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第4話

 アカデミー敷地内にある学生寮の一室で、ルミは一振りの短剣を見つめていた。この短剣は父が愛用していたものらしい。

 ルミの母親は彼女を産んで間もなく他界してしまった。兄弟もなく、頼れる親戚もいないルミにとって、唯一の肉親といえるのが父である。

 しかしルミは、父の顔も覚えておらず、名前も判らないのだ。誰に聞いても「知らない」の一点張りだった。数々の武勇伝が残っているのに名前が判らないなんておかしなものだ。

 短剣をしまうとルミは窓から外の景色を眺めた。天涯孤独の身となったルミは5歳の時にここ、クラニア王立魔法アカデミーの校長アンジェラに拾われた。以来魔道士になる為に勉学に勤しんでいたのだ。自分を育ててくれたアカデミーに恩返ししたくて魔道士の道を志したけれど、それだけが理由ではなかった。

 もう一度短剣を取り出して見つめる。この短剣に使われている素材は、今は失われてしまった幻の金属『ホワイトメタル』だとバロック先生が教えてくれた。『ホワイトメタル』は魔力を吸収して力に変換する性質を持っている。魔力を自在に操れる人間でないと、この短剣の性能を100%発揮出来ないだろう。つまりこの短剣の持ち主である父は、相当な魔法技術の使い手だと思われる。

 魔道士の道に進めば、その道の先は父に繋がっている。ルミにはそう思えてならない。一人前の魔道士になる事で、父に近づけそうな気がする。


「でも魔道士試験は中止になっちゃったんだよね」


 まあ試験が中止になったことよりも、氷のジュエルが奪われた事の方が一大事なわけだが……。


「これからどうなるんだろ。わたし……」


 ルミがため息をつくと、机の上に置いてある水晶玉が光りだした。光が止むとそこにはバロックの姿が映し出されていた。水晶玉の向こうのバロックがルミに話しかけた。


「ルミ、今すぐ第三演習場に来なさい」




 クラニア城下町に本店を構えるデネス商会は、薬草や毒消し薬など冒険者や兵士にとって必需品といえるアイテムを販売している。アナテマ大陸の道具屋業界第3位の大手で、大陸中の街に支店がある。

 そのデネス商会の本店に勤務しているロジャーズは、一つの揺るぎない哲学を持っていた。

 ロジャーズはいつものように自分の部屋で店の売上高が記載されている書類に目を通していると、部屋のドアをノックする音が響いた。


「入りたまえ」


 ロジャーズは威厳ある態度でノックに答えると、ドアが開いて若い青年が入って来た。青年の顔は青ざめており、中々開かない口を無理矢理こじ開けるようにして、要件を述べた。


「部長、じ、実は先の取引の件なのですが」


「ああ、あの件か。私もずっと気にしていたのだ。で、その後の首尾はどうなっているのだね」


 青年は震える両手を地面に叩きつけて土下座をしながら、泣き叫んだ。


「申し訳ございません!エルス商会に出し抜かれて取引成立出来ませんでした!」


 青年の報告を聞いたロジャーズの表情がみるみるうちに強張り、烈火の如く怒りだした。


「何だと!?あの取引に私がどれだけ心血を注いできたか理解しているのか!?あの取引がご破算になれば、事業計画を一から見直さないといかん。何もかも水の泡だ!どうしてくれる!」


「申し訳ありません!」


 青年は額を地面に叩き付けて謝罪した。


「謝罪してすむ問題じゃない!お前の顔は二度と見たくない!クビだ!今すぐこの店から出ていけ!」


「そ、それだけは何卒!お許しください!」


「いーや、駄目だ。お前はクビだ!早くその薄汚いツラを私の視界から消すんだ!今お前に出来る唯一の善はそれだけだ」


 青年はこの世の終わりの如く落ち込み方で退室した。

 ロジャーズの怒りは暫く消えなかった。

 彼は人の失敗を許すことが出来なかった。一度でも失敗した人間には、苛烈極まりない叱責を浴びせる事で有名だった。特に大きな失敗を犯した者への仕打ちは常軌を逸していた。


「くそっ!どいつもこいつも無能だらけだ。どこかに失敗をしない有能な人材はいないかのう」


 その時、どこからともなく声が聞こえた。


「その望みを叶えてやろうか?」


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