第1話 終わりの始まり
青い空、白い雲、見渡す限りの大草原。
まるで北海道かヨーロッパのような光景だ。
「……どこ……ここ……?」
女は戸惑っていた。
◇
「皆朱の槍って知ってるかね?」
楸は静かに語りだした。
「戦国武将・前田慶次の逸話だよ。朱槍を誰が持つかで争い始めた連中に、前田慶次は『全員に与える』と決めた。朱槍は特別な人物が持つ特別な武器。持っているだけで名誉だが、逆にそれゆえ狙われやすい。あっさり与えられた連中は、己の命が危険になったことを悟って戦慄したという話だ。史実かどうか知らんがね。それを、真似してみようじゃないか」
「……つまり?」
「俺達でダンジョンをクリアしまくり、クリア報酬を世界中にばら撒く。
全員が核兵器を持てば、怖くて誰も使えなくなる。相互確証破壊だよ。
我々は、その脅威をもって各国に、国連安保理のような国際的な安全保障に取り組む超国家的な組織を作ることを強要する」
ゴクリ……。
椿は、つばを飲み込んだ。
核兵器だの相互確証破壊だのは分からないまま、マックスとルナもつばを飲んだ。
その発想が、その施策が、どれほどヤバイものかは理解できたのだ。
「……なんて事を考えやがる……」
「……でも……」
「効果的……とは思えますね」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。
核拡散に匹敵する危機的状況。決して招くべきではないと頭では分かっていても、それより効果的な安全保障策を提案できない。
存在しなければ良いのだ。
しかしソレを生み出すダンジョンは、椿の最大火力「核撃の第七罠」による破壊からでさえ、たった1日で完全復活を遂げた金剛不壊の構造物。
仮にダンジョンを復活できないように破壊できたとしても、世界中に全部でいくつあるのか分からない。しかも地域の産業と深く紐づいており、完全破壊には強い抵抗があるだろう事は確実だ。万一実行可能だとしても、世界を敵に回して己が大魔王になる覚悟が必要。
そんな難行を、誰ができるというのだろう。
「仕方ない……か」
「それしか無いなら……ええ」
「ばら撒くんですね……戦争の種を」
「なぁにー? サニー難しいこと分かんないー」
「冒険しましょう、サニー。
世界中のダンジョンをクリアして回るの」
「やったー! ママと冒険! 楽しみー!」
暴力の荒野に、無邪気が虚しく響き渡る。
◇
数年後。
椿と楸とマックスとサニーとルナによる、ダンジョンのクリア報酬をばら撒こう作戦は一段落した。主要な国々へのばら撒きを完了したのだ。
だが、それは「与えられなかった国々」に軍拡を促し、それを警戒した主要各国にも「実際に使える戦力」としての軍拡を促した。
冷戦時代をなぞるように広がる軍拡の波は、やがてキューバ危機をも再現した。
そして――
「上からの命令だ。起動しろ」
「しかし! そんな事をすれば人類は……!」
「うるさい! やれ! 貴様、命令に逆らうつもりか!」
この世界には、通信技術がなかった。遠方への連絡は、到着まで何ヶ月もかかる手紙による方法のみ。
ゆえにジョン・F・ケネディやニキータ・フルシチョフがもし居たとしても、ここでは核戦争回避の英雄たりえない。ラジオを使った緊急放送すら出来ないのだ。
そしてソ連潜水艦内での核魚雷発射を止めたヴァシーリー・アルヒーポフ中佐も、この世界には居なかった。
だが、それでもこの世界に「英雄」が居なかったわけではない。
「報復攻撃を起動せよ! ただし敵戦力との拮抗を保て!」
この「キューバ危機もどき」は、ある将校の英断により、彼我の勢力を正確に拮抗させ、膠着状態を作って「お互いに全滅する」という神業めいた指揮によって、世界大戦への拡大を回避した。
「よくやってくれた、ヒイラギ中佐。君は人類を守った。
国際安全保障理事会はこの危機的状況を生み出した原因が、クリア報酬をばら撒く5人組……正確には4人と1匹だが……に、あると判断し、彼らがこれ以上『ばら撒き』を繰り返すのを阻止せねばならないと決断した。
よってヒイラギ中佐に新たな任務を与える。件の5人組……以後『魔王軍』と仮称するが、その殲滅を命じる」
「はっ! 謹んで受領いたします!」
かくて平和の使者を目指した5人は、人類共通の敵となり己が作り出した安保理に狙われることとなった。
オネエ神官と守銭奴竜人――終章「柊の物語」が開幕する。




