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第31話

 舌王エヴィアタンの巨大な口は底のしれない深淵へと繋がっていそうだった。舌に絡まれて身動きの取れないルミは今まさに、その大口へと投げ込まれようとしていた。


「いやあああああっ!!」


 絶叫するルミの身体があと少しでその深淵へと放り込まれる。その瞬間、ルミは見当違いの方角へと投げ出された。

 地面に落下し軽い痛みと共にルミはゆっくりと目を開けた。

 視界に映ったのは、短剣を構えたヘイデンだった。


「大丈夫か!? ルミ」


 ヘイデンがルミの元に駆け寄り、彼女の身体を縛っている異形の舌をほどいた。ルミは目に涙を浮かべながらほっとした表情になり、その口から言葉が漏れる。


「来てくれたんだ……ヘイデン……。ありがとう」


 ヘイデンは申し訳なさそうな表情でルミに視線を合わせずに言う。


「ルミ……、すまねえ。お前を守るって決めたのに……」


 舌王エヴィアタンは舌をひっこめるとくやしそうに叫ぶ。


「おのれ……! 折角の食事の時間を邪魔しおって……!」


 ルミが動けるようになって立ち上がると、背後からガシャガシャと鎧の音が響いた。振り返るとロゼッタがこちらへと走ってくる。


「ロゼッタさん!」


 ルミは笑顔になる。ロゼッタはルミとヘイデンの所にたどり着いた。


「ごめんなさい、ルミ……。あなたの気持ちを考えず頭ごなしに批判してしまって……」


 ルミと別れてから、ヘイデンはロゼッタを説得したのだ。ロゼッタも少し言い過ぎたと思った。考えてみればルミはまだ12歳の子供である。しかも両親の愛情を知らず、仲間をも失い傷心だったに違いない。

 ルミは首を振る。


「ううん。わたしも悪いの。みんなの意見を無視して先走ってごめん……」


 ルミはしょんぼりしたが、ヘイデンの叫びでハッとする。


「反省会はあと! 今はこいつを何とかしなきゃ!」


 舌王エヴィアタンがゆっくりとこちらに迫ってくる。ルミとロゼッタは気を取り直して表情を引き締めると、戦闘態勢をとった。

 短剣を構えたヘイデンがまず先行して攻撃を試みるが、エヴィアタンの二枚の舌に阻まれて近づけない。ロゼッタはハンマーを構えると、ルミに言った。


「私達が奴を引き付けるから、その隙に魔力を貯めて。一番強い魔法をぶちかましてやりなさい」


 そう言ってロゼッタはエヴィアタンへと向かっていった。ルミは力強くうなずくと、目を閉じて魔力を集中させた。

 エヴィアタンの舌による激しい攻撃に、ヘイデンとロゼッタは何度も地べたに叩きつけられた。二人はそれでも起き上がり、必死に食らいついた。エヴィアタンはルミの膨大な魔力を察知すると、狙いを彼女に定めた。


「行かせるもんですか!」


 ロゼッタは全身に力を込めて高く飛び上がると、エヴィアタンめがけてハンマーを振り下ろした。強烈な打撃を受けてエヴィアタンは地面に叩きつけられたが、すぐに態勢を整えて大きく口を開けた。二枚の舌が勢いよく飛び出し、物凄いスピードでルミを襲う。


「危ない!」


 とっさにロゼッタがルミの前に立ち塞がり、二枚の舌が直撃した。ロゼッタの鎧が砕け散り、破片が飛び散る。ロゼッタは遥か後方まで飛ばされて壁に身体を強く打ち付け、そのまま地面に倒れた。


「ロゼッタさん!!」


 ルミの表情が強張り、額から汗がほとばしる。だがここで冷静さを欠いてはいけない。ロゼッタの元へ駆け寄りたくなる衝動をどうにか抑えると、再び魔法詠唱に意識を戻した。

 エヴィアタンの舌は容赦なくルミへと襲いかかる。あと少しでルミの身体に攻撃が命中するという所でルミの詠唱が終わり、彼女はカッと目を見開くと、魔力を解放した。


「いっけえええええ!!!」


 ルミの両手から放たれた大火炎魔法は瞬く間にエヴィアタンの舌を飲み込んだ。その長い二枚の舌が焼き尽くされて蒸発していく。


「な、なにいいいい!!??」


 地獄の業火は二枚の舌を全て溶かし尽くした。なおも勢いは衰えず、業火はエヴィアタンの本体をも飲み込む。


「くそがあああああ!!!」


 断末魔の叫びと共に、舌王エヴィアタンは地獄の業火に焼かれた。ヘイデンとロゼッタはその様子を固唾を飲んで見守った。

 やがて地獄の業火は消え去り、後には何も残っていなかった。


「す、すげえ……! やったな! ルミ!」


 ヘイデンはルミの元へ駆け付ける。ロゼッタもふらつきながら歩いてきた。


「ありがとう、みんな……」


 ルミは天使の様な笑顔でそう呟くと、その場に倒れてしまった。魔力を使い果たしたので疲れたのだろう。

 ヘイデンは彼女を背負うと、ロゼッタと共に洞窟を後にした。高みの見物を決め込んでいた謎の少年は、いつの間にか消えていた。

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