第32話
ルミが目を覚ますと、そこはライザ国城下町の宿屋だった。
「やっと気がついたのね」
椅子に座っていたロゼッタが顔を上げて言った。ヘイデンは隣のベッドで眠っている。
「あなた、丸二日間眠っていたのよ」
ルミは驚いた。
「ええっ!? そんなに?」
ロゼッタはうなずく。余程神経を消耗していたのだろう。ルミは思った。中級魔法は確かに強力だが、全力で使う度に憔悴してぶっ倒れているのでは実用的ではない。自分はまだ中級魔法を自由自在に操るには能力不足と言わざるを得ないのだ。
ルミは修業の必要性を再認識させられたが、すぐにもう一つ懸案があったのを思い出す。
「ロゼッタさん。あれから戦争はどうなったの?」
ルミが聞くと、ロゼッタはうかない表情になり答えた。
「戦闘そのものは一時的に終わったわ。でも……」
ロゼッタは語る。
ルミは戦争の元凶だったアンドリュー市長を倒せば解決すると思っていた。しかしルミ達が化け物に変身したアンドリューを倒しても、平原に集結したライザ軍とレフリ軍は結局正面衝突したのだ。戦いは二日間続き、どうにか一時停戦という形で両軍は撤退した。だが両国の関係は冷え切ったままである。一人の人間により撒かれた憎しみの種子は、暴力という花を咲かせた。この花は一朝一夕では摘み取れない。
「そ、そうなの……」
ルミは落ち込んだ。やはり自分の考えが浅はかだったのか。知識ではわかっていても、いざどうにもならない現実を目の前に突き付けられると、平気な顔をしていられるのは困難だった。
「でも、私達のやったことは無駄じゃない。もしアンドリューがのさばっていたままだったら、もっと戦闘は長引いていたでしょうね」
ロゼッタはそう言ってルミを励ました。
ルミは申し訳程度に微笑してうなずくが、まだ落ち込んでいるようだった。これから彼女は何度も厳しい現実の壁にぶつかるのだろう、とロゼッタは思う。誰しも子供の頃は夢や希望に目を輝かせているが、こうやって冷徹な現実にぶつかるごとに、その目の輝きは色あせていく。そしてやがてその目は全てを諦めた灰色の瞳になるのだ。
ルミももうあと数年もすれば、そんな目をした大人になるのだろう。ロゼッタはそんな事を考えていた。
しかし今大事なのはそんな人生論ではない。いきさつはどうあれ、城下町の北門は開放されたのだ。これで風のジュエルがあるというクライン帝国へ行けるようになった。明日の朝にでも出発しようとルミ達は決意した。
一方その頃、世界のどこかにある古城に黒フードの者達が集結していた。
「愚王に続き舌王も消滅した。残る十悪はあと8体」
黒フードのリーダー格の人物がそう呟いた。彼らの前に謎の少年が姿を現した。この少年は何度もルミ達の戦いを陰から観察していた人物である。
少年は屈託のない笑顔を浮かべ、言った。
「順調そうで何よりだね」
黒フードの人物は少年の姿を見ると、無表情のままで言った。
「何しに来た? ジエンド」
ジエンドと呼ばれた少年はいたずらな笑顔になった。
「やだなあ、そんな怖い声出さないでよ。ちょっと挨拶しにきただけだよ。おじいちゃん達」
ジエンドはニヤニヤと笑みを浮かべている。おじいちゃんという言葉に反応した者もいたが、リーダー格の人物は相変わらず無表情だった。
ジエンドは続けた。
「あの子は順調に育ってるよ。このまま戦闘経験を積めばきっと覚醒するよ。天竜の力に」
天竜という言葉に黒フードの集団は少なからず動揺した。だがリーダー格の人物は力強い口調で語る。
「あの小娘が天竜の力に目覚めるのも、我らの計画の内だ」
リーダー格の人物はテラスに出ると、いまいましそうに天を仰いだ。その瞳は憎しみの炎で満ちていた。
次の日、ライザ国城下町は悩みなど吹き飛ばしてしまいそうな快晴だった。ルミ達は宿屋を出て北門前へと向かった。北門は開いている。防具屋で買ってきた新しい鎧に身を包んだロゼッタを先頭に、ルミとヘイデンは北門から町の外へと出発した。




