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吠えない蝉  作者: 野間義之
69/69

68 手紙

松川智朗様


拝啓


おひさしぶりです。


先日偶然に町田で歌っている貴方をお見かけしました。


あの日から、お礼もお詫びも言えなかったことがずっと気がかりでした。

挨拶をしようかと迷ったのですが、それは望まれていないかもしれないと思いその日は立ち去りましたが、なんだか落ち着かず結局こうして手紙を書いてしまいました。

仇の家族からの手紙なんてと不快になるようでしたら、どうぞこの先を読まずに捨ててください。

そうされても仕方がないと分っています。



最近は横浜近辺でよく路上ライブをされているとお客さん(といってよいのでしょうか?)から聞きました。

物騒なご時世だというのに、ときには過激な歌も歌うみたいですね。


いろんな考えの人たちに邪魔をされたり警察に追いかけられたりすることもあると聞き、心配しております。

それでも貴方の歌に聴きいっている人たちを見ると、貴方の味方も大勢いるのだなと私も嬉しくなってきます。


アスミさんも一緒にいらっしゃるのですね。どうかよろしくお伝えください。



あのときの子供は無事に産まれました。もうすぐ三歳になります。

男の子で名前は(じん)です。



あのとき、私は初めて夫がしたことを知りました。法律が許しているから罪ではない、なんて松川さんには通る理屈ではないですね。


あれから夫は伝手を頼りに、国や自衛隊がしたことを告発しようと試みました。

貴方のお父様を殺した罪を償うべく警察へ自首もしました。

しかしどちらもうまくいきませんでした。どの報道機関からも相手にされず、警察も取り合ってはくれませんでした。

ただ公殺の代行という恐ろしい制度は立ち消えになったようです。(それが松川さんへの慰めになるかはわかりませんが)


夫が殺人を犯していたことのショックは大きく、一緒に生きていくことは難しいと思った時期もありました。

それでも夫は辛抱強く、私のゆるしを待ちました。

仁にも愛情を注いでくれます。

いろんなことがありましたが、今日までどうにか一緒に過ごすことができました。出来ることならばこの先もと願い努力しています。


夫も、仁も、そして私も、貴方様とアスミさんが救ってくれたのだと感謝しています。

本当にありがとうございました。


                               敬具


平成二十七年七月三十日

                             今井杏子






追伸

ご近所さんと話してひょっとしたらと思ったのですが、早川琴美さん(隣に住んでいた方です)が危ないところを見つけてくれたのは貴方なのではないでしょうか?

だとしたら琴美さんにとっても貴方は命の恩人です。早川琴美さんも感謝されていました。


貴方はこれからも色んな人を救っていくのかもしれませんね。


早川琴美さんが先日九州から遊びに来てくれました。仁へのお土産に蝉の抜け殻を持ってきてくれました。

最近ではすっかり珍しくなってしまいましたね。


いつか私たちや貴方が暮らす町でも、また蝉の歌声が聞こえる夏が来ればいいですね。









吠えない蝉    完


完結です。

ここまでおつきあいいただき、本当にありがとうございました!


『人生で一度だけ他人を殺してもいい法律』というアイデアはもう10年以上昔に知人との雑談の延長で思いつきました。

とはいえ普段ミステリーやサスペンスを好むタイプではなかったので多分一生書くことはないだろうなと思っていましたが・・・。

執筆時期は2011年~2013年3月31日。某大賞のしめきり当日まで書いてました。当日消印有効とはいえ、もうその時点でアウトな有様ですし、実際読み返したら誤字脱字ばかりでした。


2011年3月のあの日以降目にし耳にし感じてきたことに物申してやる、今これを書かないでどうする!と息巻いていました。身の程しらず、実力足らずだなぁ。


・タイトル未定のまま書き始めて途中から『吠えない蝉』と考えついたものの、それを活かしきれなかった。

・公殺法下の世界観の描写が不十分。

・変な照れというか恥ずかしさに負けて諸々の描写を徹底できなかった。

・自衛隊への取材的なことを行う伝手がつかめず中途半端な描写になってしまった。

・「小説家になろう」用に加筆したら未回収の伏線が増えただけだった。


etc

挙げていくとキリがない。

「いちから書き直したい・・・」とダメな親バカ的未練がましさもありますが、それもキリがないので別作品への肥やしにすることとします。



などとサゲてばかりですが、基本自分の作品が大好きな人間なので私は楽しみました。

もしほんの一文だけでも貴方様の心の片隅に残るモノがあれば幸いです。


読んでいただきありがとうございます。

出来ればまた別の作品で。

2017年1月24日

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