第九幕
「おはようございます」
「おはよう」
今日はみんな朝から出ていて、わたしと武市さんの二人っきりだ。
朝餉を食べながら聞いてみる。
「武市さん、このあとお時間ありますか?」
「ああ、何だい?」
「以前お借りした本で意味の分からない部分があって、教えて欲しいんです」
「構わないよ。あとで私の部屋においで」
「はい」
朝餉を終えて、武市さんの部屋に向かう。
「お邪魔します」
「どうぞ」
中に入ると武市さんが本を読んでいた。
「どこが分からないんだい?」
「えーと、この部分です」
「ふむ。これは…こういう意味だよ」
「なるほど!そう言う意味だったんですね!」
聞いたことを紙にメモを取る。
「一生懸命だね」
「はい、少しでも早く薬を作りたいんです」
「そうか」
「はい」
「また分からないことがあったら聞きにおいで」
「ありがとうございます」
武市さんの部屋を出て廊下を歩いていると女将さんに声をかけられる。
「ナナはん、ちょっとお使いよろしおすか?」
「はい」
近くの茶菓子屋さんでお客さんに出す茶菓子を買いに行く。
目的地に着いて頼まれたものを探す。
「あった!」
すみません、と店員さんを呼ぶ。
「いらっしゃい」
「これ5つください」
「おじさん、いつものちょーだい!」
明るい声が後ろからかかる。
「あー、すまないね。今売り切れたところだよ」
えー、とその人は残念そうに肩を落とす。
わたしが買ったものが食べたかったみたいだ。
「他のものにしろ」
「僕はあれが食べたくて今日まで頑張って来たんですよ!」
何だか申し訳ない。
「あのー」
振り返って声をかける。
「良かったらお一つどうぞ」
とお饅頭を差し出す。
「え、でも」
「一つ多めに買ってたので大丈夫です」
「本当ですか?じゃあお言葉に甘えて」
と饅頭を受け取りお金を渡される。
「良かったらご一緒にいかがです?」
お礼にごちそうします。とニコニコしながら言われる。
「いいんですか?」
「もちろん、あなたは救世主ですから」
一緒のテーブルに座ってお団子を頬張る。
「うん、美味しい!」
「でしょう?ここのお饅頭と団子は絶品なんです!」
嬉しそうに話す。
「あ、自己紹介がまだでしたね」
「わたしは、沖田総司と言います」
「で、こっちの人相の悪いのが土方歳三さんです」
「人相が悪いは余計だ」
とツッコミを入れる。
「わたしは、ナナです」
「ナナさんか、可愛らしいお方ですね」
「え?あ、ありがとうございます」
沖田さんはサラッとすごいことを言ってくる。
「気安く女を口説くな」
「別に口説いてる訳じゃ、思ったことを言っただけです」
沖田さんが口を尖らせる。
「仲が良いんですね」
「ま、腐れ縁だな」
「あー、ひどい。」
何だか兄弟のようだ。
「あんた、俺たちのこと知らないのか?」
「え?もしかして有名な方なんですか?」
「有名って言えばそうなるかな?」
「珍しいな、この京で俺たちのことを知らないなんて」
「すみません、最近こちらに来たばかりで」
「僕たちもまだまだってことですよ」
「だな」
お茶を飲み干してお礼を言う。
「ごちそうさまでした」
「こちらこそお饅頭ありがとうございました」
「送りは必要か?」
「いえ、すぐ近くなので大丈夫です」
それでは、と歩き出す。
「へー」
「何だ」
「いや、優しいなあと思っただけです」
「別に深い意味は無い」
「でも、可愛い子でしたね」
「まあな」
「また会いたいな」
「女には惚れるんじゃねーぞ。刀が鈍る」
「分かってますよ」
寺田屋に着いて女将さんに頼まれたお饅頭を渡す。
「おおきに」
「女将さん、沖田さんと土方さんって人知ってますか?」
「え?新選組のどすか?」
そう言われてハッとする。
新選組の副長と一番隊隊長だ!
龍馬さんたちを捕まえようとしてる人たちだよね。仲良くお茶しちゃったよ。
「今度会っても挨拶程度にしておこう」
部屋に入るとみんなが揃っていた。
「ナナさんお帰り」
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
夕餉を食べながら明日の予定を話す。
「武市、明日は土佐藩邸に行くぞ」
「ああ」
「大丈夫がか?」
「ああ」
何だか武市さん嫌そう。
「土佐藩邸のお偉いさんに会うんです」
コソッと慎太さんが教えてくれる。
「嫌な人なの?」
「嫌と言うか、その人にたくさん仲間を殺されたんです」
「…!」
「でも、幕府を倒すにはその人の協力が必要不可欠なんです」
「でもそれって辛いね」
「はい」
武市さんを見る。
苦しそうな顔をしている。
「あの、武市さん」
「?」
「無理に許す必要はないと思います」
「……」
「もし、わたしの大切な人が殺されたらわたしきっと許せません」
「だから、今はぐっと我慢して死んでいった仲間たちの為にも堪えてください」
「…そうだね」
武市さんが静かに答える。
「龍馬、明日は任せろ」
「おう!」
夕餉を終えて、それぞれの部屋に戻る。
「ナナさん、さっきは助かったぜよ」
龍馬さんにお礼を言われる。
「いえ、わたしなんかが偉そうにすみません」
「そんなことないぜよ!おまんのおかげで武市も吹っ切れたようじゃ」
「それなら良かったです」
龍馬さんが頭をポンッと撫でる。
「おまんは最近気張り過ぎじゃ。少しはゆっくり休みゃあよ」
ニコッと笑って歩いて行く。
自室に戻って本を開く。
薬はまだ出来ない。
ここにある原料ではなかなか上手くいかない。
急がないと。
少し不安な気持ちのまま眠りにつく。