第十九幕
ナナ―side
長州藩邸から戻って来て数日経った頃、桂さんからお手紙が届いた。
「うーん。何て読むんだろう」
手紙を目の前に悪戦苦闘する。
「ナナはん?何してはるん?」
「あ、女将さん!桂さんからお手紙が届いたんですけど、読めなくて」
「ほな、わたしが読んであげまひょ」
「ありがとうございます」
女将さんに手紙を渡す。
「ま!これは逢い引きのお誘いやないの!」
「逢い引き?」
「せや、こうしちゃ居られまへん!支度せな」
と言って女将さんの部屋に連れて行かれる。
「え?え?」
あっという間に綺麗な着物を着せてもらい、お化粧をしてもらった。
「どや?」
鏡を見せられて驚く。
「わたしじゃないみたい…」
「逢い引きなんやから、これくらいはせんとな」
と言って、満足そうに頷いている。
「ほら、場所はさっき教えたやろ?行ってき」
「はい!ありがとうございます。行ってきます」
寺田屋を出て待ち合わせ場所に向かう。
行く途中で向かい側から歩いてくる人たちにジロジロ見られる。
「なんか、変なのかな」
でも、女将さんにやってもらったし。
大丈夫、大丈夫と歩く。
「そこのお嬢さん」
と声をかけられる。
振り向くと男の人二人がニヤニヤと見ている。
「何か用ですか?」
「そんな言い方ないやろ」
「ちょっと俺達に付き合うてや」
と絡まれる。
「やめて下さい!人と待ち合わせしてるんです」
無視しようとするが行く道をとうせんぼされる。
「ええとこ連れてったる」
一人の男が腕を掴む。
「痛っ!やめてってば」
振り解こうとするが力が強くて出来ない。
その時…
「その汚い手を離してもらえるかな?」
後ろから聞きなれた声が聞こえる。
男の腕を掴みねじ上げる。
「痛ててて、」
わたしの腕を離し痛がる男。
「さあ、この腕どうしてほしい?」
「や、やめてくれ!!」
腕を離された男は一目散に逃げて行く。
「ま、待ってくれ~」
もう一人の男も走り去って行く。
「全くこの京も物騒になったな」
後ろを振り向くと桂さんがやれやれという顔をしていた。
「ありがとうございます」
「無事で良かった、大丈夫かい?」
「はい、助かりました」
「それじゃあ行こうか」
そう言ってわたしの手を引いて歩く。
「どこに行くんですか?」
「それは着いてからのお楽しみ」
と人差し指を口の前に立てて言う。
色っぽい…女のわたしから見てもドキッとする。
着いたところは、出店がたくさんある市場だった。
「わぁ~!!こんなにたくさんのお店見たことないです!」
「ここは、京で一番お店が集まるところなんだ」
何でもあるよ、と出店を覗く。
「可愛い~」
たくさんの簪や櫛が並べられている。
「何か気に入ったものがあったら遠慮なく言って」
「え、でも」
「この前のお礼だから」
そう言って次のお店に入る。
「はは!面白い!!」
色んなからくり道具が置かれている。
「晋作が欲しがりそうだ」
「確かに」
次のお店は根付けを売っていた。
「あ、これ可愛い」
猫のつがいの根付けを手に取る。
「これはね、特別な石が中に入ってるんだ」
と店の主人が教えてくれる。
この二つを近づけると
カチッ
「お互いに引っ張りあってぴったりくっ付くんだよ」
「へぇー。磁石みたい」
「これが欲しいのかい?」
「あ、はい。いいですか?」
「もちろんだよ」
猫の根付けを買ってもらってつがいを離す。
「あれ?離してしまうのかい?」
「これ、一つは桂さんが持っていてくれますか?」
「わたしが?」
「はい、そうすればお揃いです」
と笑う。
「ふふ、恋人同士みたいだね」
「あ、迷惑でしたら…」
「まさか、嬉しいよ。ありがとう」
桂―side
可愛いことを言う。
お揃いか、晋作に見られたら何て言うか。
チラッと横を見る。
今日は一段と綺麗だ。
わたしと出掛けるためにめかして込んでくれたのだろうか。
まだ言ってなかった。
「ナナさん」
「はい?」
「今日一段と綺麗だね、見違えたよ」
「え!そんな!あ、ありがとうございます」
照れて顔を真っ赤にして俯く。
こんなに綺麗なのに初心な反応をされるとたまらない。
このままどこか連れ去りたい。
でも、そんなことしたら寺田屋の面々が血眼にして探すだろうな。
「逢い引きだから」
と彼女がつぶやく。
「女将さんが、逢い引きだからおめかしして行きなさいって」
「逢い引き…」
意味を分かって言っているのだろうか。
「はい、逢い引きですよね?」
「君がそう言ってくれるならそれで構わないけど」
「逢い引きというのは、愛し合っている男女が人目を忍んで会うことだよ?」
「え!?そ、そうなんですか?」
これ以上ないくらいに顔を赤らめて謝る。
「す、すみません。そういう意味だとは知らなくて」
「わたしは逢い引きでも構わないよ」
「か、桂さん!!」
少し怒ったように君が言う。
「さあ、こっちだよ」
手を引いてお気に入りの場所へ向かう。
廃墟になった寺に着く。
少し古臭いが庭に池があってなかなか風流だ。
「なんか厳かな雰囲気ですね」
池に近づいて
「あ、桂さん!鯉がいますよ!」
と言って池を覗き込む。
「そんなに屈んだら危ないよ」
「大丈夫ですよ、大丈夫…」
バシャン!!
そのまま池に落ちてしまった。
「大丈夫かい!?」
ビショビショになった彼女は大笑いして
「あははは!びっくりしちゃった!!」
手を引っ張って池から上げようとしたとき、
グイッ
「わ!」
バシャン!!!
「桂さんもびしょ濡れですね!」
びしょ濡れにした犯人は楽しそうに笑っている。
その笑顔を見てると怒る気も失せる。
「全く君は」
「たまにははしゃがないと」
パシャパシャと水を弾いて遊んでいる。
水に濡れた横顔が艶やかでそそられる。
指が勝手にその顎を捉え、こちらを向かせる。
「?桂さん?」
そのまま唇を重ねる。
唇を離すと、大きな目がこちらを見つめている。
「すまない、身体が勝手に」
「い、いえ」
池から上がって服を乾かす。
「イヤ、だったかい?」
「え?」
「わたしと口付けするのは」
「イヤという訳では」
「じゃあもう一回しても?」
「そ、それはダメです!」
「どうして?」
「だってこういうことは恋人同士がするものです」
「これは逢い引きなんだろう?」
「そ、それは」
「逢い引きなら当たり前のことだよ、それに」
「もっと違うこともするよ」
そう言うと顔を真っ赤にして俯く。
今まで口付けをしたことは幾度もある。
だが、それは前戯の一つで何の思い入れもない。
だけど、先ほど彼女としたものはこれ以上にない幸福感だった。
初めて自分から口付けを求めた。
相手が違うとこうも違うのか…
当の本人はまだ下を向いている。
触れるだけの口付けでこうなら、もっと深いものはどうなるのだろう。
好奇心が湧いてくる。
まあ、こんな状態でするほどわたしは鬼畜ではないけれど。
頭にそっと手を置く。
ピクッと身体を震わせこちらを見る。
「大丈夫。嫌がることは何もしないよ」
「さあ、冷えるだろう。こちらにおいで」
お互い襦袢姿で抱き合う。
肌で触れ合うのがこんなに心地よいものだったとは、初めて知ったな。
「今日は、初めてなことばかりだ」
「え?」
「ナナさんのおかげだね」
「?」
不思議そうに首を傾げる。
ナナ―side
触れ合う肌が恥ずかしい。
でも、温かくて安心する。
顔を上げるとすぐ目の前に桂さんの顔がある。
「何?」
優しく目を細めて聞いてくる。
「いえ、何でも」
恥ずかしくなって下を向く。
少し寒気がして、腕を桂さんの背中に回す。
「!」
ギュッと抱き締められる。
「桂さん、あの」
「小五郎」
「え?」
「小五郎と呼んで」
「え、でも」
「お願い、名前で呼んで欲しいんだ」
「こ、小五郎さん?」
「もう一度」
「小五郎さん」
「もう一度」
桂―side
「小五郎さん」
自分の名前がこんなに素敵なものだったのかと少し驚く。
「ナナさん」
「小五郎さん」
「ふふ、何だか夫婦になったみたいだね」
そう言うと目を見開いて驚く。
「ええー!!夫婦だなんて!」
あたふたと慌てる君が愛おしい。
腕の中にいるのに自分のものに出来ないことが残念でならない。
「もう少ししたら帰ろうか」
「はい」
雨音を聞きながら目を閉じる。
ずっとこのまま…
ナナ―side
着物も乾いて着替え、寺田屋に帰る。
「今日はありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
「また誘うね」
「はい」
「逢い引きに」
「はい、って、え!?」
ははは、と笑いながら帰っていく小五郎さんを見つめる。
寺田屋に入り、お風呂に入る。
お風呂から上がって縁側で熱を冷ます。
今日、買ってもらった猫の根付けを眺めて微笑む。
「ご機嫌じゃな」
「龍馬さん」
「今日は桂さんと出掛けとったんか?」
「はい、看病のお礼だそうです」
「桂さんらしいの」
にしし。と笑う龍馬さん。
「龍馬さん逢い引きって知ってますか?」
「逢い引き?男女が人目を忍んで会うことかの?」
「やっぱり、この時代では普通なんですね」
「おまんの時代にはないのかの?」
「はい、忍ばず堂々と出掛けますよ」
「ほう、それはまっこと羨ましいぜよ」
「龍馬さんはその、」
「ん?」
「今までに」
「うん?」
「な、何でもないです!おやすみなさい!」
そのまま勢いで立ち上がり部屋に戻る。
「何、聞こうとしてんのわたしは」
ペタリと部屋に座り込む。
「大人の男の人なんだから、あるに決まってるじゃん」
はぁ、とため息をついて布団の上に寝転がる。
「今日はたくさん歩いたから疲れたな」
猫の根付けを胸に握りしめて眠りにつく。




