16:リングにタオル
グレンツィアの穢れと呼ばれている事。
ニコラウスの言葉に、顔がこわばるのがわかった。きっと顔色も悪くなっているに違いないわ。
それを感じていながらも、私は表情を取り繕う事が出来ないでいる。ニコラウスの口から出た言葉は私の最大の秘密であり、一生、誰にも知らせるつもりは無かった。……まぁ、エルヴィン様にはばれていたんだけれども。その時点でいつかニコラウスにも知られる事は予想していたけど、出来るだけ隠しておきたかった。
必要以上に身分にこだわって、祖国の強大さを盾にそれをひけらかし、旦那様であるところのニコラウスを蔑む発言をした。その言葉は常に私自身にも向けられていて。
ニコラウスは私をじっと見つめている。少し困ったように、手を伸ばし、抱き寄せようとしてその手を止めた。
ひどく戸惑ったような顔で、無理やり微笑もうとして失敗したような、いつものニコラウスなら絶対にしないだろう表情で、そっと息を吐いた。
「すみません、思った以上に貴女にはショックが大きかったですか?」
一度止まった手がゆっくりと私の頬を撫でて、顔にかかる髪を背中へと流す。その仕草はとても大切な宝物を扱うかのようで、落ち着かない気分にさせられる。
「……なんで、知って……」
「知っていましたよ、初めから」
ニコラウスの声は、泣きそうな子供を慰めるような、甘く優しい色を帯びていた。けれども、その中身は私をさらに打ちのめす様な内容。
「知ってたの? ……全部? 初めから?」
「はい、貴女の結婚相手として初めて顔を合わせた時から」
つまり、自分の事を棚に上げた、私のひどい身分差別はまるっと全て知られていた。
さぞ滑稽だった事でしょうね。自身もとても褒められた血統でないにも関わらず、他人を蔑む態度は最低以外の何物でもないもの。もちろんそれを自覚していたけれど。
でも、積極的に最低だと思われたいわけでもないもの。まして、これから一生を共にする相手なのだから。
「……泣かないで」
そっと抱き寄せられて、背中を撫でられる。
ちょっと、やだ。これじゃぁ、本当にただの子供みたい。
きっと顔が赤くなっている。ニコラウスの胸に顔をうずめてそれを隠す。頭の上でクスリと笑う音が聞こえて、私を抱く腕の力が増した。
「……」
「泣かないで、私の奥さん」
恐る恐る、ニコラウスの背に腕をまわした。私の背に回った腕がピクリ、と動いた気がするけれど、勇気のあるうちにしがみつく。
たぶん、私からニコラウスに縋りつくのは初めてかもしれない。ひどく恥かしく思うのに、幼子が母に縋る気持ちもわかる気がして。
「シャルロット」
「……はい」
名前を呼ばれる。
決して泣いていたわけではないわ。だけど、ちょっと泣きそうだったから、声が震えないように注意しながら返事をした。
「ねぇ、シャルロット。私は貴女を愛しているよ」
呼吸が止まるかと思った。
出会ってから初めて向けられた、アイのコトバ。でも、それを完全には信じられない。
それが私の臆病さと卑怯さ。自分がニコラウスにしてきた事のひどさに愛されるはずがないと心が囁く。
「……やめて下さい。愚かなわたくしを愛しているだなんて」
「貴女がそうであったように、私もどこかで、一介の騎士である自分が貴女には釣り合わないと。そう卑屈になっていた」
そっと見上げると、ニコラウスの優しい瞳が見下ろしている。
耳元にかかる吐息が告げる。
「でも、気付きました。どんな貴女でも愛しています。シャルロット、貴女を愛しています」
決して良い態度を取らなかった私のどこが良かったのか、全然わからない。
わからないけれど、私をまるっと包み込んでくれるこの人に愛されていると安心した。
そうして、泣きそうだった私は本当に泣いてしまった。……不覚にもね。
「わ、……私も、貴方の事を愛し……て……」
私の告白は彼の唇に呑みこまれた。
ちょっと強引だったかなぁ、と思いつつやっと進展しました。
恐らくあと1話か2話で完結となります。