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13. 不甲斐ないお前達に、学ぶ機会を与えましょう


 酔いが醒め、悪女達から解放されたマーニャは、愕然として姿見を覗きこんだ。


 まるで寡婦のような黒染めのリネン。

 顔と手以外の露出は殆どなく、首元を覆うデザインと流れるように広がるスカートが、控えめながらも清楚さを強調する。


「これは……?」


 ルビィと入れ替わるべく酒を呑み、気付いたら美しく装われている。

 意味が分からず狼狽えていると、お召し替えが終わりましたと侍女が声を掛け、ルーカスを招き入れた。


「お前に会うため、客が来る。生き延びたくば口をつぐみ、ただひたすらに従うことだな」

「……私に?」


 戦争捕虜となり、聖女としての価値を失った自分にわざわざ会いに?


 一体誰が……?

 聞きたいことだらけなのだが、とても聞ける雰囲気ではなさそうだ。


《マーニャ、テーブルの上にある小瓶を持って行きなさい》


 お付きの侍女に欲しい物を聞かれた際、酒を持ち歩くための小瓶を所望したのだという。


 要求を受け入れてもらえるかは疑問だったが、『ルーカスの前で飲むこと』を条件に、許可が下りたらしい。


《詳しく話す時間はないが、火急の事態であるようだ。覚悟をしておけ》


 斬り捨てられる覚悟を持って臨み、いざという時は代われとルビィに警告される。


 一体どれほど差し迫った状況なのだろう。

 マーニャは訳が分からないまま袖口に小瓶を隠し、ルーカスのもとへと向かった。


 人払いされた狭い部屋。

 ルーカスと二人きり、何を話すでもなく気まずい時間を過ごしていると、客が到着したのだろうか、馬のいななきが聞こえる。


 勝手知ったる屋敷なのだろう、出迎えは不要らしく、客はそのまま真っ直ぐにマーニャ達のいる部屋へと向かった。


「どうした? 頭の下げ方も知らんのか?」


 夜更けにも拘わらず屋敷を訪れたその男は、人払いをされた部屋に入るなり、出迎えたルーカスとマーニャを平伏させる。


 どのような立場の者なのか……。


 だがルーカスを平伏させるほどの身分を持つその男に、逆らう気などあるわけもなく、マーニャはただじっと床を見つめ、静かに時が過ぎるのを待っていた。


 足元にひれ伏す二人を見下ろし、男はルーカスを足蹴にする。


「神罰がくだるほどの高貴な聖女だそうだな」


 マーニャへ話しかけたのだろうか?

 だが口をつぐみ従えとルーカスに言われた以上、発言をするわけにはいかない。


「相変わらず、辛気臭い屋敷だ。まるで兄上・・のようだと思わないか?」


 今度は間違いなく、マーニャへと向けた問いかけ。

 まさか弟だったとは思わず、驚きのあまり伏せていた顔を上げた。


「何をしても顔色一つ変えないこの男が、お前を妻に娶るなり、妙に警戒心をあらわにするようになった。気になりわざわざ足を運んでみたのだが……何とも地味だな」


 気にする価値もなさそうだ、と嘲笑される。

 ……この男は、なんて嫌な目付きで人を値踏みするのだろう。


 祖国を滅ぼした敵国の貴族。


 だがルーカスとは全然違う……人を人とも思わない冷酷さを瞳に宿し、他人を支配しようとする様子が、この短時間でもありありと窺える。


「随分と幼く見えるが、一度くらい試してみるのも悪くない。お前の心がけ次第では、長生きできるかもしれんぞ」


 ……何を言っているのだろう。

 兄上と呼んだその口で、平伏させた兄を足蹴にし、そしてその妻を誘う。


 信じられない思いで見つめていると、地に伏せるルーカスの、握る拳に力が入った。


《なんとも癇に障る男だな》

《困ったわぁ……わたくしの》


 得心したようにアンジェリカが呟き、マーニャの耳元へと唇を寄せた。


《……わたくしの、とても嫌いなタイプ》


 ドクリ、とマーニャの心臓が跳ねる。

 足元に這い寄るような静かな恐怖に背筋が凍り、破裂しそうなほどに鼓動が激しくなる。


 指先が微かに震え、一瞬で喉がカラカラになった。


 マーニャの様子がおかしくなったことに気が付いたのだろう。

 ルーカスの視線を感じるが、そんなものを気にする余裕はなかった。


《ねぇ……わたくし、この不愉快な男と話がしたいわ》


 ふわりと舞うように『血濡れ王太子妃アンジェリカ・グルーニー』が、マーニャと男の間に割って入る。


《……分からない? お前は今、あの男に試されて(・・・・)いるのよ》


 穏やかな口調とは裏腹に、マーニャを覗き込む薄桃色の瞳は、感情を置き去りにした人形のように無機質な光をたたえている。


 どっと汗が噴き出し、息苦しさに気を失いそうになるのを必死で堪えた。


《ルーカス様も、足蹴にされたままだなんて……あまりに不甲斐ないお前達(・・・)に、学ぶ機会を与えてあげるわ》


 駄目だと分かっているはずなのに、身体を明け渡しなさいと促されるまま、操られているかのように身体が動く。


 ルーカス本人が目の前にいるのだから、『ルーカスの前で飲む』という使用条件は満たしているはずよ、と重ねて告げられる。


 ディランが目を逸らした一瞬の隙をつき、マーニャは身体を丸めるようにして袖口に隠していた小瓶の蓋を開けた。


「ごほっ! ごほごほッ!!」


 手のひらサイズの小瓶を両手で包み込み、激しく咳込むふりをしながら口元を覆うと、入っていた酒を素早く呷る。


「も、申し訳ございません」


 怪訝な顔をする男に平身低頭で謝罪しながら、マーニャはポケットに素早く小瓶をしまいこんだ。


 またしても、自由が利かなくなる四肢。

 今回もまた例に漏れず目の前が暗転し、意識が遠のいていく。


 マーニャの身体が揺れ、――次の瞬間、薄桃色の双眸がゆっくりと横向き、平伏するルーカスを捉えた。


 獲物に襲い掛かる一瞬を見定める、猛禽類のように。

 射殺(いころ)せそうなほどに鋭く、冷酷な眼差しは、捕食者のもの。


 視線が交差し、ルーカスがギクリと身体を強張らせた。









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