Ⅲ-1
―――季節は梅雨。
それも、絵に描いたみたいな梅雨っぽさを演出しているかのようで、今日もずっと雨が降っている。
こういう季節って心做しか、憂鬱な気分になるのは言わずもがなで。
特に親睦旅行という重大なイベントを終え、既にこれから何が起こるか殆ど予測出来なくなっているから、むやみ……えっと、すずろに行動も起こせない。
ああ、これってアレだ。
開放感を感じ過ぎて逆に暇ってやつ!?おとなしく学生やってろってやつ!?つまらん!退屈ッ!……えっと、あいなし。つれづれ。
学校だというのに一人悶々としながら人目もはばからず、あたしはというと休み時間を良い機会に庭園に来ていた。
庭園と言っても外は雨だから温室の方に居る。
温室の外は紫陽花や薔薇の花が雨露に濡れていきいきとしているように見える。大変美し……えっと、いとをかし。
今座っている可愛らしいガーデンチェアや、目の前にあるガーデンテーブルも独り占め状態。
美しい花々を眺めながら勉強できるなんて、なんて優雅なのっ!
室内に咲く薔薇は種類も様々……えっと、やうやうで。特に手入れは入念……えっと、ねんごろなり。
(って、もう~~ッ!!)
広げていた分厚い古典の教材を、あたしはバンッ!と勢い良く閉じた。
ハイ、ごめんなさい……。
先程から古典の勉強をやっていました。
なぜかというと、前期中間試験が控えているからです。
久々に話題に出すけど、親睦旅行のあの「俺逆」エピソードが無かったとはいえ、これからが保証されたとは限らないわけで。
そう思うと、たとえ破滅フラグが襲って来て突然全てを失っても、今後の人生を生き延びていけるように、取り敢えず今から勉強しておこうとあたしは考えた。
あ、死亡フラグだけは力尽くでも立てないように注意をはらうつもりだ。
勉強に関しては、学生2週目という武器を大いに利用しようと思う。
……ついでに、ちょっとだけジェネレーションギャップとカルチャーショックが同時に押し寄せている事実は気合いでなんとかしたい。
「明日はローズヒップティーを入れて来ようかしら…」
マイボトルを見つめてそう呟くと明日が楽しみになって、ムフッと笑みが零れた。
どうやらあたしは、早くもこの世界で好きな場所を見つけたらしい。
その日を境にあたしは、よく庭園や温室を訪れるようになった。
あまり庭園に興味が無い程の若さゆえか、それとも一般的な皇中生―――本校の生徒―――は金持ちゆえか知らないけれど、いつの間にか温室のガーデンチェアはあたしの特等席となった。
しかもそのうちに、庭師兼用務員の本郷さん(御年63歳)という方と仲良くなった。
始まりは、独り占めできるのだから嬉しくてしょうがなかった温室が、誰も来ないので段々虚しくなってきたタイミング。
そんな時に本郷さんと初めて会ったものだから救世主だと思い、あたしが、
「これ、綺麗な薔薇ですね……!」
と、話しかけたのがきっかけだった。
本郷さんは〝英国紳士なおじいちゃん〟って勝手に見た目でイメージ付けていたものの、話してみると温厚で物腰が柔らかく、庭造りとなるとガッツのある、親しみやすい人だった。
それから本郷さんとは、よく温室の花や薔薇の品種についての話をしたり。
お花の手入れを手伝わせてもらったり、ガーデンテーブル近くの一角にティーポットを置いたりして、一緒にティータイムもした。
―――あたしのおじいちゃんは英国紳士な雰囲気なんて全く無かったけど、本郷さんと話していると不思議とおじいちゃんを思い出すようで懐かしい。
試験期間になると、生徒は庭園に入れないという理由で、あたしは終始涙目で答案用紙に向かっていたらナルシシストっぽい担任兼英語教師の美風河に、
『どうしたんだい?悩みがあるなら相談してくれたまえ。Lady?(レィ↓ディ↑)』
……とか言われて逆に目が冴えた。お前は花●くんか!なんだ、このムダにキャラの濃い迷・モブは?
だけど試験の手応えは十分に感じることができた。
それもこれも温室という長閑な勉強環境と、本郷さんの醸し出すマイナスイオンと、為になるお話のお陰様だ。
ついでに担任・美風河の寒ぅ~い風のように流れる響きのEnglish効果も無いとは言い切れない。
そして試験が終わって、あたしは早々から庭園を訪れ、いつものように本郷さんと温室で世間話をする日々が続いた。
唯一の憩いの場。幸せだ。
大袈裟だけど、「ただいま我が故郷!」と心の中で呟いたあたしは適応力というものが人よりあるのかもしれない。
それから一週間が経って、廊下に試験結果が貼り出された。
『学年30位以内に入って名前が載るなんて、私には夢のまた夢だわ~』
凜子ちゃんが『お手挙げよ』と笑った。
『私も…今回はすっかり〝親睦旅行の一件〟で頭がいっぱいでしたわ。ねえ、エリカさん』
顔を赤らめて上目遣いをしながら絵鞠ちゃんがあたしに振った。
〝親睦旅行の一件〟とは、きっと絵鞠ちゃんに起こったガラの悪い輩に絡まれるエピソード(実際は厄介な3バカに時間を取られる騒動だったけれど)のことだろう。
が……、何この絵鞠ちゃんの意味深そうな表情ッ!?攻略しちゃいたいくらい可愛いんですけどッ。
あっ!そういえば、あの騒動で後から思い出したことがあるんだった。
まず一つは、あの時エリカの記憶に流れてきた―――絵鞠ちゃんを助けた「誰か」の存在は、まさに陵左京だったということだ。
これはさり気なくつじつまが合っていた。
しかし重要なのはこの次で、「ガラの悪い輩に絡まれた絵鞠ちゃんを誰か(陵左京)が助けてくれた。それがきっかけで絵鞠ちゃんは陵左京に密かに恋心を抱くようになる」―――と続くということ。
もっと続けると、「高校生になった陵はヒロインに恋をしてしまうので、嫉妬に狂った絵鞠ちゃんは、ヒロインを陥れる計画を立てたエリカに協力する」―――って恐ろしい事実だ。
帰宅したら、この世界に来て最初に作成した〝ハナコイ情報ノート〟に「絵鞠ちゃんへの気配りと心のケアを忘れずに」と書き加えておこう。危ない危ない。
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