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京加賀の外食の流儀【後編:デザートの作法】


『……卒業、だよ』


その言葉が、耳の奥で何度もリフレインしていた。

視界が歪む。賑やかなファミリーレストランの喧騒が、まるで水槽の底で聞いているように遠く、こもって聞こえる。


痩せたい…、綺麗になりたい…。その先には、きっと幸せが待っている。

そう信じて歩いてきた三ヶ月。けれど、その先に待っていたのは「卒業」という名の先輩との別れだった。もはや自分で何の目的でダイエットを始めたのかよく分からなくなっていた。


「……おい、聞いているのか。太田」


低く、どこか呆れたような声に、幸子の意識は急浮上した。目の前には、相変わらずストイックな風貌で、しかし少しだけ不審げにこちらを覗き込む京加賀の姿があった。


「あ、は、はい! すいません……デザート、ですよね。教えてください。……しっかり、焼き付けておきたいので」


消え入りそうな声で答えた幸子を、京加賀は眼鏡の奥から静かに見つめたが、やがて淡々と講義を再開した。


「デザートの鉄則は、『先に注文しないこと』だ。入店と同時にセットメニューやデザートまで一気に頼むのは、戦略的敗北と言っていい」


「えっ、でも……それだと、メインを食べ終わった後にまた店員さんを呼ぶのが二度手間というか。時間の効率が悪いんじゃないですか?」


「その『効率』こそが太る思考だ。空腹時にメニューを開けば、脳は過剰に糖質を求めて、必要以上に大きなサイズを注文するように仕向けてくる。さらに致命的なのは、『物語の格下げ』だ


「物語……?」


「ああ。デザートで食事が完結するというシナリオを頭の中で組んでしまうと、本来の主役であるべきメインディッシュが、単なる『前座』に成り下がってしまう。デザートは食事が終わった後に『本当にまだ食べたいのか?』と己の胃袋に問いかけ、それでも必要だと判断した時に、初めて後付けで検討すればいい」


京加賀は冷めた炭酸水を一口含み、続ける。


「で、どうだ、腹のすき具合は?」


幸子は腹の辺りを軽く触れて少し考えてみる。


「そう言えば、ライスは注文しなかったけど、炭酸水も飲んだせいか、そこまで食べたい感じはしませんね。食べようと思えばまだ食べられますが、どうしてもって程ではないです」


「そうだろう。空腹時に注文するより食後に頼む方が、ちょうど良い分量が判断できるハズだ。それと頼むなら、コーヒーゼリーやイタリアンジェラート、あるいは乳脂肪分の少ないシャーベットがいいだろう。……だが、俺が最も推奨するのは『ドリンクバー』だ」


「あはは……それ、先輩の得意技ですよね」


幸子は少しだけ、いつもの調子で笑えた。その笑顔の裏にある痛みに、京加賀は気づいているのかいないのか。


「フム、コスパ最強だからな。特にここ(サイゼリヤ)には『ゼロカロリーコーラ』や『ゼロカロリーレモネード』がある。甘味が欲しければそれで十分だ。コーヒーや紅茶にガムシロップを一袋入れたとしても、ケーキ一つ食うより糖質は遥かに低い」


京加賀はそこで話を切り、伝票をチラリと一瞥する。


「……ざっと、こんな所だな。これで外食の基本はすべて伝えたな」


帰ってしまう。

幸子の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。このまま「お疲れ様」と言われてしまえば、もう次に会う約束を取り付ける理由がなくなってしまう。




「あ、あの! 先輩! ラーメン屋とか、回転寿司はどうでしょう!? ほら、家族でたまに行ったりするので……そっちの対策も聞かないと、私、またリバウンドしちゃうかもしれません!」


必死にひねり出した問いかけに、京加賀は席を立ちかけた動きを止め、再び幸子を正面から見据えた。


「ラーメン屋だと?」


京加賀は少し眉をひそめ、腕を組んだ。黒のポロシャツから覗く前腕の筋肉が、思考の深さに合わせて硬く盛り上がる。


「あそこはラーメンかチャーハン、あるいは定食を食う場所だ。戦場としては、さすがに分が悪すぎるんじゃないか?」


「やっぱり無理ですか……」


肩を落とす幸子を見て、京加賀は視線をメニューの端へと走らせた。


「……まあ、店によっては低カロリーな麺を選べる場合もある。可能なら迷わずそれを注文することだ。それと、スープは最低限にしておけ。あれは塩分と脂質の凝縮体……ダイエットの観点で言えば飲み干すのは敗北に等しい」


「敗北、ですか」


「あとは餃子だな。皮が小麦粉ではあるが、他の料理と比較すれば糖質量自体は管理しやすい範囲内だ。餃子や焼売をつまみながら、メンマやチャーシューの盛り合わせをメインに据える。……それくらいしか、現実的な攻略法は思いつかんな」


「おじさんのおつまみセットみたいですけど、それなら私にもできそうです」


幸子が少し安心したように笑うと、京加賀はトントン、とテーブルを指先で叩いた。


「次は回転寿司だ。あそこは一見、魚と酢でヘルシーに思えるが、実は糖質の山だ。何よりシャリには驚くほどの砂糖が使われている」


「お砂糖が? お酢だけじゃないんですね」


「ああ。ダイエット中なら7〜8貫、皿数にして3〜4皿程度に抑えるのが無難だろう。あるいは『シャリハーフ』だ。あれは単なる節制ではない。ネタの比率が相対的に大きくなるため、魚本来の味わいを通常よりもしっかりと堪能できるというメリットがある」


京加賀は炭酸水のグラスを口に運び、喉を鳴らした。


「あとは刺身の盛り合わせ、茶碗蒸し、味噌汁あたりで腹を満たすのが定石だ。……ちなみに、一つ裏ワザがある」


「裏ワザ、ですか?」


幸子は一言も漏らすまいと、必死にスマホのメモを更新していく。


「回転寿司ならば『エビ天寿司』があるだろう。かつて『将太の寿司』という漫画があった。そこで子供にエビの寿司を食べさせる策として、エビを一度天ぷらにし、その衣を剥がすという方法が登場する。熱を通すことでエビの甘みが極限まで引き出されるんだ」


「衣を……剥がす?」


「衣を残す事に罪悪感を覚えたが、店でエビ天の衣を剥がして食べてみた。……これが想像以上に美味かった。余計な脂と糖質を落としつつ、濃厚なエビの甘みだけが残る。少々行儀は悪いが、ダイエット中なら理に適った食い方でもある」


「……先輩、たまにすごいことしますね」


幸子は呆れ半分、尊敬半分でため息をついた。


「じゃあ、焼き肉はどうですか? 先日、私が大失敗したやつです」


「まずタレはやめておけ。あれは糖質が多いばかりか、ご飯を呼ぶ笛の音だ。塩やポン酢、レモン汁で食え。さらに肉をサンチュで巻くことで咀嚼回数を強制的に増やし、満腹中枢を刺激するんだ」


京加賀はそこで一度言葉を切り、少しだけ表情を和らげた。


「だが、前にも言ったが外食はエンタメだ。たまの外食くらい、ダイエットなど気にせず好きなものを食え。その一食で世界が終わるわけではない」


「でも……先輩、そう言いながら今日もご飯を頼んでないじゃないですか。ご自身にはストイックですよね?」


「……いや、今日はお前の手前だ。指導者として手本を見せねばならんだろう。普段の俺なら、普通にライスも頼んでいる」


「えっ、そうだったんですか!?」


思わぬ白状に幸子が目を見開くと、京加賀は視線を逸らしてボソリと付け加えた。


「俺の場合は、食べても太らない体質だからな……」


「えっ、食べても太らないってどういう事ですか。そんな裏ワザ、ズルいですよ!?」


「……別に隠している訳ではない、ただの筋肉量の問題だ。エンジンの排気量が大きければ、アイドリングだけで燃料を消費する。それと同じことだ」


「筋肉量……」


幸子は改めて、京加賀の逞しい腕を見つめた。浮き出た血管が、ストイックな努力を物語っている。




「よう、マッドじゃねえか! こんなところで会うとは奇遇だな!」


突然、背後から降り注いだ無遠慮な声。

幸子が驚いて顔を上げると、そこには金髪に近い茶髪、指にはシルバーアクセサリーで着飾る派手な身なりの、どこか攻撃的なオーラを纏った男が立っていた。


マッド?

京加賀先輩のことを、そう呼んだのだろうか。


「よう、キッド」


京加賀は視線をメニューに向けたまま、感情の削げ落ちた声で応じた。


「なんだ、デート中か?」


キッドと呼ばれた男は、下品な笑みを浮かべながら、値踏みするように幸子を上から下まで見回した。その視線は、人間を人間としてではなく、ただの「物」として品定めするような不快なものだった。


「……ハッ。おいおいマッド、お前も格が落ちたな。こんな『肉の塊』を連れて歩いてるなんて、趣味が悪すぎだろ」


男の背後に立つ連れの女性が、クスクスと甲高い笑い声を上げた。その女性は、モデルのように細い足に、薄い肩先。幸子が喉から手が出るほど欲しがっている「痩せ」を、当たり前のように纏っている。


(――ああ、そうだった…)


幸子の頭の中で、何かが音を立てて崩れ去った。

京加賀の隣に並ぶべきなのは、ああいう人なのだ。ストイックで、完璧で、美意識の高い彼が、自分のような「豚人間」といるのは、本来ならあり得ないことなのだ。


(私は軽率だった。私が先輩と一緒にいては、先輩に恥をかかせてしまう。……そもそも、私にこの人の隣にいる資格なんて、最初からなかったんだ……)


「卒業」という言葉が、今度は別の意味を持って胸に突き刺さる。

幸子は溢れそうになる涙を堪えるため、膝の上で拳を強く握りしめた。もう大丈夫。私は一人でもやっていける。そう自分に言い聞かせ、別れの言葉を口にしようとした、その時。


ガタン、と激しい音を立てて京加賀が立ち上がった。


「……おいキッド。お前、彼女に謝れ!」


その声は、これまで聞いたどのレクチャーよりも低く、そして冷たかった。

京加賀の表情は険しく、眼鏡の奥の瞳には、文字通り獲物を屠る直前の猟犬のような、本気の怒りが宿っている。


「え、えっ……?」


男の顔から、余裕の笑みが引きつるように消えた。

立ち上がった京加賀の体格は、座っていた時とは比較にならないほどの威圧感を放っている。特に、半袖から剥き出しになった上腕の太さは男の倍近くあり、浮き出た血管が怒りで脈打つようだった。


万が一、ここで拳が振るわれればどうなるか。

その結果は、生物としての格の違いを見れば火を見るより明らかだった。


「わ、悪かったよ……言いすぎた。そう怒るなよ、マッド……」


男は声の震えを隠しきれず、後ずさりしながら頭を下げた。


「悪かった、悪かったってば! おい、行こうぜ……」


男は連れの女性の腕を引くようにして、逃げるように店を飛び出していった。

静寂が戻ったテーブルで、京加賀の荒い呼吸だけがわずかに響いていた。


「……すまん太田。俺の古いツレが、とんだ失礼をした」


京加賀は再び席に着くと、テーブルに両手をつき、幸子に向かって深く頭を下げた。

あの誇り高い京加賀が自分に頭を下げている。その事実に動揺した幸子は、椅子から落ちんばかりの勢いで机に額をぶつけんばかりに頭を下げ返した。


「わ、私の方こそすいません! 私が……私が太っているせいで、先輩にまで恥をかかせてしまいました。今まで、本当に、本当にお世話になりました!」


「いや、別に俺は大したことはしてない……」


謝罪を遮るように答えた京加賀だったが、ふと、先ほど逃げていった男の後ろ姿を思い出すように目を細めた。

その瞳の奥で、静かに、しかし消えることのない青い炎が再燃する。


「……それより太田。お前、痩せろ」


「えっ……? まあ、痩せたいとは思ってますけど」


「そんな中途半端な気持ちじゃダメだ。絶対に、完膚なきまで痩せろ。……俺は、さっき程度の謝罪じゃ到底、気が済まん。あいつに吠え面をかかせてやる」


京加賀は身を乗り出し、射抜くような視線で幸子を真っ向から見据えた。


「幸い、お前は顔の作りは悪くない。痩せれば、まず間違いなく大化けする。完璧に磨き上げたお前を、あいつに見せつけてやるんだ。それが俺の考える、最高の仕返しだ」


「……えっ。えっと……それって、つまり……私が『可愛い』ってことですか?」


唐突に投げかけられた幸子の問いに、京加賀は呆気に取られたようにキョトンとした。

店内の喧騒が、一瞬だけ二人を置いて止まったかのような沈黙。


五秒、十秒……。やがて京加賀は、自分の発言を脳内で反芻し、顔を一気に強張らせた。


「は、はあ!? 何を……お前、何を言っている……?」


動揺を隠すように眼鏡のブリッジを押し上げるが、その耳の端はわずかに赤らんでいる。


「……まあ、確かに、客観的な事実の羅列として、そう解釈できなくもない、な。……だが勘違いするなよ! あくまでも『痩せれば』の話だ。今はまだ、磨く前のただの原石……いや、原石を包んでいる土のようなもんだ!」


急展開の連続に、幸子の感情はもはや限界まで振り切れていた。

けれど、一つだけはっきりとわかった。今はまだ「卒業」じゃない。まだ、この人の隣にいてもいいんだ。


「……わかりました! 私が痩せることが、先輩の名誉の回復に繋がるなら、私、死ぬ気で頑張ります!」


「いや、別に俺の名誉なんてどうでもいいんだが……」


「いいえ! 二人の名誉のために、です! きっとキッドさんにやり返してやりますよ!」


さっきまで自分を呪っていた惨めな気持ちは、どこかへ吹き飛んでいた。むしろ、あの失礼な男に感謝したい気分ですらあった。彼が現れてくれたからこそ、終わるはずだった時間が、新しい未来へと書き換えられたのだから。


「……フン、まあいい。ならば今日から、ダイエットのギアを一段上げるぞ」


「ギアを上げる……?」


京加賀は自らの太い腕を軽く叩き、不敵な笑みを浮かべた。


「筋トレだ。食事制限などはまだ序章。いよいよお前のその体の中に眠っている『エンジン』を叩き起こしてやろう。太田、お前に筋トレを仕込んでやる!」


その言葉に、幸子は力強く、しかし最高に幸せそうな顔で頷いた。



続く☆


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回より、いよいよ【筋トレ編】です。と言っても過酷じゃない、と思います。多分。


ここまでの食事制限同様、日常生活で無理なくできるよう落とし込んでいきます。というより、私自身の実体験を紹介する程度な話で、言うほど大した事やってません。



それと、糖質制限編で書ききれなかった【お昼ご飯】。現在進行形で私がやっている事を紹介します。よろしければ参考にしてみてください。


①乾燥わかめ少量と、もやし1袋(200g)を、100均で売っているパスタを茹でる容器に入れ、熱湯を半分程度入れる。


②600Wの電子レンジで3分間加熱する。


③湯切りして、ポン酢をかけて完成。それに即席みそ汁。


1食当たり50円程度。究極のワンコインランチです。とりあえず、気付けばもう数年やってますが、何故か飽きません。

職場に冷蔵庫と電子レンジとポットがあるため成立しています。学校などではできないかも知れません。


この①の部分を『乾燥わかめ少量と、乾麺のそば』に変えて、600Wのレンジで5分チンして、冷水で冷やすのもいけます。ポン酢をかけて食べると、なんちゃって冷やしぶっかけそばになって、結構いけます。


そばは安いヤツですと、小麦粉が多い『そば風うどん』になってしまい、大部分が小麦粉になってしまうためお気を付けください。可能なら少し高くても『二八そば』、『十割そば』にした方が太りにくいです。


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