第8話
片手にコップを持ち、レーズンパンを齧りながら灯輝は2階へ上がった。牙流雅と香天の紙はしっかりついてきている。最後の一口を飲料で流し込み、灯輝は勉強机にあるラップトップパソコンの前に座った。半年前の入学時に中古で購入したものだ。やや時間のかかる立ち上げを待ち、真っ先にニュースサイトを開く。
灯輝の乗った電車の事故が、重複するようにヘッドラインを埋めていた。満員電車での悲劇、全容不明、橋の老朽化か、と見出しが続く。遺体と思しき部分にモザイクのかかった画像も載っている。二枚は机の端に――立っているといえるのか、直立して画面を眺めているようだった。
灯輝は自分に関わる情報を探した。ニュース記事のコメント欄には、変な服の人が川の上にいるのを見たというものがあった。続いてリアルタイムのトレンド画像を検索する。川岸から撮影したと思われる、エビと闘った直後の動画が目に入り、灯輝は背筋に冷たい汗を感じた。だが川幅が広く、顔が判別できるほど近くで鮮明に撮影したものは一見して見当たらなかった。灯輝自身も頭部に何か付けた人影が、本当に自分なのかと疑うほどであった。しかしながら川面でみどりと話している様子は確実に映像として残されており、不安は拭えないのだった。
「なるほど、これは便利なようだが、個人の秘匿など守られない危険なものだな」
牙流雅が感心するように言った。全くその通りだよ、と灯輝は返した。
灯輝はスマホと同期されている連絡先のページを開き、臼杵みどりの項目を新たに打ち込んだ。そして紛失した通話SIMの再発行手続きを試みた。幸いWeb上で完結できるようであった。そのままオンラインショップで最低限使えそうな中古端末を購入したところで、香天の紙が話しかけてきた。
「あの、このからくりで、調べてほしいことがございますの」
「ん、ネットで? 何を?」
香天は電車事故に関すること以外、最近の国内での事件事故の記事を所望していた。灯輝は言う通りに、ここ数日のニュースを表示してみた。北海道、男性が近所住民を刺傷。愛知、食品工場で火災、山梨、工事現場で落盤、その他に、無人販売所での窃盗や熊出没等の見出しが並んでいる。これを見てどうするのだろうかと、灯輝はやや怪訝な顔で紙を眺めた。
「これでいい? もっと見る?」
「――いえ。ありがとうございました」
望みの情報は得られたのかどうなのか。
とにかく状況としてようやく落ち着いた灯輝は、駒という二人とじっくり話す覚悟ができた。ブラウザを閉じ、テキストエディタを起動する。
「じゃあさ、詳しく聞かせてよ。ばんとら…だっけ。いったいどういうものなのか」
「よかろう。そなたは理解があって良い」
軽快に、タイピングの音が鳴り出した。
・盤都羅という遊具が存在している。制作者は陰陽師、賀茂光長(※検索ではヒットせず)、そして最近その遊具が動き出し、盤都羅(※遊戯自体も指す)が開始された。
・盤都羅はゲームを開始する前に、現の映盤という動作を起こす。これは世界の情報を収集し、盤都羅に反映させるものらしい。
・盤都羅は全部で十二の符駒(※単に駒ということが多い)を持つ。ゲーム開始時に、現の映盤で記憶や容姿を再構成された駒が、盤都羅から放たれる。
「この現の映盤ていうの、まだよく分かんない」
駒が十二あるという内容には驚きながらも、灯輝は気になる部分の補足を求めた。
「現の映盤にて、我ら符駒の全てが再定義されるのだ。盤都羅を始める時代に則したものにな。駒は必要な情報を持って外に出ることとなる。よって我らはある程度世相を理解し、そなたとこのように言葉を交わせるのだ」
なるほど、と灯輝は思った。牙流雅の妙な話し方も性格を残しつつ現代風にされたものなのだろう。香天に至ってはほとんど違和感のない言葉を使っている。パソコンのバージョンアップのようなもの、と灯輝は理解した。
「我ら駒の起源は古くとも、つい最近生まれたばかりとも言える。盤都羅の戯法、つまり、ルールを理解した上でな。だが……」
牙流雅と香天の紙はお互いを見るように上半分だけ捻れた。
「だが?」
「今回の盤都羅、私達もルールを把握しきれていないの」
香天が答えた。