12. 善処はする。だが、従うかどうかは別の話だ
「ルビィかアンジェリカ、どちらかと話がしたい。呼び出せるか?」
突然の御指名に、浮足立つ悪女達。
宙を漂っていたルビィが「勿論私だろう」と、マーニャの視界を遮るように眼前に迫る。
《前回同様、お前の自我が弱くなれば入れるはずだ。であれば話は簡単、酩酊すればいいだけだ》
「……え?」
《美味い酒を持ってこさせろ》
どうせ自力ではどうにも出来ないのだから、ここは思い切って酒の力を借りろと提案される。
《飲め。そして酔え。話はそれからだ》
《ルビィ様、ずるいわ!》
憑く気満々のルビィにアンジェリカが不満を漏らすが、譲る気は無いらしい。
「あの、ルビィ様のお言葉をお伝えしてもよろしいでしょうか……?」
「構わん。早くしろ」
「お話をする代わりに、その、美味しいお酒が飲みたいそうです」
「……なんだと!?」
「私の自我が弱くならないと難しいので、お酒の力を借りたい、と」
「どういう理屈だ……さてはルビィのほうだな」
悪女達と面識、と言っていいかは不明だが、会ったことがあるため、話の内容からすぐにどちらか分かったようだ。
《この私を呼び捨てとは。まったく昨今の王は敬語も使えんのか? ゴミムシ以下だな。さっさと酒を持ってこい、愚か者めが》
「……礼節を重んじますので、敬意をもって接して欲しいそうです。ゴミム……は、早くお酒を飲みたいな、と仰っています」
ふんわりとしたマーニャの意訳に、アンジェリカが吹き出した。
《おいマーニャ。キサマ、適当なことをぬかすな。食えない嘘つき聖女め、私の言葉をそのまま伝えろ!!》
「そんなことをしたら、不敬罪で罰せられてしまいます」
一年を待たずに処刑になってしまいますと譲らないマーニャに、怒れるルビィ。
ルビィの声は聞こえないが、マーニャの反応から察したルーカスは、「どうせロクでもないことを言っているのだろう」と頬を引きつらせている。
「酒なら俺の部屋に腐るほどある」
悪女の可動域は、マーニャを起点に五十メートル四方。
勿論ルーカスの部屋は範囲内……悪女達は瞬く間に壁をすり抜け、一直線に好みの酒を探しに行ってしまった。
「何が飲みたいかルビィに聞け。持って来てやる」
まさか只今貴方のお部屋を物色中です、とも言えず、マーニャが困り顔で言い淀んでいると、二人はすぐに嬉々として戻ってきた。
《クインサスの青ラベルを持ってこい》
《わたくしはルゴーネの赤ワインがいいわぁ。生前、よく飲んでいたの》
「ええと、ルビィ様がクインサスの青ラベル、アンジェリカ様がルゴーネの赤ワインだそうです」
二人ともお目当ての酒を見つけたらしく、早く早くと急かされる。
「……おい。なぜその酒があるのを知っている?」
語気の強さに、思わずマーニャの身がすくむ。
「手持ちの酒の中でも、高額で稀少価値の高い二本じゃないか」
「さ、先程、お二人でお部屋を物色されたようです」
「なんだと!?」
激高するかと思いきや、悪女達がいるであろう辺りを睨みつけ、ルーカスは堪えるように押し黙った。
入れ替わった初めての夜、悪女達との間に何があったのかは知らないが、言っても無駄なことを理解しているらしい。
程なくしてマーニャの前に、酒を注いだグラスが置かれる。
一息で酒を流し込と、胃が焼けるように熱くなった。
ルーカスの視線を受けて緊張しているせいだろうか。
酒の回りが早い気がする。
さらにもう一杯飲み干したその時、マーニャの身体がグラリと揺れた。
引きずりこまれるように意識が暗闇に沈んでいき、――そして、その瞳が黄金に変わる。
「……さて、話とは?」
あの夜と同様、少女のものとは思えぬほどの低い声。
張りつめた緊張感がその場を支配し、ルーカスの額にじとりと汗が浮かぶ。
「断頭台を破壊した力についてだ」
「……ほぅ」
「あれはマーニャ本人によるものと、アンジェリカに聞いた。お前達が中に入っている間、その力は使えるのか?」
「ならばどうする。戦場にでも送り込む気か?」
さぞ、役に立つだろうな。
同じ器のはずなのに、凄みを利かせた目付きは先程のマーニャとはまるで別人……間違いなくルビィが入っているのだと、実感させる。
「あの力はマーニャ本人のもの。我らには使えない。残念だったな」
「そうか。ならば構わない」
アスガルドにとって、戦争捕虜が有用なのは都合がいいはずなのに。
安堵の息を吐いたルーカスに、ルビィが不可解な面持ちを向ける。
「ではもう一つ。先日の反応を見るに、お前達が入っている間は本人の記憶がない、という理解で正しいか?」
「まぁ、そうだな。見聞きは出来ず、意識は眠ったままらしい」
だからどうしたと、聖女の器を得たルビィが勢いよく酒を呷る。
「分かった、これで質問は終わりだ。……夜に大事な客が来る。絶対にお前達は出てくるな」
何があっても、何を言われてもだ。
興味を引いたら恐ろしい目に遭うぞと、忠告される。
「マーニャ本人であれば、そこまで気を引くことはないだろう。いいか、くれぐれも忘れるなよ?」
「……善処しよう。話がそれだけなら、さっさと自分の部屋へ帰れ。私はゆっくりと酒が飲みたい」
善処はする。
だが、従うかどうかは別の話だ。
呟いたルビィの声は口元で消え、ルーカスの耳には届かない。
羽虫を追い払うように手を振り、「絶対に出てくるなよ」と念押ししたルーカスが退室するなり、ルビィは真上でゆったりと寝そべるアンジェリカへと目を向けた。
「アンジェリカ、大事な客が来るらしいぞ」
《まぁ大変。是非、我らでおもてなしをしなければ》
…………いい、暇つぶしになりそうだ。