なにか……あったんで……しょ……?」
"あなたがこんなことをした理由を知りたい"。
そんな彼女の虚な瞳に、アストは少し考えた後───
「……まぁ、いいか。俺は、西の小国パンドラの出身で───」
そうして、彼はヘンリエッタに語り始めた。
平和に暮らしていたこと。
フィオナのこと。
村が襲われたこと。
両親の死と、バルバロスとのゲームのこと。
そして、一万年と悪魔のことを。
「───で、まずはここからって感じだな。つまらない話だったろ?」
話し終えたアストに、ヘンリエッタは首を横に振る。
「すこし……やける……わ……」
「ハッ……ま、上手くいけばな」
「いく……わよ……い、いちまんね……だもの……そう……あと、じゅう……ににん……ねぇ……」
残る魔法使いは十二人。
それらがこの世からいなくなれば、実質的にアストを討てる者はいなくなる。
それは即ち、アレクサンドリアという国の消滅を意味すると、彼女はそう言っていた。
「……だな。先が思いやられるよ」
「わたし……より……つよい……がんばっ……あっち……で……みて……る……」
真っ直ぐ空を見つめる彼女につられ、アストもまた空を見上げる。
数え切れない星の瞬きに、彼は思わずため息をついた。
「そうだな……まぁ、見ててくれよ。で、そっちに行ったら───」
その時、ふと何かを感じたアストは、ヘンリエッタの顔を見る。
彼女の顔は、微笑みを浮かべたままであった。
そして、その目はもう、何も語ってはいなかった。
「……そうか」
何に対する言葉なのかも分からぬまま、彼は無意識にそう呟いた後、ヘンリエッタの顔に手を伸ばす。
そうして、彼女の瞼を優しく閉じると、彼はゆっくりと立ち上がった。
「さて、じゃあ行くわ。またな……ヘンリエッタ」
ヘンリエッタ=エルドラージュ。
この世界最高の空間魔術士であり、"流転"の名を持つ魔法使い。
その亡骸を背に、彼は再び大地を蹴り、城へと向かって行った。
そして、彼女がその力を得る為に、数多の人間を犠牲にしてきたことも、そしてその背後に、憎むべきバルバロスの存在があったことも、アストは知らない。
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「はぁッ……はぁッ……!」
元皇都ペルシア城最上部。
アストがヘンリエッタを討った丁度その頃、ジャバーは一人、息を切らしながら、かつての王の寝室を横切り、そのままバルコニーへと出た。
「うっ……」
尚も背後から聞こえる無数の足音と呻き声に、彼はさらに上を目指し、手すりに足を乗せて屋根へと登り始めた。
「くそぉ……くそォッ……!」
当てどころのない怒りを口にしながら、彼は正門側の外壁を必死によじ登り、やがて真の意味で、城の最も高い場所へと辿り着く。
「な、何故……こんなことに……」
普段は誰も立ち入らない、平らに開けたその空間の端に座り込んだ彼は、前を見つめながらそう呟く。
月と星々に照らされた彼の国は、激しい戦闘によってみるも無残な姿へと変わり果て、また真下を見れば、城の敷地内はさらに数を増やした屍人の群れで多い潰されていた。
「なんなのだ……なんなのだこれはァッ!!」
ジャバーは身体をめちゃくちゃに動かしながら、怒りにまかせて喚き散らかす。
だが、結局それも一時の落ち着きを与えるだけで、すぐまた彼の心に絶望感が押し寄せてきた。
「パーシアンも……ヘンリエッタも……誰もっ……!」
二階部分で必死に屍人の侵攻を抑えながら、戦況を監視していた彼らであったが、アストたちの妨害により、いつまで経っても救援は来ず、遂に力尽きてしまう。
そうして、屍人の波に飲まれる兵士たちをあっさり見捨てると、ジャバーは数名の部下を引き連れ、上階へと駆け上がる。
だが、当然それになんの意味もなく、一人、また一人と、部下たちが犠牲になっていく中、彼はただ"死にたくない"というその一心で必死に逃げ続けた結果、彼は遂にこの城で生き残った唯一の人間となった。
「し、死にたくない……まだやり残したことばかり……どうすればッ……か、神よッ! 私が何をしたと───」
「おいおい……」
「ひへぁッ!?」
背後から聞こえたその声に、ジャバーは危うく屋根から落ちそうになる。
「はぁッ……はぁッ……!」
必死に身体を這いつくばらせ、声のする方を向いた彼の目に、一人の男の姿が映った。
「き、貴様……は……!」
「本気で言ってんのか? ……クズ野郎」




