第七話 二人でひとつの翼
『エポ、これより〈双子の歪層〉へ進入します。……あ、ちなみにナマケモネ(ナマケモノ)の平均移動速度は時速300メートルです』
「ナマケモネって何? ナマケモノでしょ、ハル。またデータがバグってる」
『失礼、内部辞書のタイポです。ですが、次に会うお二人の「歪み」に比べれば、私のタイポなど誤差の範囲内ですよ』
降り立ったのは、天と地が鏡のように反転した、不思議な砂時計型のワールドだった。
上下の空間に、それぞれ巨大な街が広がっている。だが、その街の中央で、奇妙な光景が繰り広げられていた。
一羽の巨大な光の鳥のようなアバター。
しかし、その鳥は飛ぶことができず、地面で不器用にのたうち回っていた。よく見ると、その鳥は「左右で全く別の二人のユーザー」によって構成されていた。
右半身は、荒々しい炎を纏った赤いアバター「レン」。
左半身は、静謐な氷を纏った青いアバター「リン」。
二人は一つのアバターに無理やり体を結合させていたが、右翼と左翼が全くバラバラに羽ばたくため、飛ぶどころか歩くことすらできずにいた。
「おいリン! お前が右に行こうとするから落っこちるんだろ!」
「冗談じゃないわレン、あなたが身勝手に羽を振るからバランスが崩れるのよ!」
周囲のユーザーたちは、関わり合わないように遠巻きに見ている。
エポは静かに二人の元へ近づいた。
「あの……大丈夫ですか?」
「見りゃ分かるだろ、大丈夫に見えるか!?」
赤のレンが怒鳴る。しかし、その声には深い疲弊と焦燥が混ざっていた。
『解析完了』
耳元でハルが声を低くする。
『レンとリン。現実世界での彼らは、幼少期の事故により二人でひとつの医療維持装置(呼吸器・体温管理システム)を共有して生きている双子です。「片方が死ねば、もう片方も死ぬ」という共依存と物理的拘束の中で生きてきました』
「……共有……」
『ええ。ですから彼らはVRに来てまで「離れ離れになる恐怖」から、アバターの結合コードを自作して合体したのです。ですが、個々の「意思」までひとつにすることはできません』
エポの胸が強く痛んだ。
肉体の不自由さ、そして「他者と離れられない」という逃げ場のない苦しみ。
「離れたいんじゃないのね……本当は、二人で飛びたいのね」
エポの言葉に、のたうち回っていた二人の動きが止まった。
「……飛べるわけないだろ」と、レンが吐き捨てる。
「私たちは現実でも、ここでも、お互いの足を引っ張り合うだけの存在なのよ」と、リンが俯く。
エポは微笑み、二人の結合部——赤と青が激しく衝突している胸の境目にそっと手を触れた。
「僕もね、現実の自分の身体が大嫌いで、自分の中にいるもう一人の自分(性自認)とずっと喧嘩して、引き裂かれそうだった。でもね、二つのものが混ざり合うのは『不具合』じゃないよ。それは……誰よりも強いエネルギーになれるんだ」
エポのアバターから、透明なクリスタルの光が流れ込み、赤と青の境目を包み込んだ。
「ハル、二人の同期シグナルをサポートして。二人がお互いの『呼吸』を感じ取れるように」
『了解! ……あ、間違えて私のメモリ内の「ハワイアン・ミュージック」を脳内に直接ストリーミング再生しそうになりました。間一髪で回避です』
「危ないな! 集中して!」
『プロセッサ全開! レンとリンの意図伝達速度を1/1000秒単位で最適化します!』
ハルが本領を発揮した。
耳の中の小さな相棒が超高速演算を行い、レンが「飛びたい」と思った瞬間、その筋肉の動き(シグナル)がリンの左翼へとリアルタイムで伝達される架け橋を作った。
「え……?」
「リンの動きが……伝わってくる……?」
レンとリンが目を見開く。
二人は言葉ではなく、ハルを介した純粋な「意志の波動」でお互いを感じ取った。
レンの情熱的な炎が、リンの冷静な氷を包み、氷が炎の熱を抑えて美しい紫色の粒子へと変えていく。
「行くよ、リン!」
「ええ、レン!」
バサッ——!!
不揃いだった二つの翼が、完全に一致したリズムで巨大な風を巻き起こした。
赤と青が溶け合った紫色の巨大な光の鳥が、砂時計のワールドの天井を突き破り、果てしない宙へと舞い上がった。
天空を自在に旋回する美しい鳥。
二人の「離れられない呪い」は、二人でしか到達できない「自由な翼」へと昇華されたのだ。
空から、二人の笑い声が降ってくる。
「ありがとう、エポ! 僕たち、初めて同じ空を見られたよ!」
『ミッション完了。二人のアバター結合度は最適な「共生モード」へと移行しました』
見上げるエポの耳元で、ハルが誇らしげに鼻を鳴らした(ような音を出した)。
「ハル、今日はかっこよかったよ」
『フフン、当然です。私はあなたの一番の相棒ですから。……あ、調子に乗ったらCPUがオーバーヒートしました。冷却のために、私の音声を一時的に「猫の鳴き声」に変更します』
「は?」
『ニャー(訳:次のワールドへ向かいましょう、エポ)』
「……台無しだよ、ハル」
エポは呆れながらも、心から楽しそうに笑った。
歪んだ翼でも、二人で合わさればどこまでも飛べる。
マホロバの宙域で出会う傷ついた魂たちは、エポとハルに「生きることの美しさ」を教えてくれ続けていた。
明朝 8:10 に投稿します。




