聖夜に愛の巣へ乗り込んでくる迷惑系サンタ(美少女)《前編》
クリスマスはどう過ごしますか?
そんな使い古された質問が毎年のようにテレビやネットニュースで取り上げられるのは、それがありふれたものではあるけれど、やっぱり万人にとっては特別なものだからなのだと思う。
『家族と過ごしま~す』
『友達と』
『彼と』
『彼女と』
『告白……します』
『プロポーズ。勝負に出ようかと』
『引きこもって泣く』
『サンタ狩り行きます』
『領域展開』
『普通に仕事ですが?』
以上がネットニュースに出ていたアンケートの回答例。一部明らかにおかしいものがあるけれど、その辺はネタに違いない。
因みに私が大学で田舎に出てくる前は、学校が休みなら夕方まで友達と過ごし、夜は家の皆でで楽しむのが通例だった。
ここでの皆が、隣に住んでいた幼馴染とその家族も含んでいるのは言うまでもなく。そう考えると私はなんやかんやで20年以上もクリスマスを彼と過ごしてきたんだなぁと今更ながら気がついた。
「……早いなぁ」
午前中に大学で卒業論文を少し勧めた帰り道。
そんな呟きが思わず漏れる。今年で私達は大学四年生。春が来たら卒業して……今度は社会人として歩んでいくことになる。大学生としては、最後のクリスマス。せっかくだから豪華にいこうか。と、前々から彼とは話していて、今日の午後からはショッピングとイルミネーションデートを経て、ちょっと背伸びしたホテルにお泊りの予定だ。
もうこれ以上にないくらいクリスマスな予定なので、今からちょっとウキウキしてるのはナイショである。
因みに彼はまだ大学に残り、レポートを頑張っている。期限的にはまだまだ余裕があるのだが、今出来ることはやっておきたいのだとか。
合流は14時。そのまま待っていてもよかったけど、ここで私はあえて一時帰宅を選択した。
同棲していると機会が減る待ち合わせをやりたかったのもあるし、せっかくだし家を出てきた時とは違う服を着て――勿論今は適当な服を着ているという訳ではない――、彼をびっくりさせるのもまた一興だろう。
「…………ん?」
そんな脳内プランを組み立てながら、私はマンションの階段を上り終える。思わず足を止めてしまったのはその時だった。部屋の前に誰かが立っていたのである。
「……おかしいなぁ。やっぱりいないのかなぁ?」
女の子がそこにいた。可愛らしいクリーム色のダッフルコートを着込み、上品なショルダーバッグを肩から下げている。色白かつ遠目でも分かる整った顔立ちに、ミルキーブラウンの艷やかロングヘアー。
物凄い美少女だ。この世に美の女神がいるんだとしたら、ちょっとやり過ぎでは? と抗議したくなるくらいの美少女だった。
むかっ。と僅かに感情が揺れる。
改めて見なくても女の子は私と彼の部屋の前にいて、インターフォンを鳴らしている。今はほぼ絶滅しつつある訪問販売等ではなさそうだし。何より、私には見覚えがない子。つまり……。あの美少女は高い確率で彼の知り合いだということだ。
そんな子が、クリスマスイブに彼を訪ねてきているのだ。彼女としては、内心穏やかではいられないというものである。
「……むむ、こうなったら“先生”に電話を…………あら?」
そこでようやく、向こうもこちらに気づいたらしい。クリクリした瞳が私の姿を捉えて……直後、その目が何か、見覚えのある含みを持った輝きを放つ。
「……こんにちは。先生の……辰さんの今の恋人さんですよね?」
懐かしいなぁこの感じ。なんて心の中でぼやく。
私に言わせれば彼はカッコいいので、やっぱりモテるのだ。だからこそ、こういう手合いがたまに私の方にちょっかいをかけてくる。なんてことが何回かあったりもする。
尚、友達である結衣ちゃんにこのことを愚痴ったら、彼女は苦笑いしながら。
『まぁ、辰くんは内心はともかく、綾とは違って恋人が好き好きオーラ出してないからねぇ。ワンチャン行けるのでは? って勘違いする奴もいるんだろうさ』
なんて言っていた。そんなに私、わかりやすいのかな?
ともかく。今わかることはただ一つ。目の前にいるこの娘は……。
「こんにちは。ええ、そうですね。……彼に何か御用でしょうか? 今日は私共々帰ってこないので、何か伝言があれば伝えておきますよ?」
彼に群がる……悪い虫さんだ。
※
振り返ってみると、ここ数年というか、大学に入ってからのクリスマスは、なかなかに印象深いものが多いような気がする。
一年目。初めての二人きりでのクリスマス。私が風邪をひく。色々好き放題されたけどイチャイチャした。
二年目。彼がメリーをめぐる冒険のため、平行世界?
だったかを渡ったらしい。帰ってきてからイチャイチャしたけど
三年目。ミニスカサンタでイチャイチャ。
そして四年目は。
「先日辰さんにフラれたので、クリスマスを邪魔しに来ました!」
なんだァ? てめェ……。
私キレた。は、冗談として。この清々しさは呆れるのを通り越して感動すら覚えそうだった。ただ、このいい意味でも悪い意味でも真っ直ぐなのは年相応さの現れなのか。
「うん、砂夜子ちゃん。気持ちはわかるんだけど……」
「帰りませんよ! 私を部屋に上げちゃったのが運の尽きです! 私はここを動きませんよ! あと綾さんありがとうございます! カフェオレ凄く美味しいです!」
「うん、それはまぁ。よかったわ。クッキー食べる?」
「食べたいです!」
不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった私がいた。
改めて目の前でくぴくぴと甘くしたカフェオレを飲む女の子を見る。
雨宮砂夜子ちゃん。かなり大人びた容姿だったので初見では高校生か、大学一年生だと思っていたら、まさかの中学生だった。
彼ってば、こんな幼気な少女を一体どこで誘惑してきたのか。取り敢えず蹴ろうなんて思っていたら、バイト先での教え子なんだという。彼は砂夜子ちゃんの家庭教師らしい。……なんということでしょう。私、知らなかったんだが。尚、その時の反応がまた面白かった。
「フフフ……その様子では知りませんでしたね? これは信用されていませんねぇ? 彼女なのに! どんな気持ちですか? 知らないとこで彼氏が女と二人きりで密会です。彼女に内緒で! いやぁ、これは致命的な……」
「……でも、別に何も起きてはいないんでしょ?」
「……………………………そ、そんなことありません! えっと……抱きしめてくれました!」
今の間は何だ今の間は。それと、抱きしめたくらいで私が動揺すると思ったら大間違いだ。何故か? まず彼から抱きつくはあり得ない。私が口説き落とすのに何年苦労したと思っているのだ。大方転びかけたのを受け止めてもらった。辺りだろう。それを言ったら案の定目が泳いでいたので間違いなさそうだった。
……そんな訳で、私はこの時から砂夜子ちゃんの扱いを悪い虫から何か辰を大好きになっちゃった可愛い子に変更。カフェオレを出して帰っていただく方向に舵を切ることにしたわけなのである。
いいのかそれで。と、思うだろうが、残念ながら私の中には不変なものがある。油断していると言われたらそれまでだが、多分この娘は……。
「私が恋敵にはなり得ない。そう思ってますね?」
「う〜ん。まぁ、そう……かな」
そもそも恋敵とは取り合いする相手であり、既に私が彼と恋人な以上、可哀想だが競争は起こり得ないのである。
というか……失礼だし、ベタ惚れかと笑われるかもしれないが、彼が砂夜子ちゃんに靡く図がどうしても想像出来ない。
「辰さんを信じてるんですね。……悔しいけど素敵です」
「……砂夜子ちゃん、頭撫でてもいい?」
「どうぞ! でもそうやって油断してるからこそ、私にチャンスが巡ってくるというものです!」
「ふーん。自信あるの?」
「……ぶっちゃけ、どうあがいても攻略出来そうもないので、ヤケクソでここに来ました!」
素直か。
ますます庇護欲とかが湧き出てきて、気がついたら彼女の頭に手を乗せてしまう。髪はツヤツヤで、指通りもいい至高の触り心地。私も気を使ってるし負ける気はないが……むむ、やりおる。
「……なんで癒やされた顔してるんですか。仮にも私は綾さんの彼氏を狙う泥棒猫ですよ? クリスマスだって邪魔してますよ?」
「因みに今、彼に連絡したわ。砂夜子ちゃんもいるって言ったら、ここに来るって」
「何てことしてくれるんですか!」
砂夜子ちゃんは大慌てでショルダーバッグから手鏡を取り出して髪を整えると、そのままリップクリームを唇に滑らせる。
「……よし」
「砂夜子ちゃん。お友達に天然とか言われない?」
「失礼なこと言わないでください。こう見えて一番上のお姉ちゃんです。しっかり者です」
「でも言われるでしょ?」
「……納得はしかねますが、わりと」
多分学校ではモテるんだろうなぁ。あと、一部の女の子からは敵意を向けられてそうだ。なんて感想を抱いた。いい意味でも悪い意味でも目立ちそうではあるし。
「……そうですね。実際、陰湿な人はいますよ。髪にガムをつけようとしてきた人もいました。わざと先生が来るルートに移動して罠に嵌めてさしあげましたけど」
「わお。結構したたかなとこもある……ん?」
少しの違和感を覚えて、砂夜子ちゃんを見る。彼女はどことなく神妙な顔で私を見返してきた。
「……砂夜子ちゃん、私って――」
「そんなに分かりやすい? 顔に出てる?」
「そんなにわかりやす――……え?」
一語一句言おうとしていたことを言い当てられて、私の思考が混乱する。すると砂夜子ちゃんは悪戯が成功した子どもみたいにクスクスと笑みを浮かべた。
「普段はこんなリスキーなこと、やらないんですけどね。他ならぬ辰さんの彼女さんなので。……あっ、辰さんには遠回りになりますが、歩道橋は使わないようにと、連絡しておいてください。そこさえ避ければまぁ、大丈夫でしょう」
「……え? えっと……」
「早くしてください。今日のクリスマスデートを台無しにしたくなければ」
わけも分からぬまま、トークアプリで彼に連絡を入れる。「了解」と短い返事が返ってきた。どうしてと疑いもしない辺りから、私は猛烈に嫌な予感がし始めていた。
脳裏を懐かしい奴の姿がかすめていく。
亜麻色の髪。宝石みたいな青紫の瞳。どこか浮世離れした美しさ。
「砂夜子ちゃん、貴女……」
「ああ、安心してください。私、霊感的なのは欠片もないですから。……まぁ、別のものは視えるんですけど」
震えながら私が真実を問おうとすると、砂夜子ちゃんは先んじてこちらの不安を打ち消してくれた。
だが、それでも私の中にある漠然とした震えは鎮まらなくて……そうして初めて、私は幽霊の類が怖いのではなく、非日常に恐怖があるのだと実感した。何故なら……
「違いますね。間違ってますよ綾さん。貴女は非日常が怖いんじゃない。……あ、幽霊は素で怖いみたいですけど、本質で一番恐れているのは、辰さんが何処か遠くへ行ってしまうことです」
キラリ。キラリと砂夜子ちゃんの瞳が光を放つ。それは、オーロラを思わせる妖しい極彩色を放って……すぐに元のブラウン色に戻ってしまう。
「目の錯覚ではありませんよ」
「――っ!」
再び胸の内が暴かれる。怯みかけるが、なんとか心に喝を入れる。ここで引くわけにはいかない。そんな直感があった。
「……何が目的なの?」
私の声色が変化したのを感じ取ったのか、砂夜子ちゃんは複雑そうに頭を振って……。
「サンタクロースをしにきました」
「…………はい?」
どういうこと? と首を傾げる私に砂夜子ちゃんは仕方ないんですというように肩を竦めながら、歌うようにその言葉を告げた。
「そうですね。辰さん達みたいに言ってみましょうか。カミングアウトさせてもらうと、私は……ちょっと素敵な脳細胞と、視神経を持ってるんですよ」
だから辰さんにハッピーエンドをプレゼントして……ついでにムカつく綾さんに八つ当たりに来たんです。
親指を立てて、砂夜子ちゃんは今日一番の笑顔でそう言った。
シリアスはございません。ギャグ回です
後編は明日の夜に




