03:元婚約者と謎の友情らしきもの
グレンツィアの穢れ。
この言葉は私のある秘密をさしていて、つまり私の事をさしている。
「貴女が事前に婚姻相手を調べるように、僕も事前に相手の事を調べます。王族の婚姻はどうしても政治的なモノが絡みますから」
何回か顔を合わせた事がある程度だったけれど、この王子、侮れないわ。表面上温厚でちょっと鈍そうな体を装っているけど、腐っても王位第一継承者。
ばれないように細心の注意を払ったはずの私の行動はばれていた。なのに、私もそうされていた事には気付かなかった。……予想をしなかったわけじゃないけどさ。
「……そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。別に秘密をばらしたりするつもりはありません。貴女は臣下に嫁いだ事ですし。……実際に僕と結婚するとなったら全く問題にならない事はありませんでしたが、それでも大丈夫でしょう。ニコラウスという前例が示す通り、この国は他国ほど血筋に執着はない」
「……それでも、わたくしの秘密をしった貴方を完全には信用できませんわ」
かたい表情を崩さない私に、エルヴィン様は貴公子然とした今までの態度とは180度違う笑顔を向けた。そう、にやりという表現がぴったりな。
「ずいぶん面倒な姫君だな。ヴァーグナー夫人」
「あら、猫っかぶりはもうよろしいの?」
口調も、敬語のそれから砕けたものに変わった。
ちょっと衝撃を受けたけど、表面には出さない。私だって王族だもの。そういう教育は受けているしね。
「なんで君がニコラウスの出生の秘密を知ったと思ってる? グレンツィアにいたままじゃ、絶対に知ることのできなかった秘密だぞ?」
「わたくしが入国した初日に、貴方がわたくしに教えてくださったのですわ」
「その通り。国内ではそんなに重要な秘密ではない。だが、我が国は小国だ。グレンツィアが穢れと呼ぶ姫君を平気で嫁がせようとするくらいには弱い国家。さらに言えば、他国は血筋をやたらと重んじる国家ばかり。そんな中で他国でも名を知られる程度には実力のあるニコラウスの秘密がばれてしまえば、ますます我が国は他国から舐められる可能性があるだろう?」
その通りだろう。大陸最強とまで呼ばれる私の祖国が最も血筋にはうるさいといえる。それに追随する国家は多い。そういう国の貴族は血筋をもっとも重んじる。だから単純な実力のみで出世した人間を実力通りに認める事は決してない。
アルガセルのような国家は異色だ。
「婚姻が成立する前の、しかも当初と相手が変わった、その相手の最大の秘密であり国家機密とも言える情報を入国初日に貴女に伝えた」
「……よろしいですわ。ひとまず貴方を信用します」
私の言葉に、エルヴィン様は満足そうにうなずき、お茶と一緒に出したケーキを優雅な仕草で……。
……。
わしっと手でつかんで切り分けもせずにかぶりついた。
「貴女もいつまで猫を被っているつもりだ?」
唖然とする私に向かって、ほっぺたにクリームをつけたままエルヴィン様が笑う。
目の前の光景は幻かしら? 最近疲れがたまってるのね……。
「秘密を知ってるんだ。そのいかにもなお姫様態度、つかれるんじゃないのか? 実際、俺は好きじゃない。自分の性格がそんなのに向いてないって知ってるからな。王子様態度をする自分に鳥肌が立つんだ」
嫌そうに言ったエルヴィン様に、なんか一人で気を張って隙を見せないようにしていた私がばからしくなってくる。
「じゃぁ、お言葉に甘えるわ。正直、わたくし、とか下噛みそうになるのよ。喋り方もなんか語尾が気持ち悪くて気持ち悪くて」
言いながら私もケーキに手を伸ばす。さすがにエルヴィン様みたいな豪快な食べ方はしないけど、決して上品ではない食べ方だ。
「まぁ、これからニコラウスをよろしく頼むよ」
「あら。それとこれとは話が別。私の素を知ってるのは素の状態のエルヴィン様だけ。素の貴方の前以外では私は変わる事はないわよ」
「なら、とりあえずはそれでいい。とりあえず、今は、な」
意味深なエルヴィン様の言葉に挑戦的な笑顔で返してやった。
結婚三日目。
元婚約者? と秘密を共有してある意味仲良くなったわ。
旦那様よりも先に。
これってどうなの?