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さくらのはな  作者: 日縒 千夜
夏は花火に海水浴
42/59

33. 異変


 ――あそこの……

 ――え……でもあの家は……

 ――駄目。もう今日は……



 家路を辿る真琴の耳が、辺りの霊のザワつく声を捉えた。

 ヒソヒソと囁き合うそれは、どこか切羽詰まった様な響きを乗せて遠ざかって行く。

 一度足を止めた真琴だったが、再び歩を進める。


 街頭の照らす道に、彼女の影は映らない。


 駅の近くまで来ると、流石の真琴でもその異変に気が付いた。


(誰も居ない……?)


 いつもなら生者亡者問わず賑わうこの場所。

 しかし今は生きた者の姿は見れど、霊の姿は一人も見付ける事が出来なかった。


「えー? でもさぁそれって――」


 異様な光景に足が竦む真琴の傍を、茶髪の女が電話越しで話しながら通り過ぎた。

 弾かれた様に歩き出し、早足で家まで向かう。

 繁華街を抜け、行き交う人すらも少なくなった時、彼女は背後からねっとりとした視線を感じた。

 背中を駆け抜ける悪寒に、このまま走り抜けようと足に力を込めたのだが、それを止めたのは見知った声だった。


「やっぱり桜庭さんだ。よかったぁ、もし違う人だったらどうしようかと思った」


 振り向いた真琴の顔を見て、安心した表情を浮かべるのは八雲旭だ。

 彼は「あっ」と小さく声を上げると、鞄から携帯を取り出し、それを耳に当てた。


「ごめんね、周りには一人で話してるように見えるから」

「ううん。気にしないから」

「久しぶりだね。何度か(うち)に来てくれてたみたいだけど、兄さんが来るなって煩くて」


 それなら今も話さない方がいいのではと問われると、旭は「内緒ね」と小さく肩を竦めた。


「八雲さんも今帰り?」

「そうそう。高校ん時の友達と飲んでてさ。もって事は桜庭さんも帰るの?」

「うん。夜はいつも家に帰る事にしてるから」

「あ、俺も一緒! 夜は絶対帰る様に言われててさ。兄さんは結構夜遊びとかしてるみたいだけど」


 口を尖らせ不満を漏らす旭。

 それを聞いていたかの様なタイミングで耳元の携帯が鳴り出し、驚いた彼は危うくそれを落とす所だった。


「――びっくりしたぁ。噂をすれば……もしもし兄さん? え? 今帰ってる所だよ。えーっとここは小紋時町の――え? ……うん。分かった」


 電話を切り、苦笑を浮かべる旭に、真琴は子首を傾げる。


「駅まで戻れってさ。よく分かんないけど、この先は危ないんだって。兄さんが迎えに来るって言ってるから、桜庭さんもおいで」

「え、でも会った事知られない方がいいんじゃないの?」

「そうだけど……やっぱり危険だって所を女の子一人で行かせられないし」

「え」

「それにね、実を言うと俺も桜庭さんが一緒に居てくれた方が心強いというか……」


 弱々しく笑う旭に、言葉が詰まる。

 洋平からは寄り道せずに帰れと言われた。しかしこのまま旭を一人で行かせていいものか……


(何が危ないのかは分かんないけど、南雲さんが止めるくらいなら、私も行かない方が……いい、のかな……?)


 「分かった」と頷くと、旭の笑顔が弾けた。

 一抹の不安は残るが、これでいいのだと自身を納得させると、真琴も笑みを返した。


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