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ダイエットに必要なものは根性じゃなく知識だ

「さて、ジュースは普段は飲まない者も多いかも知れないが、食事を普段からしないという者は極めて少ないだろう。そういう意味では、毎日の食事こそダイエットの柱だ」


「はい・・」


そう返事をする太田の表情はどこか沈んでいた。食事と聞いて、過去にダイエットに失敗した思い出が蘇ってきたのだ。その僅かな心情の機微を京加賀は敏感に感じ取る。


「どうした太田、随分と元気がない様子だが?」


「すいません。その、過去にダイエットに失敗した事を思い出してしまって」


「ほう、ダイエットに失敗か。その話、少し聞かせてもらっていいか?」


「はい。と言っても別に大した話でもないです。ただ、毎日の食事を半分の量にしてみたんです。確かに少しは体重が減りましたが、1週間しかもたなくて。しかも、その反動で我慢できずにヤケ食いまでしてしまう始末で。しかも、2度挑戦して2度とも同じような失敗に終わってしまったんです」


「食事と言うのは、主食や副食など、全てを半分にしたのか?」


「はい。それで、過去のトラウマと言いますか、今回も不安で」


「そうか。ならばその辛い過去を笑い話に変えるしかないな」


「笑い話に? そんな事できませんよ。こう見えても、悔しくて泣いた事だってあるんですから」


「いいや、終わりよければ全て良しだ。全てが終わった後で振り返ってみると、失敗体験もなかなかに良い思い出に変わる事もある。いや、むしろ過去の失敗は未来への糧だ。その失敗は無駄にはならないだろう」


「そうでしょうか?」


「ああ、俺から言わせると、実に良い失敗体験だと言えるな」


「でも、また失敗したらと思うと」


「大丈夫だ、それよりちょっと待っててくれ」


京加賀はドリンクを飲み干して、再びお代わりに出かけた。いくら飲み放題と言っても、全然止まらない。隙があればドリンクを口にしている。そして、今度はアイスコーヒーを持ってきた。


「もう水はいいんですか?」


「まあ、水は帰ってからでもいくらでも飲めるからな。今ここでしか飲めないものを飲む方が合理性があるというものだ」


そう言って堂々とグラスを煽る京加賀を冷ややかに見ながら細井は太田にそっと耳打ちする。


「ただのケチだよね」


太田はどう反応していいか分からず、とりあえず取り繕って小さく笑った。


「さて太田、ダイエットを成功させるために必要なものは何だと思う?」


「ええっと、空腹に打ち勝つ忍耐力でしょうか?」


「いいや違う。ダイエットに必要なものは正しい知識だ」


「知識ですか」


「そうだ。知識のないダイエットは海図やコンパスを持たずに航海に出るようなものだ」


そう言いながら、京加賀はコーヒーを一口飲む。


「例えばお前の過去の失敗は、極めて当然の事なんだ。決してお前の忍耐力が足りなかったせいではない」


「本当ですか。私はずっと自分の忍耐力が足りないせいだと思ってました。もし他にちゃんとした理由があるなら教えて欲しいです」


「別段難しい話ではない。人間には『生きるための本能』があって、栄養不足になると脳が強制的に食べさせるようにできているんだ。根性では本能に勝つことはできない」


「なるほど」


「さて、お前はダイエットで食事を全て半分にしたと言ったな。つまり、生命維持に必要な栄養素が確保できず、栄養バランスが偏ってしまった可能性がある。そこで、身体の防衛本能が働き、ヤケ食いと言う形で身体に必要な栄養素を満たしたに過ぎない」


「栄養バランスの偏りですか」


「そうだ。もしそのままの状態で無理やりダイエットを継続していたら、恐らく何らかの重篤な健康被害が出ていた可能性が極めて高い。お前の中の防衛本能が、それを未然に回避したんだよ」


「それじゃ、今後もダイエットは不可能という事ですか?」


「そうではない。太る原因だけを選択的に制限する事によって、健康を維持したまま体重を落とそうというのが我々の歩むべき道だ。ダイエットに必要なのは気合や根性ではなく、正しい知識なんだよ」


「はい!」


太田は過去の失敗は自分の精神の弱さから来るものではないかとずっと思っていた。それが、違うと言ってもらえて何だか嬉しい気持ちになる。


「いいか、ダイエットは科学なんだ。再現性があり、やりさえすれば誰にでもできるものなんだよ」


「再現性、ですか?」


「例えば目の前に水があるとする。同じ条件で水を加熱すれば100度で沸騰するし、0度で凍る。ダイエットも同じだ。摂取カロリーより消費カロリーが上回れば脂肪は減少し、摂取カロリーが上回れば脂肪は蓄積される。もし摂取カロリーより消費カロリーの方が上回っているのに痩せないとしたら、それは永久機関の完成というものだ。全人類を飢餓から救える大発見になるぞ」


京加賀はアイスコーヒーの氷をカラリと鳴らした。


「前置きが長くなってしまったが本題へ入ろう。先ほども言ったが、基本は糖質を制限する事になる」


「糖質の制限ですか。でも、ジュースならともかく、食事にそんなお砂糖なんて入ってるのかな?」


「糖質制限ダイエットの中核は炭水化物の制限だ」


「炭水化物? ご飯とかパンとかでしたっけ?」


「その通りだ。他にも様々あるが、まずは米と小麦粉食品だな」


「でもお米とか特に甘くないですが、そんなに糖質が多いんですか?」


「まあ、ご飯の中の糖質はでんぷんになっているから、そのままでは甘みが感じにくい。今度試しにご飯を食べた時、よく噛んで味わってみろ。唾液ででんぷんが分解されて糖質になる。甘みを感じるはずだ」


「では今度試してみます」


「ちなみに、基本的には炭水化物から食物繊維を引いた量が糖質だと言われている。例えばご飯茶碗1杯150gだとすると糖質は、参考文献により少々異なるがおおよそ55g程度だ。ちなみに角砂糖1つを4gだとすると、角砂糖およそ14~15個くらいだな」


「ええっ、そんなに!? 私、毎晩必ずお代わりしてて、おかずが美味しくて箸が進むと3杯食べちゃう事もあるんですよ」


「そうなると、ご飯だけで毎晩角砂糖30~40個分ほどの糖質を摂っている訳だな」


「まさか、そんなに糖質を摂っていたなんて」


太田は自分の下腹部をさすった。昨夜食べたあの美味しいご飯が、今はこの脂肪の塊として居座っている。そう思うと背筋に冷たいものが走った。


「まあ、これを削るだけでも相当な効果が得られるはずだ。その中でも夕食の糖質を制限する事が特に重要になる」


「どうして夜なんですか?」


「朝や昼なら、食後に活動もするが、夜はもう寝るだけだろう。最も糖質を消費しにくく、脂肪に置き換わりやすいんだ。だから、ご飯を抜くなら夜が最も効果的なんだよ」


「分かりました。ちなみに、ご飯の他にも糖質の多い物ってあるんですか?」


「まあ、根菜類、芋類、豆類などは糖質が多い傾向があるな。ただし、根菜類の中では大根、豆類の中では大豆は例外だ。特に大豆は高たんぱくで肉に近いお勧め食材だ。それに既製品の調味料も糖質が多い傾向がある。サラダなどを食べる際にはドレッシングなどは注意だ。一見ヘルシーに見えて、実際はガッツリ糖質が含まれているものもある」


「あ、そう言えば昨晩の夕食は肉じゃがでした」


「なるほど、確かに肉じゃがはじゃが芋やニンジンなどが含まれてて糖質が多めだな。さらに肉じゃがは煮汁は砂糖が入っており甘い傾向がある。更にカレーなども注意料理だ。カレールウにはニンジン、じゃが芋が入る他、小麦などでトロミがつけられている事も多い。糖質の上に糖質をかけて食べているようなものだ。それにカツが加わるカツカレーなど、衣のパン粉は当然小麦だからな。糖質の3重奏だ。まあ、背徳的に美味いのだが」


「結構、料理に制限が出ちゃいますね」


「だが最重要なのは炭水化物だ。ここを押さえておけば、おかずの方の糖質はそこまで執着しなくても大丈夫だ。まあ、自然体でやれるならおかずの方の糖質も制限するのも良い。だが、さっき言ったように、ダイエットは生き様であり、日々の習慣だ。意識せずやれるように生活に落とし込むことが重要だ。糖質制限を意識するあまりストレスに繋がっては元も子もない」


「ちなみに、ご飯を抜くと言うと、おかずだけを食べるという事ですか?」


「中にはそういう者もいる。だが、ご飯を他の物に置き換える方法もある」


「他の物?」


「例えば豆腐だな。冷ややっこをご飯代わりに食べるのは最も手っ取り早い。他に、俺がよくやるのはレンチンもやしだな」


「もやしをレンジでチンするんですか?」


「ああ。100均にパスタをレンジでチンして茹でられる容器がある。あれにもやしを1袋入れ、熱湯を3分の1程度まで注ぎ、それをレンジで600wで3分程加熱する。するとしっかり加熱されたシャキシャキのもやしが出来る。加熱時間は好みで調整してくれ。それをご飯代わりに食べたり、あるいはポン酢をかけて食べるのも美味いぞ」


「なるほど。それなら手軽そうですね」


「まあ、特にもやしは安いからな。うちの近所のもやし最安値は19円だ。ちなみに米5kg4000円とした場合、茶碗1杯当たりの値段はおおよそ60円になる。いいか、ご飯一杯のコストでもやしが3袋買える。糖質を削って、浮いた金で肉や玉子を一品増やせ。それが『生きザマ』を変える合理的な投資だ」


「それじゃ、帰りにもやし買って帰ってみます」


「うん、それがいい。ちなみにもやしの賞味期限は大体買って2~3日しかもたない。小まめに買うのは少し面倒だが、出来るだけ新鮮な物が良い。生で食べた時に甘みを感じるのが良いもやしだ。質が悪いと苦味を感じる。色々な店の物を食べ比べて、気に入った一品を見つけるのも楽しいぞ」


「はい」


「それに、白米を食べなくなると、おかずを今まで以上に食べる事になる。そうすると栄養バランスが今までより良くなるケースが多いな」


「へえ、ダイエットでかえって栄養バランスが良くなるなんて、私の失敗とは真逆なんですね」


「まあ、ケースバイケースではあるがな」


「ちなみにご飯を抜く事で、逆に不足する栄養素とかないんですか?」


「白米にはミネラルやビタミンB群などがあるようだが、実際には8割は炭水化物だ。基本的には抜いても特に問題はない。不安なら意識して様々な食品を摂るように心がけるといい。一般的には一日に30品目の食品を摂る事を推奨されている」


「分かりました」


「では、続いて朝食の確認に移ろうか。お前は朝食はどうしている?」


「朝はパンやグラノーラが多いんですが、これはいかがでしょうか?」


「パン、あるいはグラノーラか。個人的にはあまりお勧めできないメニューだな」


京加賀の表情が少し険しくなった。


「それでは、次に朝食について話をしようか」



続く☆


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