第三十九話 「虚化の淵(きけのふち)」
第三十九話 「虚化の淵」
今日、土曜日、
春名先生の自宅から帰った後、
隣のソフィーさんにナオイちゃんの事を聞いてみた。
「ナオイちゃん? ⚫⚫誰ですか? 昨日は春名さんとみけつ様の三人で、」と言うソフィーさん。
みんな揃って嘘をつくとは思えないし、こうやって話していても、ソフィーさんが嘘をついているようにも思えない。
なら⚫⚫⚫
ソフィーさんまでもが忘れている、?
ああっもうっ!⚫⚫もどかしくも、少し腹立たしい。
なぜ、忘れるんだ!? そんなのありえないだろ! 何かのサプライズ的な事だったとしても、それだけの理由があるって言うのか!?
⚫⚫だけど、嘘をつくとは考えられないなら、本当に忘れている⚫⚫?
いや、⚫⚫オレが妄想しているのかっ!? まじっ!? オレッ、おかしいのっ!?
⚫⚫腹立たしい、 けど、ソフィーさんにはそんな素振りは見せないけど。
ちょうどそのころ、お昼を過ぎた頃だ、アパートの前で、大家さんと源さんが話しをしていた。
雪は止んでいる。
オレはナオイちゃんの行方が気になりまくってしまっていたので、家に戻っているかどうか確認しに行って見る事にする。
「あら、城島センセ、ナオイちゃんだっけ? 見つかったの?」と、聞いてくる大家さん、⚫⚫バカにされてる感じだ⚫⚫
大家さんは源さんにトイレの壊れた戸や窓の修理をお願いしていた。
「⚫⚫いえ、家に行ってみます。」⚫⚫あ、そうだ!
「あの、源さん⚫⚫」
「おう! 城島センセ、鯉捕り大会以来だな。」
「あ、はい。」
オレはナオイちゃんの家の玄関が壊れているのを思い出した。
「ガラスが割れて冷たい風が中に入るってかい!? そりゃ〜てーへんだ!」と、いかにも江戸っ子口調で話す源さん。
「俺に任せな! 応急処置ぐらいなら、すぐにしてやるぜ!」と言って一緒に来てもらえる事になった。
大工の源さんもナオイちゃんの事は知らず、綾野と言う姓も心当たりにないと言うことだった。
こうなると⚫⚫⚫、
オレの方がおかしいのかなぁ〜て、思えてきてしまう。
雪の積もる道なれど、「じょーしまセンセー、フリースに雨合羽てぇ何んだい!? それで年越す気かい?」と、言う源さんから、防水仕様のほんのちょっと臭う防寒着を頂いた。
嬉しい! ただで貰った。
これで安心して玉村の冬をちゃんと越せる気がしてきた!
雪道は人が歩く場所だけ、踏み固められていた。
何メートルも雪が積もるという事は今のところないようだ。
源さんの家は勝尾山の麓で、勝尾川の向こう、少し丘になった高台にあった。
そこから軽トラックに乗ってナオイちゃんの家に向かった。
源さんも大家さんから大体の事情は聞いて、「マッチ売りの少女が居るんだろ、ああ、聞いてる聞いてる。」
軽くバカにされたオレ。
だけどだ、玄関を直してもらうにしても、源さんは大工さんだからお金取るよね、いくらかかるかなぁ〜⚫⚫と考えていたらあっという間に村外れまでやって来た。
さすがは車だ。
「源さん、こっちの道です!」
「なんだ、こんなとこに家なんかあったのか!?」と言う源さんはこの奥にある神社も知らなかった。
村の外れ、三叉路の右側の道を行く、玉川の分流にかかる橋を慎重に渡り、「⚫⚫でぇーじょううぶかあ〜!? この橋ぃ⚫⚫」と言う源さん。
そして奥には雪に覆われた社らしき建物、左手にナオイちゃんの家がある。
「おい! 家があるじゃねーか!」
だからさっきからそお言ってるでしょ。
車を玄関先に止め、エンジンを切った源さんはすぐさま降りて家の玄関の戸口へ歩いて行き、立ち止まった。
そして、「⚫⚫⚫なあ、城島センセー、人、住んでんのかぁ? この家ぇ⚫⚫」
「え!? 何言ってるんですかぁ! ちゃんと住んでますよぉ、」
オレは玄関の引き戸を開けようとした。
「ガタッ⚫⚫ガタッガッタッ⚫⚫」⚫⚫開かない。
あ! 中に誰かいる! ナオイちゃんかな?
「なんでえ〜! コマ(レール)が逝っちまってっから開きもしねー、それにガラス(引き戸の)が何枚も割れてっから直しよーがねーな!」
諦めるの早ぇよっ!
なんとか戸を開けると、玄関口に座ってこちらを見ているナオイちゃんを見つけた。
「⚫⚫ナオイちゃん。」
続いて中を覗き込む源さん、「なんだよっ!子供がいるぞ!」声がでかい! アンドレさんに気づかれてしまうッ!
「この子がナオイちゃんですよ⚫⚫」
ナオイちゃんはまた、⚫⚫以前と同じ格好をしていた。
春名先生から貰った服はどうしたんだ?
⚫⚫⚫この雪の降る時期に羽織っているのは薄手のカーデガン一枚、少し大きめの赤い頭巾を頭からすっぽりと被り、白いエプロンをつけ、足には寒いからだろう、薄手の古い毛布を巻きつけていた。
そして⚫⚫⚫
人形? ここで遊んでいたのか?
足を揃えて座っているナオイちゃんの膝の上には、両手で隠すようにそれを持っていた。
⚫⚫⚫バービー? リカちゃん人形? 男のオレにはよく分からないが、その人形は薄汚れていて、片足が欠けていた。
普通なら、捨てられていてもおかしくないその人形に、紙で作ったのだろう、服が着せられていた。
⚫⚫ナオイちゃんはオレの視線に気がついたのか、顔がみるみる真っ赤になっていった。
源さんがえらく静かだ⚫⚫、
と、源さんに目をやると、「⚫⚫え!?」
えーっ!! なんでぇ~っ!?
目を真っ赤にして号泣しているぅッ!?
声を殺して泣いているぅ〜ッ!? なんて事だあーっ!
見てはいけない気がするので思わず目をそらすオレ! 同時に源さんもオレから顔を背けた!
「⚫⚫てやんでえ〜べらぼうめ〜ぇ、」誤魔化した!?江戸っ子だよ!玉村育ちだよね!
「⚫⚫なあ、お嬢ちゃん、そんなカッコじゃぁ〜寒いだろ?」声が震えている源さん。
うなずくナオイちゃん。
「じゃあ、なんでもっと服を着ねえんだ?」
アンドレさんに取り上げられたのか?
「源さん、たぶんそれは⚫⚫」
「城島先生っ!黙っててくんねーかっ! 俺はこの子に聞いてんでぇっ!」
「はっ⚫⚫はい⚫⚫。」怖!
「なあ、お嬢ちゃん、お父さんかお母さんは居るかい?」
ええッ!?何言ってんのッ!?会う気っ!? 会ってどおするのッ!?
「あ⚫⚫あの⚫⚫」戸惑うナオイちゃん。
「居るんならちょっくら呼んでくんねぇーか?」
ちょっくら呼ぶだとおッ!? 誰をッ!?
「あ、あの⚫⚫源さん、」
「城島先生っ!」
「はいっ!」
「俺ぁ、今ぁこの幼気なお嬢ちゃんと話してんだ、ちっとばかし静かに見守てやっちゃーくんねーかい?」
「いや⚫⚫だけど⚫⚫」
「城島先生っ!」
「はいッ!」
「⚫⚫こうやって頼んでんだぁ、聞いてやんのが筋ってもんじゃあねーかい?」
「⚫⚫はい。」と、返事をしてしまうと、
「よし! この家の主人はいねーかあっ!」と、また大きな声で叫ぶ源さん!
「アアッ!!」オレ。
「あぁっ!」ナオイちゃん。
怒って出てくるッ!!怒って出てくるッ!!
体中から血の気が引いていくぅーッ!!
心臓がこれでもかってくらいバクバクしている!
ああ⚫⚫貧血がクラクラするぅ、⚫⚫頭痛が痛い⚫⚫
今のところ、辺りは静まり返っている、
ナオイちゃんは背筋をぴんと伸ばしたまま、怖がっている!
「誰も居ねーのかあーっ!」と、また大声で叫ぶ源さん。やめてよっも〜っ!
黙ってろって言われたけど⚫⚫、
源さんはアンドレさんの恐ろしさを知らない、それ以前に、ここに居るだけでオレにもトバッチリがくる、と言うか、殺されてしまうッ!
考えろっオレっ! いやっ、考える以前の問題だっ!
⚫⚫⚫に⚫⚫逃げるか。
「なななナオイちゃん! 外に行こう、外に⚫⚫」
オレはへっぴり腰であろうその体勢のまま、ナオイちゃんに手を差し伸べた。
「城島先生、⚫⚫外は雪が降ってんだぜ、素足のそんな子を外に連れ出そうってのかい?」
「源さん! 実はッ!」
「⚫⚫何でぇ?」
「じ、実は⚫⚫アンドレさんは⚫⚫」
「アンドレさん?」
「⚫⚫⚫⚫お仕事に出かけていて、現在、留守でございます。」と、嘘を言ってしまった。
アンドレさんが歩くと地響きがする、と言うより地震が起きる、このあとの事だが幸いアンドレさんの足音、地震は起きなかった。
源さんがナオイちゃんを連れて帰ろうとしたが、ナオイちゃんは、「⚫⚫行っちゃダメって⚫⚫」と、アンドレさんに言われたようで、頑なに源さんの誘いを、首を横に振って拒んでいた。
だけど、この真冬の玉村、ましてや凍るような冷たい風が入り込む家に、ナオイちゃんをおいて帰るなんて、やはり出来ない。
オレは思わず、「釜ボッコのお風呂に入りに行こうよ。」と言うと、ナオイちゃん、オレの目を見て行きたそうな顔を見せた。
なんと! 釜ボッコの風呂が気に入ったのか! これなら連れ出せる!
だか待てよ、またアンドレさんが連れ戻しに来てしまう!
それだけはダメだ!! それだけは嫌だッ!! 恐ろしすぎるッ!!
一回合う事に かなり寿命が縮まっている気がするっ!
⚫⚫⚫おいて帰るか、
駄菓子かし! 源さんが許さないっ!
⚫⚫⚫二人とも置いて帰るか。
本音ではあるが、そうもいかず⚫⚫
源さんは靴を持たないナオイちゃんをお姫様抱っこをし、 そのまま「じゃあ!その釜ボッコとやらの風呂に入りに行くか!」と言って半ば強引に表に止めてある軽トラックの助手席へと乗せた。
あまりに狭い軽トラックの中はギュウギュウ詰めだが、暖房が効いていてすぐに暖かくなっていった。
たぶんナオイちゃんは車に乗るのも初めてかもしれない、回りをキョロキョロしていた。
シートベルトをつけていないため、「ナオイちゃん、オレの右腕、持っていいよ。」と言って不安定な姿勢を安定させるため、腕を組ませた。
親に黙って幼い少女を連れ出す⚫⚫
これはいわゆる、誘拐では!?と、思ってしまった。
⚫⚫田舎はいいのだろうか?
やはりそんな事はないだろう。
だか、これもまた、よくある事のように片付けるのだろうか?
先月の鯉獲り大会の時にも、神様のタキちゃんです、とか村人、大勢の前で言って村長が紹介してたが⚫⚫、村あげてどこまで本気なのか、オレにはもー分からない。
この状況、なんだか誘拐する気分だが、そーではない、連れて帰るだけだ。そう、連れて帰るだけなのだ。
ツッコミどころが多すぎて⚫⚫、もうそれでいいんです。
玉利荘に到着。
「キキキーッ!」と軽トラックのブレーキ音と共に停止。
今の車は制度がいいからブレーキ音なんて普通は鳴らないが、⚫⚫あえて書いてみた。
未だに漫画をよめば、キキキーッ!と書かれてあったりする、それって整備不良では?⚫⚫⚫どーでもいいけど。
大家さんがお風呂場にいる? 何してるんだろう?
「なんでー!風呂湧いてんじゃねーか?」源さんが言う。
薪が焼ける匂いがする、玉利荘の向こうからも少し、煙が出ていた。
ちょうど夕方のこの時間の、
大家さんは釜ボッコが沸かしたであろう風呂に、「春ちゃんから聞いてたけど、知らない間に風呂釜に水が入れられてるのよー、それに釜戸に薪がくべられて勝手に火までついてるのよ〜! 信じられないわ〜!火事になったりしないかしら〜!」と、興奮冷めやらぬようだった。
「この子がさっき言ってたナオイちゃんかい?」と、大家さん。
「かわいい子だねー! だけどホントに村外れに人が住んでたんだねー。」
大家さんも源さんも、知らなかった事を不思議がっていたが、認めざるを得ない。
この後、大家さんがナオイちゃんと一緒に釜ボッコの風呂に入ってくれた。
嬉しそうなナオイちゃん。
ナオイちゃんは源さんの家にも大家さんの家にも、行く事を拒んだ。
⚫⚫なぜ?
その為、ナオイちゃんはオレの部屋に泊めてあげることとなった。
⚫⚫なぜ?
それはすなわち、アンドレさんが迎えに来る可能性が非常に高いと、言う事になる。
⚫⚫⚫⚫。
だから嫌だったんだよッ!!
ナオイちゃんの親である、アンドレさんに物申すと意気まいてたが⚫⚫、
この夜、アンドレさんは現れなかった。
オレはつけっぱなしのストーブの前で丸くなって寝た。もう慣れた、が、次の日の朝、オレの布団で寝ているはずのナオイちゃんはいなくなっていた。
昨日と同じだ、予想はしていたが、やっぱり⚫⚫
だか、一つ気になったことがあった、
それは源さんはちゃんとナオイちゃんの事を憶えているのか、と言う事だ。
まさかとは思うが、源さんまでもがナオイちゃんの事をキレイさっぱり忘れていたりするんだろうか?
今日、日曜日。
朝のサッポロ一番を食すと、早速だが源さんの家を訪ねてみることにした。どーせ、暇だし。
源さんの家は西向きに玄関のある古い木造家屋で、その左側横にはかなり広い資材置き場があり、たくさんの材木が並べられていた。
木の匂いがいっぱいだ。
源さんは「おお! 城島先生、朝早くからどーしたんでぇ? ま、なんだからうち入んな。」と、言ってくれた。
オレはすぐにでもナオイちゃんに会いに行くつもりだったから、聞いてみた。
「ナオイちゃんの事ですが⚫⚫」と聞くと、
「ナオイ? 誰でー、それ?」
全て忘れていた。
予想はしていたが、少し不安になった。
昨日、玄関口でお人形遊びをしていたナオイちゃんも、釜ボッコの風呂に入るため、軽トラックで玉利荘まで連れてきた事も、
⚫⚫なによりも、ナオイちゃんの名前すら忘れていた。
ナオイちゃんて、一体 何なんだ!?
⚫⚫分からない、何がどうなってるのか?
そもそもナオイちゃんて⚫⚫⚫
アンドレさん、⚫⚫⚫あの人は人間じゃない、⚫⚫だろう。
と言うか、存在している人なのか!?
夢って事はないだろうか?
だが、ナオイちゃんにあげた、春名先生からの服や長靴は? おんぶをして帰った事も、冷えきった足を擦って温めた事も、みんな夢だっていうのか!?
オレがおかしい!? 前からおかしいかもしれないが! 今回は特別 おかしいっ! 前から、特別おかしいかもしれないが、今回はもっともっとっ特別おかしいのかっ!? ⚫⚫もーいいかな?
オレは妄想しているのかもしれない⚫⚫、 春名先生からも大家さんからも軽蔑された感じでいっぱいだった。
どこからどこまでが本当の事なのか分からないっ!
「城島センセー! そんなボロい家に住んでんのかい!? その赤ずきんちゃんは!」
顔がマジな源さん。
「マッチが千円だってぇっ!? ゴージャスなマッチだな! 俺も一つ 欲しくなってきたよ! 城島センセー!」
⚫⚫信じてくれてるのかなぁ?
⚫⚫それともからかわれてるのかなぁ?
⚫⚫どこからどこまでが本当の事なのか分からない。
また軽トラックに乗ってナオイちゃんの家へと向かった。
昨日と同じ事を繰り返すのか。
玉川の分流にかかる橋を慎重に渡り、「⚫⚫でぇーじょううぶかあ〜!? この橋ぃ⚫⚫」と、昨日と同じ事を言う源さん。
昨日の足跡は雪に消されているのか? タイヤの跡も、まるっきり消えていた。
⚫⚫⚫少し不安になってきた、オレは本当に夢か幻でも見ていたんじゃないかと思えてきてしまう。
玄関先に車が止まると、オレはいち早く玄関へと向かった。
立て付けの悪くなった玄関戸を開け、「ガタッガッタッガッタッ!」
「なんでえ〜! コマ(レール)が逝っちまってっから開きもしねー、それにガラス(引き戸の)が何枚も割れてっから直しよーがねーな!」
⚫⚫⚫⚫。
⚫⚫玄関中にはナオイちゃんは居なかった。
「 ⚫⚫⚫なあ、城島センセー、人、住んでんのかぁ? この家ぇ⚫⚫ 」
⚫⚫⚫。
「ナオイちゃーん! いないかあー?」オレは大声で呼んでいた。
アンドレさんが出てくる事も考えずに。
耳を澄ましてみるも⚫⚫
ナオイちゃんは出て来る気配すら感じなかった。
「ナオイちゃーん! ナオイちゃーん! 居るんだろおーっ!」
「城島先生、落ち着けって、ここには誰も住んでねーよ」
「⚫⚫ちゃんと住んでますよ、⚫⚫ナオイちゃんと⚫⚫」
「⚫⚫⚫なあ、城島先生、これでも俺は大工の棟梁もやってたんだ、」
「⚫⚫⚫⚫、だから何ですか!? 分かりません!」
オレは少し動揺していた。
「⚫⚫⚫⚫、人が住んでるかどうかなんざあー、柱ぁ一本見りゃあ分かんだよ、⚫⚫この家にはもう、何十年、人は住んでねえ、それどころか、入った形跡すら見当たらねぇ。」
「そんな事ッ!!⚫⚫」
「⚫⚫⚫なあ、目の前の廊下、見てみろよ、白いホコリや砂が積もってんだろ、もし、人がここを出入りしてんなら、足跡の一つもつくってもんだぁ。」
⚫⚫!?
なんで!? 昨日、ナオイちゃんが腰掛けていたそこの場所⚫⚫
腰掛けていた形跡が全くない、
⚫⚫なんで!? ホコリが積もったまんまなんだよ!?
「⚫⚫⚫なあ、城島先生、⚫⚫あんた、大丈夫か?」
大丈夫って、なにが!?
「あれ⚫⚫? ナオイちゃんが⚫⚫」
「以前からおかしな事を言ってたのは知ってたけどよ、それも愛嬌の内でぇ、⚫⚫だけどな、オレはあ、城島先生、あんたの事が心配なんだよ。」
「げ、源さん、オレ⚫⚫⚫」
「この家はずっと前から誰も住んじゃいねえ。」
⚫⚫オレは生まれて初めて、本気で自分の事を信じられなくなっていた。
今まではやっぱりどこかで自分を信じていたんだ、
⚫⚫今、こんなに不安を感じたのは初めてだ!
怖いっ!!
怖いっ!!
オレは、源さんの運転する軽トラックの中で一言も喋ることが出来なかった。
その間、源さんは優しい言葉をかけ続けてくれていた。
悪いものにでも憑かれてんじゃないかと、お祓いを勧めてくれたりもした。
⚫⚫狂ってる⚫⚫、のだろうか。
何も出来ないオレは、情けなくも今、一番頼りになる人を考えていた。
⚫⚫⚫⚫ミケツ様ではない。
「⚫⚫有難う御座います、源さん。」
玉利荘の前まで源さんは送ってくれ、車から降りる間際に「⚫⚫幸詠さんを、知ってますか?」と聞いてみた。
「こよみさん? 誰でぇ?」
オレはこのまま走って幸詠さんの家まで確かめに行った。
十二月だそ! その間の事が全部無かったって事なのか!?
考えてみりゃ、こんなオレみたいなバカが教員採用試験に受かるはずも無いんだ、
だいたい、大学だって受かるほどの学力すら無かったんだよ、おかしいとは思ってたんだ、
大きな門構えの幸詠さんの家⚫⚫、この家だってホントは存在しないのかもしれない、いや、
玉村すら初めから無かったのかもしれないっ!
ずっと夢を見ているのか? ⚫⚫今もずっと。
以前来たときは、コン太と一緒だった⚫⚫
あいつだって⚫⚫⚫、コン太ってなに? 名前自体、ふざけてるじゃん、何で信じてたんだ!? あんなおかしな奴⚫⚫
⚫⚫インターホンがないけど、どやって幸詠さんに知らせるの?
頭の中は混乱しまくっていたけど、目の前の出来る事だけを考えた。
コン太サイズの小さな扉は鍵がかかってるらしく、開かなかった。
「ドンドンドンドンッ!幸詠さーんっ!」オレは扉を叩いて叫んだ。
「ドンドンドンドン⚫⚫」
このまま数分待っていた、⚫⚫いや、数十分待っていたかもしれない。
静かな玉村は薄暗く、夜に入ろうとしていた。
雪はやんでいた。
冷たい風が、玉利荘に帰ることを気づかせてくれる。
村には街灯はほとんどなく、夜歩くには懐中電灯が必要になる、真冬のこの時期は一日中厚い雲に覆われているから、夜は真っ暗だ。
⚫⚫⚫こんな時は限ってあいつらがオレの目の前に現れる、⚫⚫⚫だけどそれもまた、夢なのかな。
「ゴツン、ゴゴ⚫⚫」
!?
「ゴゴゴゴ⚫⚫ゴゴ」
門が!
⚫⚫幸詠さんの家の、大きな門がゆっくり開いている!
「ゴゴゴゴ⚫⚫」
門が開いたその先には灯籠の灯が二つ見えた。
誰かが開けてくれている!? ⚫⚫コン太なのか!?
足下は真っ暗で何も見えない、この先の灯が、先に進むようにと言っているようだった。
だけど怖い⚫⚫、真っ暗で静かな夜、
⚫⚫人の気配を感じない、
⚫⚫気の弱いオレはいつも出遅れてバカをみる、いつだって取り残され、一人ぼっちに⚫⚫、
イライラしてくる! だんだん腹まで立ってくる! 誰に!? 自分に!?
オレの右足は門の敷居をまたごうとした。その時、
!
後ろに何かの気配を感じた! またか⚫⚫
振り向くと、少し離れたその先に⚫⚫
暗闇の中に、 大きな·⚫⚫、人影が見える!?
目を細めてシルエットの顔のあたりを見つめた。
「黄昏さん!?」
大きく長い顔に白っぽい和柄の入った着物を着ていた、それは黄昏さんだった。
「お前さんの立ち入るは虚化の淵、」
「え!?」
黄昏さんの言葉、それは今とても必要とする時!? あの時と同じように!?
だけど、立ち入るは⚫⚫何てった!?
黄昏さんは話し続けた、
「廃となるはこ刻に見せる姿なり、信ずるは御身に宿る御霊成す。導き出すは高きに住まう御意と。」
「先生!」
!?
「え!?」その声!
「先生、迷子。」
「あっ雨宮ッ!! おまえっ!」雨宮は黄昏さんの背後から、ひょっこり顔を出した。
「先生、私が送ってあげる。」と、雨宮は元気に話しかけてきた。
「お、送ってあげるって⚫⚫おまえ、」逆だよ。
「先生、迷子だもん、あれとおなじ場所に居るから。」
「⚫⚫あれと同じ!?」
黄昏さんの姿が次第に消えていく、
「先生!」
「あ! ここは幸詠さんの家の前だよ。」
雨宮はオレの手を掴んで「こっちこっち!」と言って歩き出した。
「雨宮、オレは幸詠さんに用があって⚫⚫」何を聞きに来たんだっけ!?
⚫⚫一端の社会人を気取ってはいたが、いま、オレは子供のように母親に、安心感を求めようと、
⚫⚫恥ずかしくも、ここに来たんだ。
⚫⚫⚫雨宮の手はとても冷たかった。
手袋をしていなく、⚫⚫薄手のシャツ一枚に短いスカートを、この雪の中、身に着けているだけだった。
「⚫⚫⚫なあ、雨宮、」
「なあに?」
「⚫⚫黄昏さんだけど、」雨宮は黄昏さんと一緒に居た、⚫⚫分かっていたけど、「おまえ、ホントは雨宮じゃ⚫⚫」
とっさに、オレは言うのを止めた、
それは猫娘の言ってた事を思い出したからだ、
信じなければ神は神でなくなる、と言っていた事、もしオレが今 ここにいる雨宮を雨宮ではないと否定してしまったら⚫⚫⚫
「⚫⚫黄昏さんの言ってたことだけど、」と、いま、一番知っておかなくちゃいけない事を聞いてみることに、切り替えた。
「 虚化の淵は、⚫⚫もう終わっちゃった世界の事、 」
⚫⚫ 虚化の淵、意味を聞いてもたぶん、それはまだオレには理解の出来る事ではないだろう。
それに、普通だったら幼い雨宮にこんな言葉を知るはずはなく、それでも雨宮は子供っぽくオレに教えてくれた。
玉村には本来ならあり得ない超常現象が存在し、それらを知り続ける事は正気を保てなくなるらしい、それをあえて神様がオレに見せてくれ、教えてくれたと言う事、
そして、いま、オレはこの世の崖っぷちに立っていて、そこに落ちるとオレは戻って来れないところだったらしい。
⚫⚫恐ろし過ぎるだろ!
⚫⚫⚫幸詠さんの家じゃなかったのか?
今は何を考えたって答えなんて出てくるはずもなく、
代わりに、
「雨宮、⚫⚫そんな薄着だと風邪引くぞ。」と、どーでもいい事なんだろう言葉をかけた。
雨宮は振り返り、「ヒヒヒヒー!」と雨宮らしいカワイイ笑い方で答えてくれた。
そして、気がつくと、玉利荘の前までやって来ていた。
何度、あの雨宮に助けられただろうか、
「⚫⚫なあ雨宮、」
雨宮は振り返り、「なぁに? 先生、」と、返事をくれた、
「ありがとな。」と、オレは礼を言った。
その後、雨宮は暗い夜道、一人で帰っていった。
「平気だよ、自分の歩く道はちゃんと見えるから。」と、オレに行って帰って行った
が、
⚫⚫自分の歩く道かぁ、
十歳児に教えられたみたいになっちゃった。
雨宮は黄昏さんと一緒に居たが、⚫⚫本物とかニセモノとかを確認する事が今、本当に必要な事ではなく、
その前にもっと大事な事がある、
それは、あの雨宮はオレの事を心配してくれたと言う事、それは黄昏さんも同じだ。
そしてもっと大事な事は⚫⚫
なぜ、
雨宮や黄昏さんの様な神格が、こんなオレのために心配してくれたのかと言う事だ。
それに、玉村にとって、神様にとって、利己的ではない事も分かる。
⚫⚫誰かのためなのか、何かのためなのかは分からないけど、
猫娘が教えてくれた範囲の中から推測される事は、
この世界は努力や計算だけで、成り立っているのではなく、人知を超えた何かが、人となりに存在していると言う事だ。
神様や悪魔、邪気などの超常のものには、超常による方程式のようなものが存在し、その計算によっては未来が変わっていると言う事、
⚫⚫⚫そしてその方程式をコーディネートする神様も、また、存在するのかもしれないと言う事。
今、オレはここへ来たときと同じ気持ちに立ち返っていた。
それはとても静かに穏やかで、高揚感に満ち溢れるものだった。
自分を信じられなくなるという事は⚫⚫⚫
どんなに神々から愛されていたとしても、大切な大切な家族がいたとしても、
未来、
など、どこにもないと言う事だ。
⚫⚫そして、
自分が大切に思う家族や、全ての事に、
幸せな未来は存在しなくなると言う事なのだ。
それはつまり、自分を信じると言う事は、
自分の未来、後悔しない人生、まず、その第一歩を踏み出すと言う事なんだ。
「ああッ!! 城島の奴がいるぞっ!」
!?上島!
見上げると、
二階のオレの部屋に明かりがついていた。
⚫⚫一日中、つけっぱなしだったの?
部屋から人影が見えた! 上島は除外。
⚫⚫複数? 誰!?
そこに居たのは春名先生にソフィーさん、それと幸詠さんだ! ミケツ様とキューティーハニーの猫娘もいる⚫⚫なぜか警戒している。
それと、部屋の中に居たのは⚫⚫
「⚫⚫⚫ナオイちゃん、」
ナオイちゃんは、以前 春名先生から頂いたセーターを着て、スカートをはき、クリスマス柄の手袋を持ち、同じクリスマス柄の靴下を履いていた。
⚫⚫ナオイちゃんはずっとオレの部屋にいたと言う事になっている。
⚫⚫⚫いま、
オレが考えなきゃいけない事は⚫⚫
それは、
ナオイちゃんを守ってあげなきゃいけないと言う事、
なのだ。
第三十九話 「虚化の淵」
一つ疑うと、なにもかも疑ってしまう、疑うては信じられないということ、それは不安や恐怖を連鎖させ、出口のない道を歩き出口を探そうともがき焦る、長い時間が経てば入り口さえも無くなってしまう、それはつまり、幸せはもう、訪れないんだ。




