『ウンディーネは宵闇に惑う』番外編 休日、ホテルにて
隣の部屋の扉がパタンと閉まる音がして、僕は目を開く。カーテンの引かれたホテルの部屋は薄暗い。眠っている間に日が落ちていたらしい。寝室に灯りはついていない。
やがてカラカラとカートを押してセデュが寝室に入ってくる。スラックスを履いただけの上半身裸で、ベッドの上の僕を見て、暗闇の中でうっすらと微笑む。
「目が醒めたか。何か食べないか」
カートの上には一口サイズのサンドウィッチが載った大皿と、フルーツの盛り合わせ、それにワインのボトルが載っている。僕が寝ている間にルームサービスを取ってくれていたみたいだ。僕はシーツの間にのっそり起き上がって、寝ぼけ眼を擦る。気絶するまでセックスしてたから、僕のほうは真っ裸だ。でも身体の方はどこもべたべたしていないから、僕が気を失った後にセデュが綺麗にしてくれたんだろう。
…それにしても。
「きみ、そのカッコで応対したの…」
「ん?」
セデュが、下半身にスラックスを履いただけの、ミケランジェロのダビデ像みたいな、ほどよく筋肉のついた均整の取れた上半身を惜しげなく晒して、ホテルマンに対応したのかと考えると、なんか、モヤモヤする。
もしこれを運んだのが女の子だったらって考えたら、頭を抱えたくなるほどだ。そこのところが、いまいち、自覚がないみたいなんだけど。僕の恋人の、稀代の美貌をもつ、このセクシーな色男は。
「部屋には入れていない。お前の肌を見せるわけにはいかないからな」
「そーゆーことじゃなくてさあ…」
セデュはベッドに腰かけて僕を覗き込む。セックスの最中みたいな、甘い、蕩けるような目で僕を見て、シーツに落ちた長い髪を一房救い上げてそれに口づける。
「可愛い私のウンディーネ、身体はつらくないか? ベッドから降りられるだろうか」
「ん…からだは、だいじょーぶ…」
甘い空気がむず痒くて身じろぎながら僕は視線を逸らす。気絶するまでベッドを軋ませて、激しく愛し合った先刻までの記憶が蘇って、じわじわ身体の内側から発熱しているみたいに暑くなってくる。離れていると、もう奥が寂しくて、またすぐに突っ込んでもらいたくなってしまう。
貞操観念が緩くてビッチな僕は、どうやってセデュを誘おうかと悶々としながら、ぱかりと口を開けた。
「ごはん、食べさせて」
「動けないか? どこか痛むのか?」
「んーん。きみに、甘えたいだけ…」
近くにある彼に寄りかかって懐くと、優しい掌が僕の肩に触れて、よりきつく引き寄せる。
「甘えん坊だな、愛しいルーは…」
「呆れた? 面倒くさい?」
「…可愛いよ。可愛くて可愛くて、堪らない」
「…いっぱい動いたから、おなかすいちゃったな。はやくちょーだい」
「はいはい」
「ワインも飲ませて。口移しでも、いいよ…」
「……」
セデュは立ち上がって赤ワインの栓を抜いて、トクトクとグラスに注いで、少し躊躇ってからそれをぐいと煽った。
ホントにすると思ってなかった僕はちょっと驚いてまじまじと彼を見る。
お酒に弱いセデュはワインくらいの度数でも真っ赤になってへろへろになっちゃうから(それもめちゃくちゃカワイイんだけども)こういう戯れには、つきあってくれないと思ってたんだ。
セデュはワインを口に含んだままギシリとベッドに膝をついて乗り上げ、面白そうに見守る僕の顎をそっと持ち上げる。
ことりと傾いた美貌がゆっくり近づいて僕の唇にセデュのそれが触れる。やわらかくて、甘くて、弾力があって、いいにおいのそれが。
僕が迎えるように口を開けるとセデュの舌が忍び込んで、人肌で温まったワインが同時に流し込まれる。
僕はワインにというより、セデュの口づけに夢中になってうっとりぽやぽやして、セデュの唾液とワインとをこくこく喉を鳴らして飲み込みながら彼の舌を貪った。
初めてしたときから思っていたけど、セデュはキスがすごくうまい。それもこれも、俳優としての経験値のなせる業か、とか、考えだすとモヤモヤするけど。どんだけの数の女優さんと今までキスしてきたんだろーとか、ついつい考えちゃうけど! ま、まあ僕だってセデュに負けないくらい(?)女性経験は豊富なので、キスどころじゃない、ハードなプレイだってドカドカ経験してるので! セデュのキスでとろとろになってされるがままになっちゃうなんてそんな、処女みたいなことにはならないんだけどね!
「んむ、んちゅ、ちゅ、ぷはあ…」
息継ぎのために唇を離すと僕の顎に垂れた涎をセデュの親指が拭う。
じっと至近距離で見つめ合って、また影が重なりかけたそのとき、僕の腹の虫がグウと無遠慮な音を発した。
「……」
「……」
きゅるる、って腹の虫は鳴き続けて、僕は居た堪れなさにみるみる真っ赤になる。
チクショウ、空気を読めよなア! せっかくいいムードだったのに…もっかいセデュに、キスしてもらえそーだったのに…。
「…ふ」
唇を噛んでぶすくれる僕に堪えられないように笑って、セデュは離れていく。あああ、行かないでよー。もうちょっと僕を甘やかしてよう。
「どれがいい?」
「え? あ、じゃあ、生ハムとチーズのやつで…」
「これだな」
一口サイズのサンドウィッチを摘まみ上げたセデュがまた戻ってきて、僕の口に咥えさせる。雛に餌を運ぶ親鳥みたいに行ったり来たりして、口がパサパサになってくるようなタイミングでワインを口移しして、時間をかけて、僕はお腹を満たしていった。
僕に食事させる傍ら、僕の苦手なピクルスだとか、油でギトギトのベーコンだとかの入ったサンドウィッチはセデュが摘まんで、大皿が空になるとフォークで刺したイチゴだとか、オレンジだとかが代わって運ばれる。
僕は従順にそれらを迎え入れながら、甲斐甲斐しく働くセデュを上目遣いでじっとり見つめる。
そろそろまたキスがほしいなーって思いながら。…そろそろお腹も膨れたし、誘ってみようかな。体力もまた持ち直したし、まだまだえっちなこと、できそうだ。セデュは明日もオフだって言うから、たっぷり時間を忘れて愛し合うために、わざわざホテルに泊まってるんだし…。
物欲しそうな僕の目線に気付いたのか、セデュがカタリとフォークを置いてまたベッドに掛ける。
「満足したか?」
「……」
「ルー?」
「まんぞく、してない…」
「……」
シーツに手を突いたセデュが柔らかく微笑んだまま僕を促す。僕はじりじりとセデュににじり寄って、裸の腕を、彼の首に回してしがみついた。
セデュの掌が、すぐに僕の背に回り、宥めるように撫でおろす。
「まんぞく、してないよ。もっと、欲しい…」
「ルー、」
「きみが、ほしいの…もっと、いっぱい、ぼくを愛して、きみの愛を、からだの奥で、たっぷり、感じさせて…おわう」
シーツに引き倒されて僕は思わず色気のない声を出してしまって、ぱっと口元を覆う。
僕に覆いかぶさったセデュはうるうるした目で僕を見て、そっと優しく、頬に触れた。
「まだ、だいじょうぶか?」
「んん、へーき、だから、…きて、」
「…嬉しいよ、ルー。私も、お前を愛したい…」
「うん…えへへ…」
「おまえの身体の奥まで潜り込んで、おまえを暴きたい…」
「えへ、いーよ、ふふ…」
「おまえにも、気持ちよくなってほしい。わたしが感じているのと、同じくらい…」
「うん、ン…」
「冷え切ったおまえの肌が熱くなる瞬間、おまえの身体の裡の温もり、その吐息も、すべて愛しい…」
「わ、わ、わかったから…」
「この、陶磁器のような肌…絹糸のようなブロンド、甘やかな天上の音楽のような声…この指先、細くしなやかな…真珠色の愛しい指、奇跡を奏でる美しい指…」
「わーかったから! とっとと入れてよお! 羞恥プレイはもういいからア!」
ちゅっちゅっと僕の身体にキスを落としながら耳が孕みそうなセクシーボイスで囁かれて、僕は堪らず叫んでいた。セデュは彼にしては珍しく、取り乱す僕に声を上げて笑って、そうして第二ラウンドは、ちっともロマンチックじゃない、けどあまあまべたべたな、セデュの大好きな生クリームたっぷりのケーキみたいな雰囲気の中でスタートしたのだった。




