第二十五幕
ナナーside
朝になって以蔵が迎えに来てくれた。
高杉さんは少し前に小五郎さんに引きずられて帰っていった。
「お迎えありがとう、以蔵」
「龍馬が来る予定だったんだが、急用が入ってな」
「そっか」
「龍馬には伝えたのか?」
「…まだ」
「わたし、突然居なくなるかも知れないんだよ」
「それなのに伝えていいのかな…」
「突然居なくなるのは俺たちも同じだ」
「くよくよ悩んでるより当たって砕けたほうがいい」
「もし砕けたら慰めてくれる?」
「気が向いたらな」
「何それー!」
何気ない話をしながら町中を歩く。
寺田屋に着くと、以蔵は武市さんを迎えに行ってしまった。
「ナナちゃんおかえりなさい」
広間で慎太さんが書き物をしていた。
「散らかしていてすみません、部屋だと狭くてこちらを使わせてもらってるんです」
「大丈夫だよ」
お仕事の邪魔にならないように女将さんのお手伝いでもしようかな。
女将さんを探しに台所に向かう。
「あれ?お買い物かな」
台所には誰もいなかった。
「戻ったぜよー」
玄関から龍馬さんの声が聞こえる。
「おかえりなさい、龍馬さん」
「ただいま、今朝は迎えに行けなくてすまんちや」
「いえ、以蔵が来てくれたので大丈夫ですよ」
「ほうか」
「龍馬さん、今日は出かけられますか?」
「いんや、今日中に書かにゃいかん書状がたんまりあるき、それを片付けんといかんぜよ」
「そうなんですね。後でお茶持っていきますね!」
「おお、それは助かるぜよ」
龍馬ーside
自室に戻って溜まっている書状を広げる。
「やる気が起きんちや…」
机に突っ伏して愛しい人の泣き顔を思い出す。
何で泣いていたんじゃ。
元の時代に帰りたくなったんか?
コンコン。
「龍馬さん、お茶をお持ちしました」
部屋の外からナナさんの声がする。
「入って構わんぜよ」
「失礼します」
わしのそばに来てお茶と茶菓子を置いてくれる。
「ありがとう」
「はい」
ナナさんの頭にはわしがあげた簪が挿されちょる。
「ちょっとえいかの」
「はい?」
「簪が歪んでるち、直しちゃる」
「あ、ありがとうございます」
「よし、できた」
ナナさんが顔をあげると思いの外、顔と顔が近い。
「す、すまんちゃ」
「…いえ!」
急いで離れようとしたそのとき
「うわぁ」
「きゃっ」
体勢を崩してナナさんに覆い被さってしまった。
ナナさんは顔を真っ赤にしておる。
可愛ええのぉ。
そのまま顔を近づけようとすると、
「龍馬さん、ちょっといいですか?」
ガラガラ。
「!?」
「きゃっ!?」
「なっ!?龍馬さん何してるんですか?!」
「いや、これは…!」
「まさか、ナナちゃんを手籠にしようと…」
「し、慎太さん、違うの!」
「全く、見損ないましたよ!龍馬さん!」
中岡はナナさんの手を引っ張って部屋を出て行く。
「…信用ないのう」
頭をポリポリかいて広げたままになっている書状に向かう。
先ほどの出来事を思い出す。
顔を真っ赤に染めたナナさんを見ちょったら体が勝手に動いちょった。
「中岡が来なかったら危なかったの」
はぁ〜とため息をついて書状に向かう。
慎太郎ーside
いつかやると思ってたけど…
「あの、慎太さん」
「あ、すみません!」
繋いでいた手を急いで離す。
「大丈夫ですか、ナナちゃん。龍馬さんには俺からキツく言っておきます!」
「慎太さん、違うの!さっきのは、その…」
ナナちゃんが何か言おうとしていると
「ただいま戻りました」
玄関から武市さんと声が聞こえた。
ちょうどいい、武市さんからもキツく言ってもらおう。
「ナナちゃんは何も悪くないです。悪いのは龍馬さんです!」
「いや、だからそれは…」
「廊下で何してる?」
「以蔵君、聞いてよ!龍馬さんがナナちゃんを無理やり手籠にしようとしたんだ!」
「何だって?!」
以蔵君ではなく武市さんが反応する。
「龍馬のやつ…!!」
そう言って龍馬さんの部屋に行ってしまった。
「今の話、本当なのか?」
「本当だよ!俺が見つけて助けたんだ」
「お前じゃなくて、こいつに聞いている」
「あの、違うの!」
「ナナちゃん、何言って…」
「龍馬さんがわたしの簪を挿し直してくれて、そのときに少し体勢を崩しちゃっただけなの」
「だからさっきのは…」
「事故だったんだな?」
以蔵君の言葉にナナちゃんが小さく頷く。
「何だぁ〜びっくりした〜」
「そんなことより、先生を止めないと」
「それもそうですね」
以蔵ーside
先生が心配だ。
「龍馬から言っても信じないはずだ。お前から先生に説明してくれるか?」
「うん、わかった」
龍馬の部屋に向かうと、
「龍馬!お前ってやつは…!!」
「だから、誤解じゃち言うとろーが!」
ガッターン!!
「マズいな」
部屋の中で龍馬と先生が取っ組み合いをしていた。
「今日という今日は許さん!」
「なーんも悪いことはしちょらん!」
「先生!おやめください!」
「龍馬さんも落ち着いてください!」
慎太と二人で止めに入るがなかなか収まらない。
「以蔵、慎太さん!」
「何だ、後にしろ!」
「どうしよう体が…」
「ナナちゃん!?」
「慎太まで何を…!」
ナナを見ると手から腕、そして胸にかけて透明になっていた。
「ナナさん!!」
龍馬がナナの体を掴もうとするが通り抜けて掴めない。
「どうなっているんだ」
「わかりません、急に体が透けて…」
龍馬ーside
どういうことじゃ!?
目の前でナナさんの身体が消えかかっちょる。
「ナナさん!!」
「…龍馬さん!!」
その瞬間、辺りが眩い光に包まれた。
「!!!?」
光が消えて目を開けるとナナさんが床に倒れちょった。
「…ナナさん!しっかりするぜよ!」
ナナさんを抱き上げ自分の部屋に連れて行く。
急いで布団を敷いてその上にそっと寝かせていると、中岡達が部屋に入ってくる。
「龍馬さん、ナナちゃんの様子はどうですか?」
「眠っているようじゃ」
「そうか…しかしさっきのは何だったんだ?」
「ナナの身体が透けていた…」
「一体どういうことぜよ」
すやすやと眠っているナナさんの顔を見る。
「もしかしてナナちゃん、元の時代に…」
「………」
誰も口を開くことはなかった。
ナナーside
「…ん」
目を覚ますと龍馬さんが机で書き物をしていた。
「龍馬さん?」
声をかけると、こちらに顔を向けて
「気分はどうじゃ?」
優しく問いかけてくれる。
「はい、大丈夫です」
「…ほうか」
「……」
お互いに黙り込む。
身体が消えかかったとき、未来の風景が見えた。
あれはきっと未来に戻るチャンスだったと思う。
ーー 今、伝えなきゃ。
心を決めて龍馬さんに向き合う。
「あの、龍馬さん」
「ん?」
「わたし、龍馬さんのことが好きです」
龍馬ーside
「……!!!!?」
い、いま何て言うたがじゃ?
ナナさんがわしのことを?
こがな嬉しいことはないぜよ。
じゃけんど…
「ありがとう」
「じゃが、おまんにはおまんの帰る場所があるち」
「その気持ちには答えられんちや」
「…そう、ですよね…」
「ただでさえ龍馬さんのお荷物なのに…」
「!違う、そう言うことじゃないぜよ!」
「いいんです!今言ったことは忘れてください」
「ナナさん!!」
ナナーside
居ても立っても居られなくて部屋を飛び出す。
途中で以蔵とぶつかる。
「きゃっ」
「うわっ!お前、もう身体は平気な…」
以蔵がそう言いかけてわたしの顔を覗く
「…!!どうした?」
「…ダメだった」
「え?」
「粉々に砕けちゃったみたい」
そう言って寺田屋を飛び出す。
ーーおまんにはおまんの帰る場所があるち
ーーその気持ちには答えられんちや
「…っっ!」
泣きながら無我夢中にひたすら走る。
以蔵ーside
そのままナナが寺田屋を飛び出して行った。
「粉々に…?…っ!まさか!」
思い当たる人物のいる部屋に押し入り、その胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。
「っぐ!なにするが以蔵!!?」
「…おまんこそ、何やっちゅうが!!!」
「…!!」
「何であいつが泣いちゅうがぜよ」
「それは、、」
「まさか、振っちゅうがなか?」
「……」
「!!何でじゃ!おまんも好いちゅうが!」
「どんなに好いちゅうても、あん子は未来に帰らないかんぜよ」
「あいつがそう言ったんか」
「言わなくてもそれがえいに決まっちょる!!」
「ほたえなぁぁ!!!」
「…あいつがどれだけおまんのこと想ってるかわかっちゅうがか」
「……」
「おまんの帰りが遅いと、何かあったのかも知れんち言うて寺田屋の前でずっと待っちゅうがよ」
「!!」
「雨の日も雪の日も、、中で待ってればえいのに、少しでも早くおまんの姿が見たいち外で待っちゅうが」
「…っ」
「おまんの姿が見えよったら中に戻っておまんのために風呂沸かすんじゃ」
「冷えた身体を温めてほしいから言うて、自分じゃち冷えちょるのに嬉しそうに言うがじゃ」
「…そがなこと何も」
「おまんが心配するち口止めされてたんじゃ」
「それなのにおまんは未来に帰れ言うたんか」
「ここは危険じゃ、安全な未来に帰ったほうがナナさんの為なんじゃ」
「危険ならおまんが命かけて守ればえいがなか!」
「おまんはあいつを失うんが怖うて逃げちょる」
「未来に帰れる保証もないのにおまんが突き放したらあいつはどうなるがぜよ」
「……!!!!」
「しっかりせぇ!!坂本龍馬あぁ!!」
龍馬ーside
気がついたら走り出しちょった。
わしは何も知らんかった…
どれだけあん子に想われちょったか
あの優しい笑顔にどれだけ救われたか
今すぐ抱きしめて伝えたい
ーー 愛してる
こんなに胸を熱くさせるのはこの世でたった一人
おまんだけなんじゃー
「っはあ、はあ、、」
何処に行ったがか
市場や大通りは全て探したが何処にもおらん。
ポツ、ポツ…
「いかん!一雨来るぜよ」
ナナーside
「雨…」
空を見上げるとどんよりとした暗い雲が空を覆っていた。
「これからどうしよう…」
ここからだと薩摩藩邸が近いけど、大久保さんに迷惑をかけたくないし、、
どうしようかと思案していると
「何処ぞの濡れ鼠かと思えばお前か」
「…大久保さん?」
「全く、若い娘が身体を冷やすな」
そう言って自分の羽織をわたしに掛けてくれる。
「ありがと、うござい…ま」
そのまま意識が遠のいた。




