第12話
「いやっ、離してー!」
ルミは自分より倍はあろうかという大柄な盗賊に、後ろから抱きつかれた。魔法を使おうと集中していたのに背後から忍び寄る存在に気づかなかったのだ。
「へへへ、嬢ちゃん、ええ身体しとるのぅ」
「いやーーー!助けて!!」
おかしらは下品な笑みを浮かべながらルミの所まで歩いてきた。
「俺が一番カタルシスを感じるのは、嬢ちゃんみたいな生まれた時から勝ち組になる事が決まっている人間の人生が、ちょっとしたきっかけで転落するところを見る時だ。どんな娯楽よりもスカッとするよ」
おかしらは身なりのいいルミを、良家の令嬢だと思ったらしい。生まれた時から傍に両親がいなかったルミの人生のどこが勝ち組なのか。勝手なこと言わないでとルミは思った。
「さて、勝ち組ちゃんにどんな転落人生を提供しようか。お前ら、何か名案はあるか?」
盗賊団の下っ端どもは、思わず耳をふさぎたくなるような案を次々と出していく。この手の連中はこういう下衆なことに関しては、本当に素晴らしい想像力を発揮する。
「とりあえず嬢ちゃんは、奴隷バザーに売り飛ばす事にしたぜ。どんな大金になるのかな?へへへ」
「シャールメールの娼婦を、一通り味見できるな」
「考えただけでにやけてくるぜ」
おかしらは酒臭い息を吐いてルミに顔を近づける。そして思いっきりルミの顔をぶん殴った。ルミは鼻から血を流してがくっと気絶した。
床に倒れそうになるルミの髪の毛を無遠慮につかんだおかしらは、さらに彼女のお腹を全力で何度も殴った。ルミはまったく抵抗せず、おかしらのなすがままになっている。
下っ端どもは、まるで喜劇を見るようにその光景を楽しんでいた。
ヘイデンは何も出来ず、ただ下を向いていた。妹そっくりの女の子が、大の大人になぶられているのを直視することは出来なかった。
「これが大人の世界の厳しさだ、嬢ちゃん」
おかしらはルミの髪の毛を離すと、ルミはその場に倒れこんだ。身体をびくんびくんと痙攣させて、ぐったりしている。
「さてと、こいつをどこかに……」
下っ端の一人がルミを運ぼうとして手を伸ばしたが、うまくいかなかった。
「あれ?」
こんな華奢な身体を持ち上げるなど造作もないはずなのに、身体に触れることすらできない。
「おい、どうした……お、おい……!」
下っ端はさっきから感じていた違和感にようやく気付いた。自分の両腕が、ない!
「うぎゃああああああああああああああ!!!!!」
両腕の切断面から大量の血がふきだし、下っ端はバタッと倒れた。
「な、何があった!?」
盗賊団は騒然とした。ルミの傍に白い猫がいる。
「ルミ、しっかりするニャ」
「遅いよ、フェンリル……」
ルミはけろっとした顔で、何事もなかったかのように立ち上がった。
「召喚しておいてよかった」
ルミはアジトに入る前に、使い魔のフェンリルを召喚しておいたのだ。
「う、うそだろ?あんなに殴ったのに……」
フィジカルバリアをはっていたので大した傷にはならなかった。
「フェンリル、お願い」
「分かってるニャ、あいつらムカつくから、徹底的にボコるニャ」
盗賊団は武器を持って襲いかかった。
フェンリルは目にも止まらぬスピードで広間を走り回った。すると盗賊団の連中の腕が次々と床に落ちていった。うぎゃー!いてぇー!と叫び声をあげて盗賊達は床を転げ回った。あたりは血の海になっていた。
クズな大人の世界の厳しさなど、ルミには通用しない。
「ひ、ひいいい!ゆ、許して!」
ヘイデンはその場にへたり込んで哀願した。
「もういいよ、フェンリル」
「何かあったら、また呼ぶニャ」
フェンリルは煙のように消え去った。盗賊達はヘイデン以外どこかへ行ってしまった。ルミはおかしらが落としていった短剣を拾い、大事にふところにしまった。
「い、命だけは!」
ルミはヘイデンに近づいた。彼が短剣を盗んだのは許せないが、深い事情があったようだ。
「妹を助けたかっただけなんだ!だから」
「ヘイデン……。言いにくいけど、あなた、騙されてるよ。どんな病気も治すポーションなんて、ある訳ないよ」
「そ、そうなのか……、何となく予想してたけど、いざハッキリ言われるときついな」
ルミとヘイデンは一度村に戻る事にした。




