第19話
トランス教の寺院に潜入したルミとヘイデンは奥へと進んでいった。
「ねえ、何か声が聞こえない?」
「ああ、人が大勢いるのかな」
声のする方へ歩いていくと、地下へと通じる下り階段が見えた。
「あの階段を降りてみよう」
二人は階段を降りて行った。
人のざわめき声が段々と大きくなっていく。階段を降りると、大きな鉄の扉があった。ざわめきはこの扉の奥から聞こえてくる。
「入ってみる?ヘイデン」
「とりあえず中の様子を覗いてみようぜ」
二人はそっと扉を開けた。中は大広間となっており、大勢の人々が中央の祭壇を囲むようにして雑談している。中央の祭壇には髭を生やした中年の男がいる。一人だけ身なりが豪華なのでおそらく指導者だろうか。
指導者が壇上に立って大衆を見つめると、それまで騒々しかった場がしんと静まり返った。
指導者は熱を帯びた口調で大衆に訴えかけた。
「聞けぇーい!」
大衆は固唾を飲んで見守る。ルミ達も柱の陰に隠れて黙って様子を見ていた。指導者の演説が始まった。
「今の世は空前の『おもしろさ至上主義時代』である。右を見ても、左を見ても、前を向いても、後ろを振り返っても、おもしろいもの、興味深いもので溢れかえっている。生真面目なシャールメールの民は、仕事が終わるとすぐにその足で劇場に向かい、コメディを見て腹を抱えて大笑いし、挑発的な格好をした踊り子の舞う姿に鼻の下を伸ばしておる」
大衆は一言も発せず指導者の言葉に耳を傾けている。指導者の演説は更に熱を帯びてきた。
「民衆はまるで何かに駆り立てられる様に、ひたすらにおもしろいもの、興味をそそられるものばかりを追い求める。そしてその一方で、つまらないもの、退屈なものを忌避する。そうした価値観は更に進み、今ではつまらないもの、退屈なものを憎み、排除しようとする動きすらあるのだ」
物陰に隠れているルミ達はひそひそとしゃべった。
「ねえ、あの人何を言ってるの?」
「さあ……、よくわからん」
指導者は右手の拳に力を込めて演説を続けた。
「劇場だけではない。『おもしろさ至上主義』の波は人間の評価にまで波及している。今や我々の様な『つまらない人間』と烙印を押された者にとって、苦難の時代を迎えていると言っていいだろう。世の人々はコメディアンと友達に、あるいは同僚に、あるいは伴侶になりたがっている。コメディアンの資質がない我々は人並みの幸福を得る権利を、はく奪されたのだ!『おもしろさ至上主義時代』によって!」
大衆からそうだ!そうだ!と声援が飛んでくる。
「私は誓おう!世にまん延する『おもしろさ至上主義』の空気を払拭することを。そして我々の様なつまらない、退屈な人間が住みやすい世の中にすることを!」
大衆はスタンディングオベーションで指導者を称えた。指導者は手を振ってその声援に応えた。
「諸君、あれを見たまえ」
指導者は向こうの壁を指さした。ルミは指導者が指さしている方を見た。するとそこには、ロレンス、スコット、ビエットの三人が磔にされていた。
「ろ、ロレンスさん!スコットさん!ビエットさん!」
ルミは動揺を隠せなかった。
「あそこに磔にされてる人たちがルミの仲間か?」
ヘイデンが尋ねる。ルミはうなずいた。
指導者は大衆に向き直り、演説を続けた。
「あそこに磔にされている三人のネズミは、愚かにも我々の秘密に迫ろうとしたふとどき者だ。よって『おもしろさ至上主義』を打ち破り、我々の時代を取り戻すための礎となってもらう!」
大衆は熱狂している。
ルミはすぐにでも飛び出して三人を助けたかった。しかし、ヘイデンに諭され思いとどまった。このまま飛び出しても、三人と同じ目に遭うだけだろう。
「ヘイデン、どうしたらいいの?」
「三人を助ける方法を探そう。とりあえずここから脱出しないか」
「う、うん……、そうだね」
ルミは納得した。そして大衆の熱狂的な雰囲気に紛れて大広間を出た。
寺院を出たルミ達の目の前に、酒場で出会った鎧の女性が現れた。
「あそこの様子はどうだった?」
「おばさん」
ヘイデンが思わず漏らした言葉に女性は顔をしかめた。
「お姉さん、よ!」
「す、すいません」
ルミが割って入った。
「お姉さん、あの寺院の事、何か知ってるんですか」
女性はうなずいた。三人は場所を変える事にした。




