第6話
人生いかに生きるべきか?こんな哲学的でちょっと答え辛い質問に、デネス商会の幹部ロジャーズは明確にはっきりと答える事が出来る。人の一生とはあらかじめ決められた道を歩いていくようなものだと言えよう。そして正しい人生の送り方とはすなわち、その道をいかに踏み外すことなく歩けるか、ということだ。道を踏み外すとは失敗をする、と言い換えてもよい。だから人生の勝利者とは失敗をせずに道を歩ききった者のことである。
人間は失敗をする生き物だとか、失敗をしてもやり直せばいい、といった戯言をほざく者もいる。そんな世迷言は耳ざわりがいいから皆喜んで聞きたがり、また支持したがる。道を踏み外しても、また立ち直って元の道に戻ればいいじゃないかと、多くの愚民どもが力説したがる。
しかし、そんな戯言を世の正義とするならば私はどうなる?失敗をしないように、道を踏み外さないように死に物狂いで努力してきた私がまるで道化師ではないか。失敗をしてもいいんだとほざく奴は、失敗をしないように日々研鑽している人間も存在するんだという事実をどう思っているのだ。
そうだ、私のような人間こそ尊ばれなければならないのは自明の理。失敗は悪だ。断じてな。そして失敗をする人間もまた悪だ。失敗をする部下は即ち悪人。私が欲するのは失敗をしない部下だ。失敗をしない部下こそ善人。もし人間が失敗をする生き物だとするのなら、いっそ……。
ロジャーズは自室で仕事をしながら、頭の中で失敗をする人間に呪いの言葉を浴びせていた。それと同時に、先日黒フードの男が紹介してくれた二人の部下を賞賛していた。二人の部下の仕事ぶりはきわめて優秀で、クオリティは高く迅速で、正確無比だった。失敗とは無縁で、しかも無尽蔵とも思える体力で深夜まで働きづめでも文句一つ言わず、疲れを知らなかった。まさに理想の部下だ。
「私は最高の部下を持った!わははは!」
黒フードの男を追いかけたルミは店を出て、人気のない路地裏まで来ていた。ロレンスが後からついてきた。
「さあ、もう逃げられないよ」
袋小路に追い詰められた黒フードの男は、動揺ひとつ見せようとしない。
「おとなしく氷のジュエルを渡してもらおうか」
ロレンスが戦闘態勢をとる。黒フードの男は微動だにしなかったが、何やらブツブツと呪文のようなものをつぶやいた。すると額に紋章が浮かび上がった。その紋章は竜の形を連想させるものだった。
「あの紋章は……」
紋章が輝いたのを合図に、どこからともなく二人の男が現れた。男達は突如奇声を上げると、みるみるうちにその姿を変化させ、半魚人のモンスター、サハギンとなった。
「ギシシシシシシシ!」
サハギンは不気味な笑い声を上げながら近づいてくる。
「モンスターか!なぜこんな街中に!」
ロレンスは魔法を使おうと右手に魔力を集中させようとしたが、上手くいかずその場にへたり込んでしまった。
「どうしたんですか!?ロレンスさん」
「さっき君の短剣に触れた時に魔力を……我としたことが、不覚……」
二匹のサハギンはこちらの都合などおかまいなしに、じりじりとこちらとの距離を縮めてくる。
「こうなったら、わたしが戦うしかない!」
そう決意したルミは二匹のサハギンと対峙する。ルミは雷魔法を使おうとしたが、それより先にサハギンが口から放った水鉄砲がルミを襲う。
「きゃあっ!」
水鉄砲をまともに受けてルミは後方まで吹っ飛ばされた。美しい長すぎる金髪も、見習い魔道士のローブも水浸しだ。倒れた拍子にローブの裾がめくれて、幼さと艶めかしさが同居したような白い太ももがあらわになる。
「ひどい、びしょびしょ……。中までぬれちゃった……」
ルミはどうにか立ち上がるときりっとした表情でサハギンを睨みつける。
「よくもやったわね!」
サハギンは奇声を上げながらなおも突進してくる。ルミは両手に魔力を集中させた。そして魔力を一気に開放する。
あたりが暗くなり、すさまじい大音量と共に現れた神の裁きと形容するほかない鋭い稲妻が二匹のサハギンを撃ちぬいた。
「ギョエエエエエ!」
稲妻が去る頃には二匹のサハギンは消し炭になって原型をとどめていなかった。ルミはその場にへたり込んだ。
「勝ったあぁ」
いつの間にか野次馬が湧いて来ていた。その野次馬をかぎわけて、青い顔をしたロジャーズが駆け付けてきた。
「こ、これは、私の大事な部下が……。おい!小娘!よくも私の優秀な部下を消し炭にしてくれたな!せっかくの理想の部下があ!」
「ええっ、部下ってさっきのモンスターのこと?」
「そうだ!何故殺したんだ!」
「なぜって……、モンスターだから倒すのは当然じゃないですか」
「何が当然だ!無能な人間より、有能なモンスターの方が存在価値があるんだ!バカなことしやがって!」
ロジャーズの抗議にルミは戸惑うしかなかった。モンスターは魔道士の敵で、人類の敵でもあるはずなのに……。困惑するルミにロレンスが声をかける。
「気にするな、価値観は人それぞれだ。それよりさっきの黒フードの男、どさくさに紛れて逃げやがった」
言われてみて気付いた。せっかく見つけたのに逃がしてしまったのだ。
氷のジュエルが何者かの手に落ちたからといってすぐに世界がどうなるということはない。しかしその影響は少しずつ世界を侵食していく。ルミにはそう思えてならなかった。




