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05:豪邸は微妙な空気



 豪邸だったわ。

 何がって、我が家の事よ。

 事前に情報収集したから、私の旦那様は平民出身の貴族の養子、って事は頭に入ってたのよ。えぇ、ばっちりとね。でもって、私の感覚でいくとお貴族さまって血筋にはべらぼうにうるさいの。こっちがうんざりするくらい。

 だから、貴族の養子なんて形だけだと侮ってたわ。

 そりゃぁね、祖国の王城には遠く及ばないどころか、この国の王城の足元にも及ばないけれど、でも立派な貴族の邸宅だったのよ。


「……家に入りたくないのですか? 私の奥さんは」


 門の前、呆然と屋敷を見上げている私の横でニコラウスが笑いをかみ殺すように囁いた。

 入るにきまってるじゃない! これから私のうちでもあるんだから!!

 ただ少しだけ動揺したのよ! 落ち着かないのよ! ちょっと、この家、豪華すぎるんじゃないの!?

 私、妻として管理できる自信が無いわ。


「嫌ですわ、そんなわけはございません。素敵なお屋敷に見とれてしまって」


 おほほほ、なんて笑いながら、私をエスコートするニコラウスに続いて屋敷へと入る。

 まぁ、わかってるとおり決して素敵なお屋敷に見とれたわけではない。ニコラウスはたぶん私が言葉通りの感情を持ってない事はわかってると思うの。けれど、結婚してから今まで、それを問い詰めるような事はした事が無い。……って言っても、直接顔を合わせている期間はかなり短いのだけれど。

 そういうニコラウスの対応を大人だと思う反面、何とも言えない落ち着かない気持ちにもなる。ニコラウスが私の夫になると知った時、あれほど嫌だと思って怒りも湧いたのに。私はすごく自分勝手で、そして我がままなんだわ。


「ここが私たちの家になります。私はあまり過剰に人を雇う事をしたくない。だから住み込みの侍女や侍従は最低限です」


 私を屋敷に招きながらニコラウスが言った。

 柔らかな朝の日差しが差し込み、広いフロアを穏やかな雰囲気が包む。いくつかの扉と廊下があり、侍女が数人、こちらに必要以上に恐縮したようなお辞儀をして歩き去る。おそらく大広間へと続いているのだろう廊下の入り口付近には、長身の男性が立っていて、目が合うとこれまた恐縮したようにお辞儀をされた。……なんとなく落ち着かないわ。

 実際にこの目で見ても、ニコラウスの言うとおり屋敷の大きさの割には働いている人間はかなり少ない。普通の貴族だったら、きっとこれでもかというほど人を雇う。それだけの資産がある事、富の象徴のような豪華な屋敷で自分のプライドを満足させる。貴族とはそういうものだったわ。少なくとも、祖国では。


「構いませんわ。最低限の人数で貴方がお選びになる人ならさぞ優秀な者たちばかりなのでしょう」

「その通りですのでご安心を。さて、私はこれから一度城に戻らねばなりません。本当は私自ら屋敷の中をご案内したかったのですが……執事のアンバーに任せましょう」


 そう言ったニコラウスの背後から、長身の若い男が進み出てきた。廊下の入り口で私に大げさなお辞儀をした人物だ。


「お初にお目にかかります。執事のアンバーでございます。どうぞよろしくお願いいたします。奥方様」

「よろしくお願いしますわ、アンバー」


 非常に緊張した様子の執事の様子に、思わず少し笑って挨拶を返した。城に戻るというニコラウスにも挨拶を、とそのままの流れで振り返れば、ニコラウスったら目を細めて、何とも微妙な顔をして私を見てる。

 え、何なのよ。その眉間に寄った皺は?

 って、ちょっと、いきなり腕を引っ張んないで! ニコラウス、貴方また顔が近い!!


 って思っている間にいきなり抱きすくめられて、またもやキスされてしまった。しかも今までとは比べ物にならないほど濃厚で、私に呼吸すらさせてくれない。


「……っは、……」


 わずかに唇が離れると思わず荒い呼吸が漏れちゃう。そんな自分が恥ずかしいわ。最近、なんか羞恥心が刺激される事が多すぎる。

 涙のにじむ視界の端ではアンバーが顔を真っ赤にして視線を横に逃がしていた。


「……昨日、伝え忘れましたが」


 キスを終えても私を離す気はないらしいニコラウスは、しっかりと私を抱きしめたままわずかにかすれた声で囁いた。

 ちょ、その声、耳元で喋るのはやめなさいな! ゾワゾワするわ!!


「侍女をそばに置かないのは感心しません。いくら相手が殿下だからといって、異性と二人きりになるのはいただけませんね。もちろん、この屋敷の中でも。……アンバーも、他の侍従も信頼していますけれど。……アンナ」


 最後の名前は、フロアに響くように張りのある声だった。

 ニコラウスの口から女性の名前を聞くのは初めてで、私ったらちょっと動揺してしまったのよ。


「はい……」


 怯えたように小さな声と、その声音に似合うくらいに蒼白な顔をした、小柄で可愛らしい侍女が廊下から姿を現した。


「彼女はアンナです。今日から貴女付きの侍女です」

「ア、アンナでございます。よろしくお願いいたします。シャルロット様」


 先ほど以上に怯えた様子で挨拶をしたアンナは、それでも私を名前で呼んだ。もしかしたら、私の名前を誰かに呼ばれたのって、結婚式での神父以来かもしれないわ。今になってようやく、私はニコラウスにすら名前で呼ばれてない事に気がついた。

 アンナの事は名前で呼ぶのに。

 ……。え、別に深い意味はないわよ? 単純に結婚したのだから私の事も呼び捨てでいいのに、とは思ったけれど、別に奥さんとか貴女でも不満はないし!

 ニコラウスの腕の中で悶々としてたら、唐突に腕が離れていった。


「すみません。本当に時間がないので、申し訳ありませんが失礼しますね。夜には戻りますので、夕食は共に取りましょう」


 先ほどの濃厚なキスや、眉間に皺を寄せていた時とは打って変わり、本当に焦ったような声を出して、ニコラウスは私に返事をさせる暇すら与えず出て行った。

 こんなに微妙な状況で!

 玄関を背にして、三人の男女が各自微妙な表情で突っ立っている。

 さすがに私にだってわかるわよ! アンバーの様子とアンナっていう侍女の様子を見れば。

 私はこの屋敷で歓迎されていない。どうやら恐れられているみたい。

 ……いちばん最初にあれだけ不満なのを態度に出してたから嫌われてるかもなぁ~、っていうのは頭の片隅にちらっとあったけれど、恐れられるのは想定外。

 


 なんで??




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