8.覚醒
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金属悪魔が樹から飛び下りる。同時に金属悪魔は、剣を振り上げてきた。
着地と同時、振り下ろされ――斬撃による鉱力の衝撃波が地を奔る。ルネが右手側に横っ跳びで、ヴァンは身を捻るだけでそれを避けた。
「金属悪魔『鎧戦士』か。特性が『連撃』の、非常にスタンダードかつバランスの良い金属悪魔。だが――」
ヴァンが無造作に剣を抜き、切っ先を金属悪魔に向ける。
「俺の敵ではない」
瞬間、ルネは総毛立った。
同時に、ルネは理解した。ヴァンは、小屋で自分を殺す気などなかったことに。
それほど、今彼の放つ殺気は激烈だった。
当然、その殺気をまともに受けた鎧戦士が、彼を相対せるはずもない。自然と悪魔の視線は、自分へと移った。
鎧戦士が足を前後にし、腰を落とし、腰に据えた剣の先をこちらに向けていた。
既視感。
しかし、そんな違和感は、一瞬で消し飛んだ。
鎧戦士が地を蹴り、ルネへ突進の突きを繰り出す。避けられないことを悟ったルネは、自身の剣で鎧戦士の突きを受け止める。
――だが、突進の勢いを乗せた突きだ。踏ん張りもほとんど効かず、吹き飛ばされて地面を転げる。
色とりどりの花が舞い散り、草がえぐれて土を露出させる。そうやって十メートル近く飛ばされて、ようやくルネは地に仰向けで倒れた。
全身を打ちつけられ、痛みに顔が歪む。口内が切れたのか、血の味がする。
それを我慢してすぐ立ち上がり、正眼に構える鎧戦士と相対す。
「……ロ……セ」
金属悪魔は言語を操ると聞いていたが、実際に初めて聞いた。訛りの強いエウロパ共通言語で、しかも切れ切れにしか聞こえず、何と言っているのかは分からなかった。
すぐさま、鎧戦士が突貫してくる。
脳天目がけて振り下ろされる。大剣で斜めに受け流すが、同時に蹴りを打ち込まれる。
瞬間的に横へ跳んで威力を軽減するが、大きく吹き飛ばされる。
今度は体勢を崩さずに両足を地につけ、勢いを殺す。長々と足跡が出来て土が露出させてしまったが、倒れはしない。
しかし、痛みに顔をしかめる。骨には異常がなさそうなのが、唯一の救いか。
なおも鎧戦士は間合いを詰め、連撃をルネへと浴びせる。ルネは器用に大剣を使って防御する。
鎧戦士の鎧が軋み鳴くたびに、激烈な斬撃が飛び込む。ルネは腕と腰の力を持って耐え、関節の柔らかさを持って流す。
しかし、それもいつまで続くか。骨は軋む上、全身の筋肉は痛んで千切れんばかりだ。鎧戦士は金属悪魔の中では下位に属するとはいえ、ルネにとっては勝てる相手ではない。
「ヴァンさん!」
咄嗟に、助けを求めた。彼でなければ倒せるはずがない。
しかし、
「俺は魔草の見極めの為についてきただけ。手は貸さん」
彼の返事は、とても冷たいものだった。
予想外の答えに動揺する。同時、鎧戦士の一閃が、彼の胴にぶつかる。衝撃が奔り、しかし咄嗟に大剣で鎧戦士の攻撃を叩き落とす。鈍い音が鳴り、敵が僅かによろめく。その隙に、ルネが鎧剣士を足裏で押すようにして蹴った。鎧剣士を強制後退させる。
自分の状態を瞬時に確認。鎧に大穴があいたが、何とか傷は負わずに済んだ。しかし、わき腹を激しい痛みが襲う。衝撃であばらを骨折してしまったようだ。
次撃は防げないかもしれない――そもそも、今の時点でもう限界は超えているはずなのだ。自分の実力では、金属悪魔はおろか、普通レベルの悪魔ですら倒せないはずなのに。
鎧戦士はすぐに体勢を立て直し、剣を構えて突撃しようとする。先ほどからその攻撃に、妙な既視感を感じるのだが、それを気にする余裕はない。
それに、ルネの損傷はもう、防御すら出来ないところまで来ていた。
「くっ……!!」
それでもルネは、剣を構え直す。
あの怒涛の連撃を受ける余裕はない。ならば、攻め出るのみ。剣を肩口まで上げ、切っ先を敵に向け、剣の腹を地面と並行に保つ。両足を前後に開き、腰を落とし、次の一歩を踏み出せる位置へと維持する。
鎧戦士が、なおも何かを呟いた。
「コ…………シ……レ」
その意味を掴む余裕もないまま、ルネは突撃しようと、一歩踏み出す。
同時、視界に黒が混じった。
ヴァンが、ルネに背を向けて立ったのだ。
ヴァンが魔鉱剣を地に伏せ、そして斬り上げる。土が舞い上がると同時、拳大の礫が現出。それが鎧戦士へと奔る。
まともに石礫を受けた鎧戦士が怯んだ。
突然のヴァンの加勢に、肩の力が抜ける。小さく、安堵の溜息をつく。
どういう心変わりか知らないが、彼が戦ってくれるのなら安心――
「ルネ、俺が戦うとでも思っているのか?」
「えっ、でも今――」
「自分の剣を、よく見てみろ」
指摘されて、初めて気付いた。剣にわずかながら、ヒビが入っていたのだ。
「破損した武器では、勝てるものも勝てない。これを貸してやる」
するとヴァンは、自分の持っていた魔鉱剣を、ヴァンに差し出した。
「でも、その剣はヴァンさんの……」
「いいから使ってみろ。鉱術師が使うものだから、相当重いぞ。大剣よりもな」
しかし、それではヴァンが鉱術を使えない――と、言おうとして止めた。
ヴァンは鉱術を使うつもりはない。ルネに剣を貸してまでも、ヴァンは戦わないつもりだ。 自分の分身ですらある魔鉱剣を差し出してまで、ヴァンはルネに戦わせたいというか?
「どうして、そこまで」
思わず、口に出してしまう。
その問いに、ヴァンは律義に答えた。
「俺はお前の本当を見たい。ルネ=ベルモンド――お前は本当に、無能なのか?」
違うだろう、と彼の緋眼が語っていた。
違う、と否定しても無駄な日々。誰もルネの力を認めてはくれない。
ただの力持ち。強さはない。ランドですら、そういう認識だった。彼を評価してくれていた老師でさえも、剣術に対する姿勢に関してのみだった。
しかし、この鉱術師はどうか? 「銀髪の悪魔」と揶揄されるほどの男が、世界最高の鉱術師の一人が「ルネの本当」を望んでいる。
この胸あたりから込み上げてくる力の奔流を。
幼い頃に否定された夢想を。
「……いいの、ですか?」
ルネの声は震えていた。
ヴァンが笑った。とても冷たいものだったが、何故かそれが、彼の本当の笑顔だとわかった。
そして、
「受け取れ」
ルネは、ヴァンの差し出した魔鉱剣を――今まで一度も触ったことのない鉱術師の武器を、震える手で掴んだ。
瞬間。
感電したかのような衝撃が、全身を駆け巡った。
麻薬が血流を巡り全身を覚醒させるような、堪えられない力の奔流が魔鉱剣から流れ込んでくる。感じたこともない力の波が、己の裏側から溢れ返る。
体中が熱い。焼き尽くされるかのような、炎のような感触。
耐えられないとばかりに咆哮が発せられる。この外界を突きぬけ、穢れの大地をも超え、はるか虚孔へ届かんばかりに叫ぶ。
――生誕の産声を。
朦朧とした意識の中、ヴァンの攻撃に怯んだ鎧戦士が体勢を立て直し、斬りこんで来たことに気付いた。敵の一撃を、ルネは片手に持った剣で防いだ。
ルネの右手にはかなりの負荷がかかっている。自意識の薄い鎧戦士には動揺がないが、乾坤一擲の斬撃を防がれたせいか、押し潰す以外に道はないと感じたようだ。
ルネの意識は、徐々に明確になっていく。それと共に、剣を持つ腕に力が入る。
「はぁっ!!」
気迫の一喝と共に、鎧戦士を弾き飛ばす。
しかし敵はたたらを踏むにとどまる。敵の体勢を立て直す前に、間合いを詰めた。
魔鉱剣で左から横薙ぐ。鎧戦士は咄嗟に剣で受けるが――今のルネにはあってないようなもの。
ルネの剣が、敵の剣を砕く。
背後でヴァンが息を呑むのが分かる。普段のルネならあり得ないほどに、鋭敏な感覚がそれを告げた。
鎧戦士が動揺せずに後ろに下がる。同時、すぐさま剣を顕現させる。彼ら金属悪魔にとって、武器は己の能力。あの剣は、いくらでも生成が可能なのだ。
しかしルネは、敵が構える前に飛び込み、剣を振り下ろす。
雷撃のような速度に、しかし鎧戦士は反応を示す。剣を持たぬほうの腕で、ルネの持つ魔鉱剣を掴んだのだ。
当然、その腕は破壊される。しかし速度と威力は軽減させられる。その間を上手く利用し、鎧戦士は身を捻り避けた。ルネの剣は地へ刺さる。
鎧戦士が体勢を戻すと同時に剣を横薙いでくる。互いに間合いの中にいたルネ。彼の剣は地にめり込み、その体躯は無防備。
――の、はずだった。
次の瞬間、鎧戦士の体が左右に切断された。
地面に刺さった剣を、ルネが無理矢理引き抜いて、斬り上げたのだった。
無茶な駆動。けれど今のルネにはできる。できるという確信があった。
左右に分断され、鎧戦士の体が倒れて行く。鎧戦士の振るった剣は、宙を斬るだけ。
金属音を立てて、悪魔の体が地に落ちた。
鎧戦士が倒れるのを確認し、ヴァンは自分の頬が緩むのを感じていた。
ただの人間が、大剣を片手で振るえるわけがない。ましてや、ただの人間では持つことすら出来ないほどに重い魔鉱剣を振るえるわけがない。
そう――間違いない。確信はしていたが、確証はなかった。
「見事だな」
ヴァンが声をかけると、ルネは振り返ること無く倒れた。ヴァンはゆっくり近づき、それを抱える。
その身の持つ熱に気付き、眉をひそめた。
意味あるだろうかと思いながらも、ルネから魔鉱剣を奪い、氷を現出する。
現出した力がルネから熱を奪っていく。ルネの熱は、恐らく強行的に動かした体が排熱を行えなかったせいだろう。ヴァンにも経験がある。無茶苦茶な鍛えられ方をしたせいで、何度も死にかけた。
ルネの異常なまでの身体能力の向上。
間違いなくこれは、鉱術だ。
無論、ヴァンの扱うものとは大きく違う。熟達した鉱術師であるヴァンでも、ここまで運動能力を高められるかどうか。
ヴァンが目を細める。
「ルネ、お前は強い。ただ、お前の力を知っているものが、お前自身も含めて誰もいなかったというだけだ」
仕方が無い。これは鉱術師よりも希少な存在。ヴァン自身、片手で数える程しか、その存在を見たことが無い。
鉱術師は、鉱術を使う為の容量を体に創る。容量の素体の有無が鉱術師の才能と言っても過言ではない。しかし容量の素体を持っていても、気付かれないこともある。
「鉱術師としての才を持つものが、容量を素体のまま残す。その者が武術を修めたとき、素体は変異を起こす。一つの才能を創り出す」
「ルネ=ベルモンド。お前は騎士の才能がある――最強の近接型鉱術師の才能が」
明日は私用のため、投稿はありません




