第3話
凍てつく洞窟の最奥で展開されている光景は、バロックにとって到底予想出来るものではなかった。
「こ、これは、どうしたことだ!?」
そこは氷のジュエルが安置されている大広間で、本来ならばルミのような魔道士候補生の力量を試さんと待ち構えているはずの精霊コルディアの姿は、影形も見当たらない。
その代わりに黒いフードを着た正体不明の人物が佇んでいる。顔は見えず、性別不明のその人物は、こちらに気付くと正面い向き直った。
「貴様、何者だ!?」
バロックは戦闘態勢をとった。ルミは何がなんだか判らず、不安げな表情を浮かべて黒フードの人物とバロックの様子を交互に眺めている。
黒フードの人物は静かに口を開いた。
「封印されし十悪・五逆は遠からぬ未来に世に解き放たれよう。運命の巫女は黄昏の刻に選択を迫られる」
声は低く荘厳な響きがあった。おそらく男だと思われる。
「真実を知ってもなお、父を追うか」
黒フードの男はルミに語りかけているようだ。表情は読めないが、心なしか微笑しているようにも見える。
ルミは顔さえも判らない父の事に触れられて動揺しながらも、どうにか声を絞りだした。
「真実って何?父さんのこと何か知ってるの?」
男は微動だにしないが、僅かに雰囲気に変化が感じられた。ルミが父親の事を記憶していないという事実が、彼には少し意外だったようだ。
「ほう……。憶えていないようだな」
「教えて!父さんはどこにいるの!?」
黒フードの男が何か言いかけたが、バロックがそれを遮った。
「この大広間には精霊コルディアが居た筈……それから氷のジュエルも。貴様、もしや」
バロックの予感は当たった。
「あの程度の精霊に力試しをさせているとは、クラニアの魔道士も程度が知れるというもの」
バロックは男の話が終わるか終わらないかのタイミングで雷撃魔法を放った。戦闘慣れしていない魔導教官らしからぬ俊敏な動きだったが、黒フードの男はその雷撃を必要最低限の動きで避けた。
「くっ!!」
いつも沈着冷静なバロックが、珍しく感情を表に出している。
「返して欲しくば、私を追ってこい。ハハハ……!」
黒フードの男は捨てゼリフを残して、陽炎のように姿を消した。大広間には、動揺の色を隠せない二人だけが残っていた。
「先生……」
「とりあえず、魔道士試験は中止です。アカデミーに戻りましょう。私は魔導院にこのことを報告に行ってきます」
アカデミー最上階にある『賢人の間』には、王国の魔道士たちの指導的立場についているアカデミーの重鎮やクラニア王国の大臣、執政官たちが集結していた。名実ともに王国を牽引している重要人物たちが一堂に会するのはここ数年なかったことだ。
「では、氷のジュエルはその男の手にあると?」
黒い三角帽子をかぶった少女は尊大な態度でバロックに問いただした。
「はい、氷のジュエルを防衛していた精霊コルディアも、その男に……」
少女は渋い顔をしてうつむいた。
「何ということだ……。このままでは我がクラニア王国の魔法技術が空中分解してしまう」
少女の隣に座っている老人が口を開いた。
「それだけではない。結界が弱体化し、モンスターが活性化するだろう。今まで確認出来ていない強力なモンスターの出現も予想される。王国の治安は確実に悪化していくに違いない」
鎧を身にまとった武骨な中年男性が声を荒げる。
「王国の防衛は我々クラニア竜騎士団が中心とならねばなるまい。魔法兵団はもはやあてにならんからな」
シルクのローブを着た優男風の青年は精悍な目つきをして反論した。
「氷のジュエルが失われても、アカデミーにはまだジュエルエミュレータがある。だから我々はまだ魔法を行使できなくなった訳ではない。魔法兵団が王国防衛の主力である事は変わらない」
「フン、どうだかな。こんな事態は初めてだろう」
三角帽子の少女が二人の会話を遮った。
「王国の防衛は竜騎士団と魔法兵団で協力してあたればいい。それよりも氷のジュエルの奪還任務に就く人間の選定を急がねばなるまい。魔法兵団は先の戦いや対外任務でかなり消耗しているのが実情だ」
「可能な限り実力者を集めますが、正直戦力不足は否めません」
シルクのローブを着た青年は素直に現状を認めた。少女は話を続ける。
「そういえばバロックよ。事件に遭遇した時魔道士試験の最中だったそうだな」
「はい」
「例の娘か」
バロックは頷いた。少女はしばらく思案するとバロックに何やら提案した。




