朝食を制すものは一日を制す
「さて、改めて確認だが、お前の朝食はパンかグラノーラだと言ったな?」
「はい」
「他にサイドメニューに何か付けるか?」
「後は、サラダが付くくらいでしょうか」
「そうか。ならば残念だが、あまり良い朝食とは言えないな」
「どうしてですか? 栄養バランスは整っていそうですし、野菜もしっかり摂ってるのに」
「いいや、最も重要な栄養素が足りないんだよ」
「最も重要な栄養素?」
「ああ。ズバリ言うと蛋白質だ。お前の朝食は低蛋白なんだよ」
「蛋白質っていうと、お肉とかに含まれてるヤツでしたっけ?」
「そうだ。それでは蛋白質について少し説明しよう。っと、その前にドリンクお代わりだ」
「またですか。すごい飲みますね」
「まあ、飲み放題だ。飲まなきゃ損だろう」
京加賀はウーロン茶を持って来て一口飲む。
「さて、人体の約6割は水だが、水を差し引くと、最も多いのが蛋白質なんだ。何と、肉体の5割弱が蛋白質なんだよ」
「そんなに多いんですか」
「筋肉に内蔵、それらは蛋白質がベースで作られている。ちなみに蛋白質は英語でプロテインというんだが、その語源はギリシャ語の『プロティオス』から来ており、『最も重要なもの』、『第一の』という意味がある。語源からも蛋白質は人体にとって最も重要な栄養素であると分かるはずだ」
「はい」
「さて、朝食の話に戻るが、まずはパン食から見ていこう。太田はパンには何かを付けて食べるか?」
「ええっと、トースターで焼いて、マーガリンとジャムを付けて食べてます」
「なるほど、最悪だな」
「そんなに最悪ですか」
はっきりと断言されてしまい、太田は苦笑いを浮かべる。
「先ほど言った通り、小麦粉は炭水化物であり糖質だ。もちろん小麦粉から作られているパンは糖質と言う事になる。それにジャムも糖質を煮詰めて食べているようなものだ。糖質・オン・ザ・糖質と言った所だな」
「ラーメンライスみたいな感じですかね」
「そうだな。ちなみにジャムの中でもマーマレードなどは更に最悪だ」
「えっ、私ちょこちょこ食べてますが…」
「マーマレードは皮に農薬の沁みついた柑橘類を皮ごと煮詰めている。つまり、農薬なども濃縮されて残りやすい。まあ、どうしても食べたいなら無農薬の柑橘類を使って自分で作るのがいいだろう。市販されてるもの、特に海外から輸入された安物のマーマレードは将来的に健康被害が出るリスクが高くなる」
「そう言われると、何か食べにくいです」
「可能ならもう食べない方がいいな。しかもマーガリン、これまた最悪だ。こいつは油脂分の塊と言っていいだろう。しかも空気に触れた断面などは変色していたりするだろう。変色の理由は酸素と結びついたためであるが、酸化した油脂分は発がん性物質も含むようになる。まあ、ビタミンAやDが含まれているとは言われているが、わざわざマーガリンで摂取しなくてもいいだろう」
「油脂分と言うと、やっぱ摂り過ぎは太る原因になるんですか」
「ああ、ここまで脂肪の原因を糖質であると言って話を進めてきたが、糖質の他には油脂分も気を付けた方がいい。特に油脂分は脂肪と構造的に近いために吸収率が高く、脂肪になりやすい。だが、油脂分自体が健康維持のために必要な物質でもあるし、適度に摂る必要がある。普通の食生活の範疇であれば、そこまで毛嫌いする必要はない」
「分かりました」
「それと余談だが参考程度に聞いてくれ。俺の母親は病院で栄養士をしているのだが、母が言うには、40代・50代とかの若年で、肥満などを原因とした脳梗塞や糖尿病などの病気になる人は、朝食がパン食の人の割合が多いと言っていた。まあ、しっかりとした統計ではなく個人の感想程度の情報なので、適当に聞き流してくれて構わないが」
そう言いながら京加賀はグラスから氷を一つ、口の中に流し込み、カリコリと噛み砕く。
「では、続いてグラノーラについても確認しておこう。こいつも基本的には高糖質、低蛋白食材だ。今度スーパーなどに行った時、袋に表記されている栄養素を見てみるといい、蛋白質の含有量がかなり低いのがすぐ分かる。まあ、牛乳をかけて食べる前提だろうから、実質的には牛乳で蛋白質を補っているという事になる。しかし、牛乳を注いでも甘みが残るように、表面に砂糖などがまぶされている商品もあり、必要以上の糖質を摂る事になる。ただし、最近では少々割高だが、低糖質・高蛋白に調整されたグラノーラも売られている。健康面を意識するなら、こちらを買うといいだろう」
「はい」
「近年では子どもの肥満、あるいは子どもの糖尿病などが問題になっているケースも多いようだ。やはりパンやグラノーラなどの手軽な朝食による弊害と言えるかも知れない。さて、ここで少し話が飛ぶが、朝食の蛋白質の重要性を語る上で面白い話がある」
「面白い話ですか?」
「ある脳科学者が、小学生の学力と朝食についての統計を取ったというものだ。朝食を摂らない子、糖質中心の朝食を摂っている子、蛋白質を含む朝食を摂っている子の学力を調査した所、蛋白質を含む朝食を摂っている子が最も学力が高い傾向にあり、朝食を摂っていない子が最も学力が低いという統計が出たんだ」
「じゃあ、肉体の成長のためだけじゃなく、脳の発育にも蛋白質が重要って事ですね」
「その通り。朝食にはしっかり蛋白質を含む食事を摂る事が健康面、発育面において最重要であると言えるな。さらに美容面においても蛋白質は重要な要素がある」
「美容面で蛋白質が重要なのは何か理由があるんですか?」
「どうやら朝食の蛋白質摂取は新陳代謝の活性化にも影響があるようだ」
「新陳代謝? 聞いた事はありますが、どんなものでしょうか?」
「簡単に言うと、人体の中の古い細胞は破壊され、新しい細胞に入れ替わる。そうする事によって、人体の細胞は常に新しい細胞に置き換わっているんだ。蛋白質が不足すると、その活動が鈍化するんだよ」
「そうなると何か問題があるのでしょうか?」
「まあ、一言で言うと老化の促進だな」
「老化ですか」
「これは以前父から聞いた話なのだが、中学生時代に好きだった女子がいたらしい。その女子はとても細くて可愛かったそうだ。だが、同窓会で30年ぶりに再会した時、やたら皺が多く、かなり老け込んでいてショックだと言っていた。これは俺の想像の範疇でしかないが、恐らくは長期的に低蛋白、低栄養状態が続いた事で、新陳代謝が低下していた事が原因ではないかと考えている」
「何だか切ない話ですね」
「ああ、新陳代謝の低下のリスクを知った上であえて低体重にするのなら個人の自由だが、スリムになりたいという一心で必要以上に体重を落とし過ぎて、早く老け込んでしまうとしたら不幸かも知れないな。10代、20代の内は顕在化しにくいが、30代、40代になってくると新陳代謝の低下は大きな差となって出てくるのだろう」
「では、どのような食事が良いのでしょうか?」
「牛乳や卵などは手軽に摂れる蛋白質だな。そして、朝食最強の食材と言ったら、何と言っても納豆だろう」
「納豆ですか。関西の人は苦手な人も多いみたいですけどね」
「お前は納豆は大丈夫か?」
「はい、たまに食べますが好きですよ」
「ならば納豆は毎日食べるといい。高蛋白なだけでなく、納豆キナーゼという酵素も身体に良いそうだ。それにご飯、味噌汁、漬物でもあれば良いだろう。余力があれば、玉子焼きや焼き魚でもあれば鬼に金棒だ」
「ご飯は食べてもいいんですか?」
「とりあえずあっても構わない。もっと糖質制限をやりたいと感じたら朝の米飯も抜いてもいいだろう。ちなみに俺は何らかの理由(外食など)で夕食にある程度のまとまった食事量があった場合は翌朝の米は抜いている。ちなみに米を抜いた場合、納豆のタレが多すぎると感じるかも知れない。その場合は、納豆のタレを醤油つぎの中に入れてしまうというのをやっている」
「納豆のタレを醤油つぎにですか?」
「ああ。俺はご飯にかけて食べる時でも納豆のタレは半分程度、納豆だけで食べる場合は4分の1程度しかタレを入れない。残りは全部醤油つぎに入れてしまっている。そうすると醤油にタレのダシが加わって、より美味しい醤油になる。もしかしたら不潔な印象を持たれるかも知れないが、俺はこれを何年もやっているが、家族から健康被害が出た事はない。まあ、それでも衛生面が気になるなら、余ったタレは素直に処分する方が無難だろう」
太田はふと思った。ドリンクバーでドリンクをガンガン飲む、納豆のタレを醤油つぎに入れる、京加賀先輩はかなりセコい性格なのではないかと。もしかしたら、何か聞けば引き出しからまだ何か出てくるのではなかろうか。
「ちなみに、他にも朝食で何か特別な事をやったりしてませんか?」
「ああ、俺は朝食時と夕食時に豆乳をコップ1杯飲んでいるんだが、俺は複数の豆乳を混ぜて飲んでいるというのをやっているな」
「複数の豆乳。何だか通ですね」
「別にそんな立派なものじゃない。自分なりの味の好みに合わせているだけだ」
「そうですか」
「ちなみに豆乳には大きく分けて3つある。それは、無調整豆乳、調整豆乳、豆乳飲料の3つだ」
「何か違いがあるんですか?」
「無調整豆乳は添加物が一切なく、大豆100%の豆乳だ。高蛋白で身体に良いが、味がなく飲みにくい。そして、それを甘味料などで味を調えて飲みやすくした物が調整豆乳、そして低糖質にしたり、バナナ味などの風味付けをしたりと、様々な加工がされたものが豆乳飲料だ」
「へえ、どれがおススメなんですか?」
「ずばり、可能なら無調整豆乳だな。しかし味がなく飲みにくい。ちなみに俺の母さんは無調整豆乳をそのまま飲んでおり、俺の妹は豆乳飲料をそのまま飲んでいる。そして俺はそれらをミックスして飲んでいる」
「無調整豆乳と豆乳飲料を混ぜてるんですね」
「ああ。妹はバナナ味の豆乳飲料が好みのようなんだが、俺には甘すぎる。そこで無調整豆乳を混ぜてちょうど良い甘みに調整しているんだ。ちなみに無調整豆乳1:豆乳飲料3~4、くらいの割合が美味いぞ。もしやるなら自分好みの分量で調整してみてくれ」
「はい、それではやってみます」
そうして話し込んでいる内に、気付いたら1時間ほどが過ぎていた。
太田は京加賀のアドバイスをノートにちょこちょことメモしていく。
「それでは、お昼ご飯についてはどうでしょう?」
「昼ご飯は現状維持でいい」
「えっ、今のままでいいんですか?」
「ああ、朝食や夕食は自宅でできるから色々と調整がきくが、昼食に何かをするのは少しハードルが高い。それに昼はその後に活動もするし、無理に糖質を制限する事もないだろう。まあ、昼食の糖質制限をできる方法もあるが、それはいずれ余力ができたら教えてやろう。まずは朝と夕の食事を改善してみてくれ」
「分かりました」
「いいか、ダイエットは生活習慣の改善だ。期間限定で特別な事をするものではなく、日常生活に落とし込む事が最も重要だ。まずは検討を祈る」
「はい、ありがとうございます」
そうして最後に3人はグループラインを作った後、京加賀とはいったん別れる事になった。
そして、太田はレシートをスッと手に取った。
「それでは本日はありがとうございました。ここのお会計は私が」
「待て太田、お前は何かアルバイトとかやっているのか?」
「いえ、特には」
「では親のすねかじりだろう。ならば俺たちは対等だ。ここは割り勘でいい」
「でも、お世話になりましたし」
「いや、むしろ立場的には俺が年長者だし支払ってやりたいが、生憎俺もまだ経済力がない。だからここは割り勘にさせてくれ」
「でも、こんなに時間を割いてくれたんだし」
「ならば成功報酬でいい。お前が無事にダイエットに成功したら、その時には何かを奢ってもらおうか」
「分かりました。では本日は割り勘という事でお願いします」
「ああ」
そうして京加賀は帰って行った。
そして、太田と細井は京加賀のアドバイスに従って、豆腐と納豆と豆乳を買うためにスーパーに寄るのだった。
続く☆
おまけ☆
作中で話していた、脳科学者による朝食の重要性を書かれた著書を紹介いたします。
脳トレの言葉を生み出した川島隆太教授による『元気な脳が君たちの未来をひらく: 脳科学が明かす「早寝早起き朝ごはん」と「学習」の大切さ (くもんジュニアサイエンス)』です。
成長期の子どもを持つ親御さんには是非読んでいただきたい一冊です。早寝早起き朝ごはんが、脳と身体の発育にとても重要です。そして朝ごはんには必ず蛋白質を加えるようにしてください。




