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プロローグ


 あなたは今、本を開いた。

 それは正しい選択だったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。どちらにせよ、もう遅い。ページをめくった瞬間に、あなたはすでに影見町の入り口に立っている。

 ただ一つだけ、最初に言っておく。

 この本を最後まで読んだとき、あなたは必ず一度だけ——自分の影を確かめる。

 それが何を意味するかは、まだ教えない。


 影見町は、どこにでもある町だ。

 駅があって、商店街があって、学校がある。山が北側にあって、川が町の端を静かに流れている。コンビニがあって、古い神社があって、バスが一時間に二本走っている。春になると桜並木が美しく、夏は蝉の声がうるさいくらいに降り注ぎ、秋には山が赤く染まる。冬は少しだけ雪が積もる。

 ごく普通の、どこかにありそうな町。

 あなたの町に似ているかもしれない。あるいは、あなたがかつて住んでいた町かもしれない。もしかしたら——あなたの町そのものかもしれない。

 地図には載っている。住所もある。郵便も届く。役所があって、図書館があって、消防署がある。影見町立第二中学校には今日も生徒が登校して、授業を受けて、給食を食べる。先生が黒板に数式を書く。体育館でバスケのシューズが鳴く。誰かが廊下を走って怒られる。

 全部、普通だ。

 午前中は。


 放課後になると——世界が、少しずれる。

 ほんの少しだ。気づかない人の方が圧倒的に多い。影見町第二中学校に三年間通って、一度も気づかないまま卒業する生徒がほとんどだ。部活をやって、友達と帰って、塾に行って、家で宿題をやって、眠る。その繰り返しの中で、三年間があっという間に終わる。それで何も問題ない。気づかなければ、何も起きない。卒業アルバムの写真に全員ちゃんと写っていて、成人式でまた会えて、影見町での思い出は「楽しかった学生時代」として記憶される。

 それが、普通の過ごし方だ。

 でも。

 もし気づいてしまったら。

 放課後の教室に一人で残ったとき、黒板に人の影が映っていたら。帰り道の自販機で買った缶の底に、文字が書かれていたら。スマホのグループに、招待した覚えのない三十六人目がいたら。図書室の古い本の貸出カードに、まだ来ていないはずの未来の日付で自分の名前が書かれていたら。

 そのとき——この町は、あなたに話しかけてくる。

 優しくではない。

 ただ、静かに。


 影見町が「影見」という名前になったのは、いつのことかわからない。古い地図にはすでにその名前がある。由来を調べた人間は何人かいたが、どれも決定的な答えにたどり着けなかった。「影を見る町」という説がある。「影に見られる町」という説もある。どちらが正しいかは、誰も知らない。

 ただ、町の北の端にある影見神社の縁起には、こんな一節がある。

 「此の地には古より影宿り、夕べになれば世の境ゆらぐ。迷い込む者を責むるなかれ。影はただ、夢を見ているのみなれば」

 読んだ人間のほとんどは、古い言葉の綾だと思って通り過ぎる。

 しかし正しく読めば——この一節は、警告だ。


 この本には、十の話が入っている。

 十人の生徒が、放課後に何かと出会った話だ。

 一人は、黒板に積み重なる自分の影に気づいた。一人は、缶の底の文字に従い続けた。一人は、クラスのグループにいるはずのない誰かと言葉を交わした。一人は、図書室の貸出カードに未来の自分の名前を見つけた。一人は、バスの終点で知らない町に降り立った。一人は、人の夢を写すカメラで自分を撮った。一人は、トンネルを抜けるたびに別の景色に出た。一人は、文化祭の写真から人が消えていくことに気づいた。一人は、時間を巻き戻す時計を手に入れた。そして一人は——全部の話を聞いていた。

 消えた者もいる。戻ってきた者もいる。何も覚えていない者もいる。何かを手に入れた者もいる。それぞれが別々の話で、別々の放課後に起きたことだ。

 しかしこれらは全部つながっている。

 読み進めるうちに、あなたはそれに気づくだろう。気づいたとき、最初のページに戻りたくなるかもしれない。戻っても構わない。見落としていたものが、見えてくるかもしれない。


 一つだけ、聞いておきたいことがある。

 あなたは今、どこでこれを読んでいるか。

 昼間の明るい場所なら、安心していい。窓から光が入って、部屋の中がはっきり見えていて、自分の影が床にちゃんと落ちているなら——今のところ、大丈夫だ。

 でも夜なら。部屋の電気をつけていても、窓の外が暗いなら。

 少しだけ、注意してほしい。

 影というのは、光があるところにしかできない。暗い場所には影がない。だから暗い部屋は安全だと思うかもしれない。

 違う。

 影見町の話を読んでいる間は——暗いところに、いてはいけない。

 理由は、読めばわかる。


 最後にもう一つだけ。

 この本を誰かに勧めるとき、こう言ってほしい。

 「怖い話だよ」でも「面白いよ」でもなく——

 「影見町の話だよ」と。

 それだけでいい。

 受け取った人間には、その言葉の意味が、読み終わる頃にわかる。


 ようこそ、影見町へ。

 放課後が、始まる。

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