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第十話 この町の影

 三月七日、金曜日。午後四時。


 わたしは、ノートを、閉じた。鞄に、入れた。


 放課後、神社に、行こうと、決めて、いた。


 柴田静流、十四歳、一年C組。


 この一年間、わたしは。記録を、つけて、きた。


 影見町で、起きた、おかしなことを。怪異に、遭った人の、話を、聞いて。ノートに、書いた。日付。名前。年齢。何が、起きたか。


 最初は。ただの、好奇心、だった。


 夕方の、影見町で。妙なことが、起きる、という、噂。誰かが、いなくなる、という、話。わたしは、それを、確かめたくて。話を、聞いて、回った。


 でも。聞けば、聞くほど。書けば、書くほど。


 わたしは、一つのことに、気づいて、しまった。


 全部。


 つながって、いた。



 わたしが。最初に、記録したのは。颯太の、話だった。


 去年の、春。同じ、クラスの、颯太が。「最近、誰にも、気づいて、もらえない」と、つぶやいて、いた。出席を、取られない。話しかけても。すぐ、忘れられる。


 わたしは。それを。ノートに、書いた。日付と。颯太の、名前と。何が、起きて、いるかを。


 書いたら。少し。気持ちが、落ち着いた。


 わからないものを。言葉にして。形に、すると。すこし、立ち向かえる、気が、した。


 それから。わたしは。妙な話を、聞くたびに。書くように、なった。


 朔也。莉子。さとみ。詩織。拓海。葵。光樹。ひかる。真帆。悠人。


 一人ずつ。話を、聞いて。書いた。怖い、話ばかりだった。でも。書いて、いるうちに。気づいた、ことが、あった。


 書いた人は。みんな。助かって、いた。


 黒板の、影を、消して。缶を、買うのを、やめて。さとみを、覚えて、いて。借りるのを、やめて。バスに、戻って。覗くのを、やめて。トンネルを、引き返して。時計を、外して。


 ぎりぎりで。戻って、きた、人ばかり。


 わたしは。いつのまにか。この町の。「記録者」に、なって、いた。


 誰に、頼まれた、わけでも、ない。ただ。書かずには。いられなかった。



 颯太の、黒板の、影。


 朔也の、缶の底の、文字。


 莉子の、グループの、三十七人目。さとみの、消えかけた、席。


 詩織の、図書室の、貸出カード。


 拓海の、最後のバス停。「もういい」と、座る、生徒。


 葵の、深淵を、覗く、スマホ。


 光樹の、山のトンネル。家も、人も、ない、別の町。


 ひかると、真帆の、消えた写真。影だけ、残して、消えていく人。


 悠人の、時計の、裏。死んだ人の、時刻へ、引き寄せる、針。


 九つ。


 九つの、話を、書いた。


 ばらばらの、怪異の、ように、見えて。


 でも。


 全部。一つの、方向を。指して、いた。



 颯太が、最後に、行ったのも。神社だった。


 朔也の、自販機が、向いて、いたのも。北。影見神社の、方向。


 さとみが、引き寄せられたのも。神社。


 拓海の、バスの、終点も。影見神社前。


 悠人の、時計が、止まった、踏切も。神社の、ある、北の、線の、上。


 光樹の、トンネルも。北の山を。影見神社の、ある、山を。貫いて、いた。


 葵の、覗いた、深淵も。ひかるの、消えた、写真も。たどって、いくと。みんな、同じ、ところに、行きついた。


 影見神社。


 わたしは。その、中心に。何が、いるのかを。確かめに、行くことに、した。


 怖かった。でも。記録者として。最後まで、見届けなければ、と、思った。



 影見神社は。北の、山の、ふもとに、ある。


 古い、神社だった。参道は、薄暗く。両側を、杉の、木が、囲んで、いた。苔むした、灯籠が、並んで、いた。


 わたしは、参道を、登った。


 日が、傾いて、いた。夕暮れ。


 縁起に、あった、一節を、思い出した。


 「此の地には古より影宿り、夕べになれば世の境ゆらぐ」


 この、土地には。古くから。影が、宿って、いる。夕方に、なると。世の、境が、ゆらぐ。


 まさに、その、夕方だった。


 空が。赤から、紫へ。変わって、いく。木々の、影が。長く、長く。参道に、伸びて。重なって。


 逢魔が時。


 一歩、登るごとに。空気が。少しずつ。冷たく。重く。なって、いった。


 わたしは、拝殿の、前まで、来た。


 その、奥に。小さな、社が、あった。古い、木の、社。


 その、扉が。


 少し。開いて、いた。



 わたしは。社の、奥を、覗き込んだ。


 暗かった。最初は、何も、見えなかった。


 目が、慣れてくると。


 奥に。小さな、影が。うずくまって、いた。


 子供の、形を、した。


 黒い、影。


 顔も、手も、足も。輪郭しか、なかった。ただ、黒い、人の形。子供の、大きさの。


 それは。眠って、いるように、見えた。社の、奥で。膝を、抱えて。静かに。


 わたしは。小さな、声で。言った。


 「あなたが」


 「あなたが。全部の、もとなの」


 黒い影の、子供は。


 ゆっくりと。顔を、上げた。


 顔は、なかった。でも、こちらを、見た、気が、した。


 そして。声が、した。


 子供の、ような。でも、ずっと、年老いた、ような。不思議な、声。


 「やっと、来たね」


 「ずっと、待ってた。お前が、ここに、来るのを」


 わたしは。震える声で。聞いた。


 「あなたは。誰なの」


 子供は。少し、首を、傾げた。輪郭だけの、黒い、頭が。かしいだ。


 「もう。忘れちゃった」


 「ずっと、昔。この、山の、ふもとに。子供が、いた。一人で。誰にも、見て、もらえなくて。誰にも、覚えて、もらえなくて」


 「その子は。死んだのか。神隠しに、あったのか。わからない。気づいたら。この、社の中で。眠って、いた」


 「目を、つむると。夢を、見る。町の、夢。みんなが、いる、夢。さみしくないように。みんなが、いる、夢を、見るんだ」


 「でも。目を、覚ますと。誰も、いない。だから。ずっと、眠って。夢を、見続けて、いる」


 わたしは。その、黒い影を。見て、いた。


 こわい、はずだった。


 でも。少し。かわいそうに。なった。


 誰にも、見て、もらえなかった、子。誰にも、覚えて、もらえなかった、子。さみしくて。町ごと。夢に、見て、いる、子。


 その、夢の、はじっこで。怪異が、生まれて。誰かが。飲み込まれて、いく。


 この子は。たぶん。誰かを、傷つけたくて。怪異を、生んで、いる、わけでは、なかった。


 ただ。さみしくて。眠って、いる、だけ、だった。



 「ここは、夢の中なんだ」と、子供は、言った。


 「影見町は。わたしが、見て、いる、夢」


 「昼の、影見町は。普通の、町。みんなが、起きて、いる、町」


 「でも。夜に、なると。夕方に、なると。わたしが、見て、いる、夢が。本物の、町に。しみ出す」


 「だから。世の、境が、ゆらぐ」


 「黒板の、影も。缶の底の、文字も。三十七人目も。バス停の、生徒も。トンネルの、向こうの、町も。消える、写真も。止まる、時計も」


 「全部。わたしの、夢が。作った、もの」


 わたしは、聞いた。


 「あなたが。夢を、見るのを。やめれば。怪異も。なくなるの」


 子供は。しばらく、黙って。


 それから、言った。


 「うん。でも」


 「夢の中に、いる人も。いなくなる」



 「夢の中に。取り込まれた、人たちが、いる」と、子供は、言った。


 「帰れなく、なった、人たち。バス停で、待つ、生徒。トンネルの、向こうの、町に、迷い込んだ、人。写真から、消えた、人。三十七人目に、入れ替わられた、人」


 「みんな。まだ。わたしの、夢の中に、いる」


 「もし。わたしが、夢を、やめれば。夢は、覚める。怪異は、消える。新しく、取り込まれる人も。いなくなる」


 「でも。今、夢の中に、いる人は。覚めた、夢と、一緒に。消える。二度と。戻って、こない」


 わたしは。息を、呑んだ。


 「だから」と、子供は、言った。


 「お前が、書く、限り。わたしは。夢を、見続ける」


 「お前が、最後に、書いた、とき。夢が。終わる」



 わたしは。わからなかった。


 なぜ、わたしが、書くことと。子供が、夢を、見ることが。つながって、いるのか。


 子供は、言った。


 「記録と、夢は。互いを、作りながら。続いて、いる」


 「お前が、怪異を、記録する。記録されると。その怪異は。『確かに、あったこと』に、なる。確かに、あったことに、なると。わたしは。その夢を。見続けられる」


 「お前が、書くのを、やめたら。記録が、途絶える。記録が、途絶えたら。わたしの、夢も。続かない」


 「夢が、終われば。怪異は、消える。でも。取り込まれた人も。消える」


 「だから。お前は。書くか。やめるか。選べる」


 「書けば。怪異は、続く。でも。取り込まれた人にも。戻ってくる、隙間が。残る」


 「やめれば。怪異は、消える。でも。あの人たちは。永遠に。帰って、こない」



 子供は。小さな、手を。わたしの、方へ。伸ばした。


 「見る?」


 わたしが、答える、前に。


 社の、奥の、暗がりが。ぐにゃり、と、歪んだ。


 そこに。町が。見えた。


 暗い、影見町。灯りの、ない、町。夜なのに。星も、月も、ない、空。


 その町を。人々が。歩いて、いた。


 古い、制服の、生徒が。終わらない、バスを。ベンチで、待って、いた。膝の上に。白い紙を、持って。


 一人の、男の人が。出口の、ない、町を。ずっと。歩いて、いた。同じ、角を。何度も。曲がりながら。家を、探すように。


 名前も、顔も、ない、女の子が。一枚の、写真の、中から。こちらを。見て、いた。


 みんな。静かだった。叫びも、しない。泣きも、しない。ただ。歩いて。待って。さまよって、いた。


 夢から。覚めるのを。待つように。


 あるいは。もう。覚めることを。諦めた、ように。


 「この人たちは」と、わたしは、聞いた。「戻れるの?」


 「お前が、書く、限り」と、子供は、言った。「夢が、続く、限り。いつか。誰かが、気づいて。連れ戻しに、来るかも、しれない。さとみが、そうだった、ように」


 「でも。夢が、終われば。この人たちは。夢ごと。消える。最初から。いなかったことに、なる。覚えて、いる人も。いなくなる」


 暗がりが。すうっと。元に、戻った。


 ただの。暗い、社の、奥に。



 わたしは。社の、奥の。黒い影の、子供を。見た。


 書けば。


 怪異は、続く。これからも。誰かが、夜の影見町で。おかしなものを、見る。帰れなく、なる人も。出る。


 でも。書く、限り。すでに、取り込まれた人にも。戻ってくる、隙間が、残る。記録が、残れば。誰かが、読む。気をつける人が、増える。助かる人が、増える。


 やめれば。怪異は、消える。新しい、被害は、出ない。


 でも。今、夢の中に、いる人は。永遠に。帰って、こられない。


 拓海が、声を、かけた、バス停の、生徒。さとみ。写真から、消えた人。トンネルの、向こうの、人。


 みんな。


 わたしが、目を、閉じると。まぶたの、裏に。たくさんの、人影が、見えた、気が、した。


 暗い、影見町。灯りの、ない、町。その、あちこちに。帰れなく、なった人たちが。立って、いた。バス停で。トンネルの、向こうで。空っぽの、教室で。暗室で。みんな、こちらを。わたしを。見て、いた。


 助けて、と。言うように。まだ、いるよ、と。言うように。


 わたしが、ノートを、閉じれば。その人たちは。夢と、一緒に。消える。


 わたしが、書き続ければ。その人たちには。まだ。帰り道が。残る。


 わたしは。目を、開けた。


 心臓が。ばくばく、して、いた。


 怖かった。


 書くと、決めれば。わたしは。これから。ずっと。怪異を、見続ける。怖い、話を、聞き続ける。一人で。この、重いものを。抱え続ける。


 やめれば。楽に、なれる。


 もう。夜の影見町に。おびえなくて、いい。妙な噂を、追いかけなくて、いい。普通の、中学生に。戻れる。


 ノートを、閉じて。火を、つけて、燃やして、しまえば。それで。終わる。


 でも。


 やめた、瞬間。


 あの、暗い町の、人たちは。消える。


 バス停の、生徒も。出口を、探して、歩く、男の人も。名前のない、女の子も。


 わたしが。楽に、なる。その、代わりに。


 あの人たちは。最初から。いなかったことに。なる。


 誰の、記憶からも。消える。


 わたしには。


 それは。


 できなかった。



 わたしは。言った。


 「書く」


 黒い影の、子供に、向かって。


 「まだ、書く。やめない。書ける、限り。書く」


 子供は。しばらく、黙って。


 それから。また、膝を、抱えて。社の、奥で。目を、閉じた。


 「そうか」と、子供は、言った。


 「じゃあ、夢は。続くね」


 「お前が、書く、限り」


 わたしは。社の、扉を。そっと、閉めた。


 参道を、下りた。


 日が。木々の、あいだから。最後の、光を。差して、いた。


 その光の中で。わたしの、影が。長く。参道に、伸びて、いた。


 ちゃんと。わたしの、形を、して。ついて、きて、いた。


 わたしは。鳥居を、くぐった。


 外に、出ると。町には。もう。明かりが、ともり、始めて、いた。家々の、窓。街灯。遠くの、コンビニの、看板。どこかの、家の、夕飯の、匂い。自転車の、ベル。


 いつもの。生きて、いる。影見町。


 さっきの。暗い。灯りの、ない、町は。夢の、向こうに。沈んで、いった。


 でも。わたしは。知って、いる。


 あの、暗い町は。消えた、わけじゃ、ない。この、明るい町の。すぐ、裏側に。重なって。今も。ある。夕暮れに、なれば。また。しみ出して、くる。


 わたしは。歩きながら。決めた。


 来年も。書く。再来年も。中学を、卒業しても。たぶん。書く。


 いつか。わたしも。大人に、なって。この町を。出る、日が。来るかも、しれない。


 その、ときは。


 誰かに。このノートを。渡さなければ、ならない。記録を。続けて、くれる、誰かに。


 でも。それは。まだ。ずっと、先の、話だ。


 今は。わたしが。書く。


 わたしが。この町の。記録者だ。



 やめないから。


 影見町は。今日も。影見町だ。


 夜に、なると。少しだけ、変わる、町。夕暮れに。世の、境が、ゆらぐ、町。


 影を、見る、町。


 影に、見られる、町。


 わたしは。書くことを。やめない。


 知って、いて。書く。


 怪異が、続くことも。誰かが、また、帰れなく、なることも。全部。知って、いて。


 それでも。書く、限り。帰って、こられる、可能性が。残るから。


 それだけのために。


 わたしは。家に、帰って。ノートを、開いて。この、第十話を、書いた。


 一年間の、記録の。最後の、一話を。


 そして。来年度。二年生に、なったら。また、書く。


 夜の。帰れない町の、話を。


 わたしが、書くのを、やめる、その日まで。



 この記録を読んでいる、あなたへ。


 あなたは。影見町怪異録の、一巻を。最後まで、読んだ。


 九つの、話と。この、最後の、一話を。


 もう。知って、しまった。


 放課後の、教室で。黒板の、影が、一つ、多いことを。夜の、自販機の、缶の底に。文字が、あることを。グループの、人数が、一人、多いことを。古い本の、貸出カードに。未来の、日付が、あることを。最後のバス停で。待つ、生徒が、いることを。スマホで、人の、深淵が、覗けることを。トンネルの、向こうが。別の、町に、なることを。写真から、人が、消えることを。死んだ人の、時計が。人を、引き寄せることを。


 知って、しまった、から。


 あなたは。もう。気づける。


 黒板の、影を、数えられる。缶の、底を、見られる。メンバーの、数を、確かめられる。足元の、影を、見られる。


 気づければ。たぶん。少しだけ。逃げられる。帰れる。


 知らないまま。飲み込まれるより。


 知って、いて。気をつける、ほうが。ずっと、いい。


 わたしは。書き続ける。


 あなたが。夜の影見町で。帰れなく、なった、とき。


 戻って、こられる、隙間を。


 閉じないで、おくために。


 だから。あなたに。一つだけ。お願いが、ある。


 もし、あなたの、まわりで。誰かが。いなくなったら。


 「転校した」とか。「引っ越した」とか。そう、聞いても。


 その人のことを。忘れないで、いて、ほしい。


 名前を。顔を。声を。覚えて、いて、ほしい。


 覚えて、いる人が。一人でも、いれば。その人は。まだ。夢の中から。戻って、これる。


 わたしが、書くのと。同じだ。


 覚えて、いることが。書いて、おくことが。


 その人の、帰り道に、なる。


 わたしは。記録者として。書き続ける。


 あなたは。あなたの、大切な人を。覚えて、いて、ほしい。


 そうすれば。この町は。誰も。完全には。消さない。


 ここは。影見町。


 影を、見る、町。


 影に、見られる、町。


 夕暮れに、なれば。


 世の、境が。


 静かに。


 ゆらぐ。


                            柴田静流、記す


──第十話 この町の影 了──


──影見町怪異録① 放課後の影 了──

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