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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
夏は花火に海水浴
43/59

34. 契約


 ――外交官の家。

 小紋時町にあるそこは、この地域で有名な心霊スポットだ。


 半世紀以上前、ここに住む家族は強盗に殺された。

 仲の良い夫婦の間にはまだ幼い娘がいたのだが、事件はその子の十の誕生日を祝う最中に起こった。

 犯人は警備が手薄になった時を狙った様で、内情をよく知る人物が犯人、もしくは関係者だと考えられたが、迷宮入りしたまま未だ未解決である。

 その悲劇を当時のメディアは挙って報道した。

 世間を騒がせた事件だが、ある時を境にぱったりと終息する。

 その家族に関係した者が次々と不審な死を遂げたのだ。

 それは家族の親戚であったり、家を取材したカメラマン、建壊を請け負った解体業者、更には面白おかしく噂を広めた近所の奥さんにまで及んだ。


 次第に、その家族の呪いや祟りなのだと囁かれる様になる。

 それに伴い、夜に啜り泣く女の声が聞こえる、二階の窓に青白い顔が見える、獣の低い唸り声が聞こえる等という噂まで広まっていった。


 いつの間にか周囲の見解は”悲劇の一家”から、”呪いの一家”へと変貌した。


 オカルト誌に載った事で有名になったそこには、今も軽い気持ちで訪れる者達が絶えない――



 明来の話を聞き終えた飛鳥は、すぐに旭へ電話した。


(嫌な予感がする……)


 繋がるまでの数コール。その数秒が長く感じた。

 旭と連絡が取れ、ホッとした表情で通話を終えた飛鳥は、向かいに座る明来を見た。


 来た時よりは幾分か和らいだ表情と震え。

 明来はいきなり電話しだした飛鳥を驚いた顔で見ていた。


「送りますよ。明日の朝、現場に向かう前に迎えに行きます」

「えっ、美紀達は!? 今から行くんじゃないんですか!? 早く行かないとっ!!」

「……あそこからここまで、人の足で三十分はかかる。今から急いで行くのも明日行くのも、あまり変わらないんですよ」

「そんな……!」

「――それにね、」


 もし鬼気迫った状態だったのならば、既に遅い。

 言外にあまり希望は持たない方がいいと示され、明来の顔が悲しみに染まった。


「あの場所は不用意に近いていい場所じゃないんです。準備も無しに飛び込んで行けば、逆にこっちがやられる。それだけ危険な所なんです。分かりますよね?」


 子供に言い聞かせる様にゆっくりと、優しい声色で告げる。

 再び明来の瞳に涙が溜まるが、それを告げた飛鳥の表情に悔しさと悲しさが混じっているのに気付き、唇をぐっと噛み締めた。

 非情な事を言っているのは分かっている。が、どうしようもないのだ。


「それでも今日中がいいと言われるなら、他の業者を紹介しますよ? ただ、”あの家”の事だから、受けてくれるかは分かりませんが」

「……い、いえ。よろしくお願いします」


 他に頼んで断られたら、それこそ打つ手が無くなってしまう。

 出来れば行きたくなかった飛鳥は、頭を下げる明来に複雑な表情だったが、やがて諦めた様に深く息を吐くと、契約書を彼女の前に置いた。


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